第58話 おみくじを引く美少女は、僕の肩で眠らない




「鎌倉遠足とか中学だけで十分だし!」

「否定しない」

「――」

「はぁ……」


 波賀崎くんが、真白さんが微笑する横でため息を吐いた。どうやら、波賀崎くんは別の班に入るつもりだったようだ。真白さんが勝手に名前を書いたから、僕と同じ班になったわけだが……。


 おしとやかでいつも無口なのに、強引なんだな。真白さんって。


「いま別の女のこと考えてた?」

「ひゃいっ!? べ、別って!?」

「……まぁ、ギリギリ許容範囲。私だってそこまで病んでない」


 よくわからないまま彩香さんとの会話が終わった。

 あ、いや。終わってないらしい。


 彩香さんは言いにくそうにもごもごと口を動かす。

 待つこと数秒、照れたのか顔を赤くして、小さな声で言った。


「柚と来るならまぁ、いくら来ても十分じゃないけど」


 パワーワードすぎてずるい。一瞬言葉に詰まるも、僕は言った。


 別に、彩香さんに僕の気持ちを伝えたかったわけじゃない。ただ、からかいたくなっただけだ。

 別に心の底からそう思っているわけじゃ……ないこともない。


「っ――み、右に同じく、だよ?」

「ばか……」

「――……」

「はぁ……」


 真白さんが少々顔を青ざめさせた。まるで胸焼けしたみたいな顔の青さに首をかしげると、やるせなさそうに首を振って返してくる。波賀崎くんのため息は彼のアイデンティティーなのだろう。以後、無視しよっと。


 さて、遠足である。

 迷子にならないよう、彩香さんと手をつないで歩くことにした。真白さんも波賀崎くんと手をつないでいたので、やはりこれは必要なことなのだ、と自分の胸に言い聞かせた。


 少々、真白さんは強引な気もしたが……。



 *



「だ、大凶……!?」

「大吉ぃ~勝ったぁ~っ」


 おみくじなんてただの確率論だこんなの! ちくしょう!


 大凶を引いた僕はささくれていた。

 反対に、大吉を引いた彩香さんはニコニコ笑っている。

 そして僕のココロを読んだのか、呆れた顔をして僕を見た。


「確率論だろうがなんだろうが、これはおみくじ。神社に数学持ち込むなんて親の顔が見たい」

「あ、そういえば会ったことないね」

「ん……。いつか、顔合わせしたい」


 顔合わせって! なにその結婚するときに出てきそうなワード!? 僕と結婚したいわけ!?

 冗談半分でココロの中でツッコむと、彩香さんは呆れた顔をした。ちょっと期待していたところもあるので傷ついてしまう。


「阿呆なこと言わないで?」

「……なんかごめん。にしても阿呆ってきょうびかねぇな。普通はアホって言うからね?」

「……アニメのパクりはよくない。クレームの元だから」


 彩香さんは一瞬きょとんと、すぐに呆れた表情に戻ってそうツッコんだ。求めていたツッコミが来たので万事オーケー、とおみくじに目を戻す。

 彩香さんは自分のを読み終えたのか、僕のを後ろからのぞき込んできた。少しくすぐったい。あといい匂いがする。


 ドキドキする心臓を落ちつかせるために、大きく深呼吸して紙を張った。


「まぁ、大凶って言っても分野別なら、ね?」

「誰に言ってるの?」

「自分自身に」


 大凶を割り切って諦め、その下に書かれた注意書きを見る。やはり一番最初に見てしまうのは恋愛のところ。

 思春期真っ盛りの男子高校生なんだから仕方がない。

 そう自分に言い訳して、なんとなしに読み上げた。


「――すぐそばを見ろ」


 たった七文字。おみくじにしては少ない文字数だ。

 書かれているとおり、すぐ横を見る。

 彩香さんがいる。


 同じく読み終えたのか、彩香さんが僕を見た。


「へ?」


 目があう。直後、ボンっという効果音が頭の中に響いた。

 僕の顔が真っ赤になっている。自分でわかるぐらいに、頭の中が熱かった。


 言い得て妙、すぐそばには彩香さんがいる。

 まるでこのおみくじが、彩香さんとくっつけって言ってるみたいで――っ! うぅっ、自意識過剰になってる! おちつけ! こんなのただの確率論じゃないか!


