第30章 kousen
「残念だけど、この辺、防犯カメラの死角になってんだよね。俺達の言う事を聞けば、怪我しなくて済むんだよなあ」
目の前の男が、眼を細めながら気持ち悪い猫なで声で篠崎彩夏に語り掛けた。
篠崎が口を開けかけた瞬間、背後から分厚い掌が伸びてそれを阻止する。
「騒いでも無駄。大人しく言う事を聞いた方が見の為だあよ」
耳元で男が囁く。彼女を背後からつけて来た男の一人だ。
「歩け」
篠崎の口を封じている男が、彼女の耳元で囁く。
男に背を押されるようにして、篠崎は歩き始めた。
側道から柵の無い植え込みに足を踏み入れ、公園の中を進む。元々林が広がっていた場所を公園に仕立て上げた所らしく、遊具や散歩道の有る中央のエリアを取り囲む様に雑木林が広がっている。
街灯の灯りも届かない闇の支配する世界に、男達のくぐもった野卑な嘲笑が不愉快な調べを刻んでいた。
篠崎の口を塞いでいる男の右手が、闇に乗じて彼女の双丘をブラウスの上から弄り始める。
男にやに臭い吐息が、否応無しに篠崎にの顔に振りかかる。
不快に顔を顰める彼女の表情に興奮したのか、男は手を彼女の下腹部に滑らせ、指先を小刻みに動かしてフレアスカートをたくし上げようとした。
「ここらへんでいいな。カメラを回せ。お姉さん、これは暗視カメラだからさ、暗闇でもばっちり撮れるんだぜ。おい、こいつの服を剥ぎ取れ」
先頭を歩いていた男が、他の男に指示を飛ばす。
どうやら、この男は奴らのリーダー格的存在らしい。
集団で凌辱して動画を取り、それをネタに脅迫して金銭を奪い取ったり、更に肉I関係を要求するのが狙いか。最後には風俗に沈めるつもりかもしれない。
手口が慣れている事から、常習的にこの手の犯罪を犯している輩なのだろう。
許さない。
篠崎の表情が、硬く強張る。
「諦めがいいな。暴れたり泣き叫んだりしてくれた方が、俺は興奮するんだけどな」
彼女の口を封じていた男の手が、ブラウスにかかる。
両手て引きちぎろうと――刹那、その動きが強烈な力で制される。
篠崎が、その男の両手首を掴んでいた。
「な!? 」
男が驚愕に声を上げた次の瞬間、其れは情けない悲鳴に転じた。
男の両手首が、乾いた異音と共に潰れる。
続けざまに篠崎が肘打ちを放つ。
其れは無防備な男の鼻にめり込み、顔面をつぶした。
男は唸り声を上げながら地面に倒れた。
いったい何が起きたのか。
闇が災いしてか、誰一人、事態が理解できていない。
否、いた。
彼女に暗視カメラを向けていた男だけが。
ただ、余りにも想定外過ぎた撮れ高に、彼は狐つままれた表情で、フェンダー越しに佇む篠崎を凝視していた。
不意に、カメラが宙を舞う。
何が起きた?
