第44章 giman 

「やはり、駄目でしたか・・・」

 弥刀は残念そうに肩を落とした。

「公園周辺の道に設置されている監視カメラは全て機能停止。何者かがハッキングしたみたいよ。残念ながら足取りは掴めない」

 スマホ越しに聞こえる蓮の声は、重く沈んでおり、落胆の色は隠せない。

「やっぱり、追跡すべきだったか・・・」

 弥刀が口惜しそうに唇を噛んだ。

「弥刀君、追わなくて正解よ。照明弾で視力を奪われた状態で闇雲に進むのは、例えあなたでも危険よ」

 蓮は、後悔に沈む弥刀に慰めの言葉を掛けつつ、そう窘めた。

「あ、あれは? 」

 梶山が眼を見開いた。

 キッチンカーの陰から、ひょっこりと人影が現れたのだ。

 凜と望結、そして真堂の三人だった。

 真堂は肩に何か白っぽいものを肩に担いでいる。

 人だ。白いカッターシャツを着た上半身が、力無く垂れ下がっている。

「やあ、皆さん。一人は確保しましたよ」

 真堂は肩に背負っていた人物を地面に降ろした。

 雉田だった。

 瞼は閉じられ、身動ぎ一つしないで地面に横たわっている。

「突然、凄まじい光が弾けるのを見たんで、何事かと思って来たら、彼がひょっこり飛び出して来たんですよ」

 真堂は苦笑いを浮かべながらそう語った。

「私と望結は、公園の外周を歩いていたんですけど、閃光に気付いてこちらに向かったんです。そしたら、彼が眩い光の中から飛び出して来て、いきなり日本刀を振りかざして私達にかって来たんで、やむ無く眠らせました」

 凜が、淡々と事のいきさつを語った。

「瞬殺でした。死んでませんけど」

 と、望結が捕捉。

「これが、その日本刀。背中に隠し持っていたんですよ」

 真堂が左手に握った獲物を突きだして見せた。

 黒い鞘に収まった日本刀だ。ついさっき、弥刀の首を切り落とした凶刀だった。

「ちょうどそのタイミングで、蓮さんから弥刀君の報告の連絡が入ったので、私は他の刺客を追ったんですが、時すでに遅し。痕跡一つ残さず消え失せていました」

 真堂は申し訳なさげに眉を下げる。と、鹿沼の背後に立つ青年に気付くと目を大きく見開いた。

「誰かと思ったら、黒田さんですね。村から出て来られたって話は耳にしていたんですが、ここで出会うとは」

 黒田の存在に気付いた真堂が目を丸くした。

「真堂さん、お久し振りです。覚えて下さってたんですね」

 黒田は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「お知り合いだったんですか。彼は、鹿沼と同じく私が昔働いていた会社の社員なんです」

 梶山がそう続ける。

「この方達は、ひょっとして? 」

 鹿沼が真堂達を見ながら梶山に尋ねた。

「そう、私と同じ立場にある方々だ」

 梶山はFと公言するのを躊躇い、遠回りの表現で彼に伝えた。

 他の者が聞いているかもしれない。隠密駆動を求められている彼らの立場を考慮する必要がある――そう考えた彼の咄嗟の判断だった。

「真堂さん、奴ら烏森を頻繁に使っているようです」

 黒田が徐に呟く。

「烏森を? 」

 真堂が険しい顔で黒田を見た。

「烏森って? 」

 望結が怪訝な表情で真堂を見つめた。

「フリーの逃がし屋です。高額な報酬の代わりに、確実に依頼人を安全な場所に逃亡させる。余り公言は出来ませんが、政府の高官や裏の権力者の後ろ盾がある為、我々も手がだせない、アンタッチャブルな存在です」

 弥刀が言葉を選びながら望結に答えた。

「黒田、ひょっとしてあの時・・・」

 鹿沼が黒田に問い掛ける。

「ええ、あの男です」

 黒田は言葉短かに答えた。

「えっ? 烏森と接触したの? 」

 弥刀が驚きながら黒田を見た。

「ええ、まあ。偶然だったんですけど。この前のミートフェスタの時、彼に助けてもらいました。鹿沼さんを公園の外に連れ出すのに。本当は隠形が手配したらしいのですが、依頼をしくじったようです。僕が気付いた時、彼は顔を腫らしてぶっ倒れていましたから。なぜだか詳しくは分からないんですけどね。理由は教えてくれませんでしたが、交渉したら格安で依頼を受けてくれたんで」

 黒田はバツが悪そうに答えた。

「道理で・・・凶変者に投げ飛ばされた後、いなくなってたんだ」

 望結は頷いた。

(え、ひょっとして、あの時・・・)