 僕が叫んでる間に彩香さんは僕から距離をとっていた。

 僕のココロを読んだりしたのだろう。僕の『そば』にいたくないからか。もしそうなんだったら、悲しすぎて泣きそうになる。


 彩香さんが顔を隠すようにして自分のおみくじを開いている——が、隠しきれてない。

 髪の毛からちらちらと覗く耳は、確かに赤かった。

 なかなか動きに変化がないので、回り込んで彩香さんのおみくじを覗き込んでみる。


 そこには——


「すぐそばを見ろ、ね」

「っ——そ、そう……」


 読み上げると、いきなり後ろに立っていた僕に驚いたのか、彩香さんがびくりと体を跳ねさせてから頷いた。


「すぐそばを見ろ、ね。ねぇ柚、おんなじことが書いてあるおみくじ、一緒に引くのって確率どれぐらい?」

「え? あ……」


 つまり彩香さんは、これが運命だとか必然だとか言いたいのだろうか。乙女チックなワードに心臓が跳ねてしまって、思わず逃げた。


「さ、さぁ? サンプルがないからわからないけど……」

「……。わかってるくせにぃ……」


 彩香さんが不満げに声を漏らして、僕の腕に抱きついた。

 前までは断崖絶壁だったからよかったけど……最近はちょっと股間に毒すぎる!


 乙女チックな思考が、腕を包む柔らかい感触のせいで一気に変態的思考に切り替えられる。


 ——だからか、数秒後。残像の確認も危ういほど速く迫ってくる何かとともに、僕の意識が暗転した。

 たしかに、大凶だった。


 ひらりと落ちる僕のおみくじには『怪我:自業自得』と写っていた。言い得て妙である。



 *



「……こういうことがあると、遠足冥利に尽きるよなぁ」


 一人呟いた僕は、隣に座る彩香さんを眺める。

 彩香さんは返事をせず、静かに体を上下させていた。それに合わせて落ち着いた寝息が聞こえてくる。


 帰りの電車。

 鎌倉から家までの路線は彩香さんとほぼ一緒だ。

 電車表を確認していた僕のココロを読んだ彩香さんが、一緒に帰ろうと誘ってきたのだ。


 だけど歩き詰めで疲れたのか、椅子に座った途端すぐに寝てしまったのである。僕の肩を枕にして、寝てしまったのである。


「んむぅ……」


 彩香さんが眠ったまま僕の腕を抱きしめて寝返りを打つ。

 腕が彩香さんの体に包まれ、肩に彩香さんの寝息を受ける。


 彩香さんの匂いが鼻をくすぐり、心臓が早鐘を打つ。

 彩香さんと反対側の腕が勝手に動いて、彩香さんの体に触れる。


 その瞬間、ココロの奥底に鎖まで掛けて厳重に閉めていた思いが爆発した。

 徐々に蓄積されていたその思いが一気に吹き出す。


 好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。

 めちゃめちゃ好きだ。朝も昼も夜も寝る前も、彩香さんといるときもいないときも、ずっと彩香さんのことを考えてるんだ。

 ずっと一緒にいたいとか、彩香さんを幸せにしたいとか、彩香さんを抱きしめたいとか。


 頭がおかしくなりそうなほど好きだ。

 彩香さんが好きだ。


 ココロを読まれてしまうから、いつもは考えないようにしていたこと。思い。

 一度吹き出すと、止まらない。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 脳内で叫んだだけなのに動悸が乱れる。

 彩香さんが小さく寝返りを打って、ぽすん、と僕の胸元に頭を落とした。

 寝顔が見えなくなったのを寂しく思いつつ、少しだけ安心した。

 見続けていたらいつ愛を叫び出すかわからない。


 だから――だからそんな僕に、彩香さんの寝息が乱れてるとか、彩香さんの耳が赤いとか、わかるわけがない。














【おまけ】プロローグ関連




「これ卒アルに載せるからね〜! 遠足写真って大事だからほら、笑って笑って!」


 カメラマンさんが焦ったようにそう言うのも仕方がない。

 僕はつい先ほど意識が戻ったばかりでまだモーローとしている。真白さんはほとんど表情を変えないし、波賀崎くんはやる気なさそうにため息ばっかりついているのだから。


「柚、ピースとかしないの?」

「僕の、意識、ぶっ飛ばした奴、だれだよ……? まだジンジンする……」


 隣の彩香さんに皮肉で返すと、むぅ、と頬を膨らませた。めちゃめちゃ可愛いけど、卒アル写真には向いてない。

 カメラマンさんは困ったように笑った後、仕方なさそうにカメラを構えた。


「はい、チーズ!」


 この直後である。

 彩香さんが僕の首に腕を伸ばして抱きついてきたのは。

 まるでどこぞのラブコメじゃあないか、と。

 一世一代の卒アルの、知り合いに会うたびにいじられるネタとなった写真が出来上がったのは。


 ちなみに、真白さんが波賀崎くんの手を強引に握っている写真でもある。

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