彼は愕然とした。
篠崎が、彼の手からカメラを蹴り上げたのだ。
カメラは大きく弧を描いて中空を舞うと、篠崎の右手に受け止められた。
彼女の指が、ゆっくりとカメラを握りしめる。
軋むような金属。
突然、カメラが炎に包まれる。破壊された衝撃、バッテリーが爆発したのだ。
だが、篠崎は動じない。
炎に包まれたカメラを握りしめたまま、じっと男達を見据えている。
男達はぞっとした表情で、炎に浮かぶ篠崎の顔を凝視した。
眼には憤怒の眼光を放ち、閉じられた唇は無言の激昂を湛えている。
篠崎の右手が動く。
カメラが真っ直ぐ持ち抜地の股間を直撃。
予期せぬ攻撃に、男が怯む。彼は、スエットパンツに燃え移った火を消そうと――。
次の瞬間、彼の視界には、真直に迫る篠崎の顔があった。
男の右頬に、篠崎の左拳が食い込む。
男は白目をむくと、そのまま吹っ飛んで地に沈んだ。
その時、既に篠崎は次のターゲットに狙いを定めていた。
右サイドに呆然と佇む男の股間を蹴り上げ、生殖機能を瞬時に奪う。
股間を抑えて倒れ込む男の顎に、更に膝蹴りを喰らわせる。
無機質な悲鳴を上げながら、男の顎骨は砕け散った。
瞬時に地に伏せる仲間の姿を目で追っていた左サイドの男の胸に、篠崎の右脚の蹴りが炸裂。
乾いた粉砕音と共に肋骨が悲鳴を上げる。
それでも逃亡を図ろうと退く男。その膝を篠崎の蹴りが砕き、退路を断つ。
「おまえ、何者・・・」
ほんの一瞬きの内に仲間を地に沈めた篠崎を、リーダーの男は震える眼で見つめた。
「すまん、悪かった・・・助けてくれ」
男は膝から崩れ落ちると、額を地面に擦りつけて土下座をした。
さっきまでの絶対君主的な凄みは全くない。プライドをかなぐり捨ててまでしても、自分だけでも助かりたいのか。
小者感半端ない、余りにも情けない変貌振りに、篠崎は男に侮蔑の視線を注ぎ込むと、口元に冷笑を浮かべた。
不意に、男が跳ね起きる。
同時に、右腕が大きく空を薙ぐ。
掌にはサバイバルナイフ。
隠し持っていたのか。
ギラギラと殺気を孕んだ男の眼が、勝機の笑みを謳う。
が、コンマ一秒後に、それは底知れぬ驚愕に取って代わった。
凶刃は、篠崎の身体を刻む事無く停止していた。
サバイバルナイフを握る男の右手を篠崎の左手が捉えていた。
男は拘束を振りほどこうとするが、彼の腕は万力で固定されているかのように動かない。
「化け物め・・・」
男は左拳を、彼女の無防備な腹部に叩き込—―止まった。
男の拳は、篠崎の掌に吸い込まれるかのように停止していた。
篠崎の指が、ゆっくりと男の拳を包み込んでいく。
乾いた粉砕音が、篠崎の掌の中から響く。
男は甲高い悲鳴を上げた。
だが、新たな恐怖が彼を襲う。
サバイバルナイフの刃の先が、ゆっくりと男の喉元を捉える。
「よせ、やめろっ! 」
男は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら篠崎に懇願した。
凶刃は止まらない。男が渾身の力を込めて制止しようとしても、篠崎の腕力の前では比べ物にならない位無力だった。
男の股間から、尿が滝の様に滴り落ちる。
「馬鹿じゃないの。あなたが手を離せばいいだけじゃない」
篠崎が呆れた口調で男を愚弄した。
男ははっと我に返り、ナイフから手を離す。
ナイフは刃先から地面に散ると、僅かに砂を蹴散らし、その身を横たえた。
男の顔に安どの表情が浮かぶ。
刹那、それは一転して苦悶へと様変わりした。
篠崎のトウ・キックが、奴の顔に炸裂。上下の前歯を全てへし折った。
「右手はつぶさないでおくから、自分で救急車を呼びなさい」
篠崎は吐息と共にそう吐き捨てると、呻き声を上げてのたうち周る男達を尻目にその場を後にした。
雑木林を抜け、整備された公園の中に抜ける。
闇に沈む雑木林とは違い、ここはあちらこちらに街灯が煌々と灯りを灯し、その支柱に取り付けられた防犯カメラが、静まり返った公園をじっと見据えている。
いつもなら公園の外周を回ってけるのだが、今日はそのまま突っ切る事にした。実際、こちらのルートの方がアパートまでの距離は短く、常に通行したいのはやまやまだが、いちゃつく恋人達の姿や行為を目の当たりにしながら通り抜けるのは癪に障るので、いつもわざわざ遠回りをしていたのだ
篠崎は、ふと自分の掌を見つめた。
(これが、私の力か・・・)
手加減はしたつもりだったが、結果はそれ以上のダメージを強姦魔達に与えていた。
奴らから警察にたれこむ事は無いだろう。たとえ訴え出ても、誰一人と信じる者はいないに違いない。
この力、使い方によっては、救世主にも悪魔にもなれる。
(有効に使いたいな。今回みたいに)
篠崎を、心地良い高揚感が包み込む。
刹那。
彼女は立ち止まった。
彼女は感じ取っていた。
周囲に蔓延る、殺気めいた違和感を。
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