第34章 konwaku 

「さっきの客が鹿沼武人ですよね」

 望結が凜にそっと耳打ちをする。

「そう。この前の事件の時に凶変者から投げ飛ばされた後、忽然と消えた人物よ」

 凜が頷く。

「封の事、何処で知ったんだろ」

 望結が首を傾げる。UMAマニアなら、知っていてもおかしくないだろう。だが、Fの情報網が集めた鹿沼に関わる資料を見ても、そんなコメントは一切触れられてはいないのだ。

「分からない・・・でも、一つの仮説は立てられる。恐らく彼は封を食べている。」

「え? 」

 望結は眼を見開くと凜を覗き込む。

「だから、凶変者に投げ出されても無傷だったし。篠崎同様、救護班の包囲網からも逃れることが出来たとなると、常人のスペックでは考えられないことだもの」」

「逃走に、隠形や霜月は関わっていないんでしょうか」

「分からない。でも間違いなく、篠崎も鹿沼も何らかの組織と接触しているように感じられるのよ。二人とも、封の存在を認識しているし・・・あ、ちょっと座って食べようよ。私、お腹空いちゃった」

 凜がそう望結に促した。

「私もです。さっきからお腹がぐうぐう鳴ってます」

「うん知ってる。私も鳴ってるけど」 

 凜は恥ずかしそうな笑みを浮かべると、そばのベンチに腰を降ろした。

 望結も追従し、その横に腰掛ける。

「香ばしい、いい香りよね」

 凜は紙袋から肉巻きおにぎりを取り出すと、鼻孔を膨らませた。

「じゅわっと口に広がる肉汁、たまんないっす」

 既に口いっぱいに頬張っている望結がすかさず食レポを突っ込む。

「でも、何故、鹿沼は封の事をあのお店のマスターに聞いていたんだろ」

 望結は口内のおにぎりを嚥下すると、思案顔で呟いた。

「たぶんだけど、自分が直近で食べた肉を扱うお店を調べているんじゃないかな。接触して来た組織の指示で動いているのか・・・それとも、独自に封の提供者を探しているのかもしれないし。それに、あのキッチンカー、この前のイベントにも来ていたでしょ」

「え、気付かなかった」

「一番奥の所だったからね。分り辛かったかも。でもあの日、もしキッチンカーで提供した食材に封があったとしても、凶変するまでのタイムラグがあり過ぎるんだよね。反対に、例の二人が覚醒するには早過ぎるし」

「うーん。難しいですね」

 望結は凜の言葉に頷くと、、串に残った最後の一口を口に運んだ。

「おや、お二人も来られてたんですね」

 黒い衣を羽織った青年僧がふらりと二人の前に現れた。

「真堂さん! 」

 凜が驚きの声を上げた。彼は表向きは僧職に就きながら、陰ではFのエージェントとして活動している。彼のスペックは霊能力を駆使した操作で、事件現場に出向いたは被害者の魂の声に耳を傾け、事件解決に一役買っているのだ。

「真堂さんも捜査ですか? 」

 望結は恥ずかしそうに食べ終えた肉巻きおにぎりの串を紙袋に戻した。

「いえ、今日は『表』の仕事でね。この近くの檀家で法事があったので。てことは、お二人は例の件の調査ですか? 」

「はい。今のところ、僅かですが情報が入りましたのでお伝えします」

 凜がうやうやしく答えると、キッチンカーでののいきさつを彼に伝えた。

「成程ねえ。実に興味深い展開ですね」

 真堂玄心は神妙な面持ちで呟いた。

「実は私、法事に行くついでに、別の件でここに立ち寄ったんです」

「別の件と言うと、ひょっとして高校生が行方不明になったってやつですか? 」

 望結には心当たりがあった。Fの本部で篠崎の件について八雲と打ち合わせをしていた時、例の高校生集団失踪事件が飛び込んで来たのだ。

 失踪した生徒の親族に警視庁の上層部と繋がりのある人物がいるらしく、早期決着を求めて捜査指令がFにまで下ったのだ。

「ここって、中高生のたまり場になっているらしいで宇よ。すぐそばに大手の学習塾があるものだから。失踪した生徒さん達も、塾の授業が始まるまで、よくここでたむろしていたらしいです」

「何か掴めました? 」

 凜が真堂に問い掛けた。

「残念ですが、何も。あちらこちらに防犯カメラが設置されているんですけど、どれにも映ってませんでしたね。この公園の近くを歩く姿は映っていたんですが、それ以上は不明です」

「この公園に入る辺りで何か起きたのでしょうか」

 凜の眼が鋭く光る。

「何とも言えないです。正直、何も感じませんでしたし、念の為、公園を歩いて回ったんですけど、思念のかけらすら残っていませんでした。ただね、僅かにですが、とある場所に、妙な気の残渣が残っているんです」

 真堂は不意に声を潜めた。まるで、何者かが聞き耳を立てるのを警戒しているかのような仕草で。

 彼の顔から微笑が消える。

 望結は息を呑んだ。

 彼は、何を感知しているのか・・・。

「それは、どんな? 」

 凜が、呟くように彼に囁いた。

 真堂は、じっと凜の顔を見つめた。やがて、躊躇い気味に口を開くと、かすれるような声で言葉を紡いだ。

「鬼の気―—それも、このベンチでね」







 

 




 


 

 

 



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