 鹿沼は望結をガン見した。髪の毛の色が違ったりするものの、よく見れば、黒田に促されて逃げ出した時、テント裏に現れた女性である事に気付く。

 不意に、足元の雉田が呻き声を上げた。

 意識が戻ったようだ。

「あれ、ここはどこですか――あっ! 梶山さん、無事だったんですね! 」

 雉田は怯えた様子で周囲を見回すと、梶山の姿を見つけてほっとしたのか、安堵の表情を浮かべた。

「え、何? 」

 梶山は訝しげな表情を浮かべる。

「君、あの時連れ去られた後、どうなったか覚えてる? 」

 凜が、雉田に優しく話し掛けた。

「それが、よく覚えていないんです。車に押し込められて、そのまま連れていかれた所までは覚えているんですが・・・」

 雉田は目を伏せた。

「マインドコントロールが解けたのか・・・」

 梶山が呆然とした顔つきで呟く。

「マインドコントロール? 」

 雉田が驚きの表情を浮かべながら、梶山に問い掛けた。

「君はさっき、俺達を殺そうとしたんだ」

「!? 」

 雉田は絶句した。 

 彼は唇を震わせながら、かっと見開いた眼で梶山を凝視した。

 梶山は、つい先程ここであった出来事を彼に語った。弥刀の首を切り落とした事は流石に控えたものの、大まかな所はそのまま伝えたのだ。

「そんな、僕がそんな事を・・・ごめんなさいっ!! 」

 雉田は呆然と梶山の話に聞き入った後、身体を深く折り曲げて額を地面に擦りつけ、声を震わせ泣きじゃくりながら謝罪した。

「雉田君、顔を上げなさい。気味が悪いんじゃない。悪いのは奴らだ」

 梶山が、震える雉田の背に優しく声を掛けた。

 雉田はゆっくりと顔を上げた。

「梶山さん、僕もFに入ります」

「えっ!? 」

 雉田の唐突な発言に、梶山は驚きの声を上げた。

「僕も、封の力を得た能力者です。この力を、少しでも役立てたいんです。虐められていたとはいえ、四人のクラスメートを殺してしまった。それだけじゃなく、梶山さんも殺そうとしてしまった。本来なら、刑務所に入るべきなんでしょうけど。どうせならこの力の有効利用したいんです」

 雉田は熱い眼差しで、彼を取り囲む梶山達を見回した。

「雉田君、君の思いは分からないではないんだけど、それは叶わない話だよ」

 真堂が雉田に諭すような口振りで語り掛けた。

「どうしてですか? 」

 雉田は不満気に真堂を見た。

「奴らを裏切って私達と行動を共にするとなると、君が報復を受ける可能性があるんです。それに、君はまだ未成年だし。このまま、奴等に関わる記憶を無くした状態で、普通の生活を送った方がいい。勿論、君の身の周りは人知れず我々がガードするから、安心して生活が送れますよ」

 真堂は淡々と雉田に語った。優し気な笑みを浮かべてはいるものの、彼を見つめる眼の奥には、拒絶を許さない強い意志の輝きを宿していた。

「さあ、お行きなさい。奴らが再びここに現れる前に」

 真堂が、強い口調で雉田の背中を押した。

「分かりました。ご迷惑をお掛けしました」

 雉田は立ち上がると、梶山達に深々とお辞儀をし、その場を立ちさろうとした。

「ちょっと待って」

 真堂が彼を呼び止める。

「忘れ物ですよ」

 真堂は彼に日本刀を手渡した。

「有難うございます」

 雉田は日本刀を受け取ると、再びお辞儀をし、小走りでその場を離れた。

「彼、覚めていませんでしたね。マインドコントロール」

 真堂が、ぽつりと呟く。

「えっ!? 」

 梶山が驚いて真堂を見た。

「さっき、日本刀を彼に渡したでしょ。あの時、素直に受け取りましたよね。恐らく、あれは隠形から渡されたもの。あんな代物、一般人がそうそう持っているもんじゃないですから。もし、マインドコントロールが解けて、拉致された後の記憶が無くなっていたのなら、日本刀を渡されても受け取らないはず」

 真堂が、にやりと笑みを浮かべた。

「下手な演技でしたね。それに、瞳孔が開きっぱなしでしたから、虚偽を並べ立てているのは明らかでした」 

 弥刀が苦笑を浮かべた。

「でもあの日本刀、渡して大丈夫だったんですか? 」

 凜が心配そうに真堂を見た。

「大丈夫です。封印しておきましたから。それに、あの刀、ちょっと変でした」

「変? 」

「刃と柄のバランスが微妙におかしいです。恐らくですけど、柄に盗聴機か何か仕掛けてある」

「盗聴機? 」

「あくまでも私の勘でしかないんですけど。多分、我々に持ち去られることも想定していたんじゃないかな。敵も我々の動きを掴むのに苦労している様だから」

 真堂の言葉に、凜は言葉を失った。彼の霊力の凄まじさもさることながら、その思慮深さには感心させられてしまう。

「彼も、なかなか狡猾ですね。恐らく、意識を取り戻した時に、我々に取り囲まれているのに気付いて咄嗟に考えたんでしょうね。あわよくば内部に潜入して、情報を取ろうと。我々がガード――言い方を替えれば監視すると伝えておきましたから、派手な動きは出来ないでしょう」

 真堂は雉田が立ち去った方向に冷ややかな視線を向けた。

「それにしても、たまたまとは言え、皆さんここに集結するとは・・・危機感知能力半端ないですね」

 黒田が感心した表情で真堂達を見渡した。

「え、ああ。実は、梶山さんの肉巻きおにぎりが食べたくなって、ちょっと寄り道したんです」

 真堂は苦笑いを浮かべた。

「実は、私達も」

「この前の味が忘れられなくて」

 凜と望結が恥ずかしそうに答えた。

「あ、実は僕も・・・凜さんから紹介されてどうしても食べたくなって」

 弥刀が、頭をがしがしと掻いた。

「ありがてえ」

 嬉しそうに笑みを浮かべる梶山の目に、うれし涙が浮かんでいた。


 


 

 

 

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