うしろの席の美少女が、僕をつかんで放さない

小笠原 雪兎(ゆきと)

第1部 彼女は僕を放さない

第1話 お弁当をくれた美少女が、僕のせなかに文字をかく

*ラブコメに伏線はいらない。愛と砂糖で十分だ*








「ねぇ柚、どこ行くの?」

「お昼ご飯だけど。食堂に……」

「今日お母さんが持って行くの忘れちゃって二つあるから。コレ食べて」


 こんな感じで、うしろの席の美少女が、僕をつかんで放さない。

 ……なんて言えば、少しはタイトルコールっぽくなるだろうか?


「何の話?」

「なんでもないよ」


 首を傾げる彼女に応えて、つい今しがた伸ばされて、僕を支えるように起き上がった膝を折って席に腰を下ろした。

 彼女は嬉しそうにはにかんだ。



 *



 高校一年。入学式の翌日の自己紹介で緊張でガチガチになった柚木は友達作りに失敗した。

 同じく、後ろの席で突っ伏して寝ていた彼女彩香さんも、友達作りに失敗していた。いや、彼女はそんなことは気にしていないのかもしれない。ずっと寝ていただけだったから。


 とにかく、そんな友達のいない僕ら二人の席は奇しくも前後だった。僕らは成る可くして知り合いとなり……今にいたる。4月の中旬。

 彼女からお弁当をもらった。


「えっと……いただきます」

「いただきます」


 机を後ろの席の彼女、彩香さんと突き合わせて、もらったお弁当を広げて手を合わせる。

 時々なるその無表情からは、考えは読めなかった。

 お弁当くれるってことは僕のことが好きなのかな?


「別に好きじゃない。ちなみにツンデレなら『間違えて二つ作った』が常套句」

「ごめん……」


 考えを読まれて、更に先制までされて、開きかけた口が止まった。沈黙ができ、無言でお弁当をいただく。

 この美少女が作ったから、というのを抜きにしてもお弁当は実に美味しかった。


「別にいい」

「え? 何が?」

「謝ったこと。私の言い方が責めてた」


 から、私が悪い。という続きの言葉は聞かなくても分かった。

 それを否定して『彩香さんは悪くないよ』だなんて言うのも面倒なので頷いておく。

 と、その不精な考えを読まれたのか、彩香さんは柔らかく笑った。


「柚は不精だもんね。ふふ、気楽でいいよ、そういうとこ」


 目を三日月にしてそう言われると、無意味に心臓が跳ね上がる。

 ほらやっぱり、うしろの席の美少女が、僕のココロを掴んで放さないんだ。鷲掴みにして、他に目を向ける暇も与えてくれないんだ。

 隠せるはずもない跳ねた心臓を、無理やりにでも隠すために僕はご飯をかき込んだ。


「美味しい?」

「……そういうのも聞かなくても分かるでしょ」


 もちろん、美味しい。


 彩香さんはココロが読める。

 ここは政府が秘密裏に創設した、超能力を持った子供を軍隊として養成する『学校』という名の研究施設——なんて、ファンタジック設定は存在しない。本当にただの、超能力である。


 彼女曰く『霊感が強い』で説明がつくレベル、だそうだが。


 長々と説明を続けようが、彼女が僕のココロを読めることには変わりなく、僕の思考が筒抜けなことには変わりない。

 なんというか理不尽の極み。おちおち授業中にエロいことも考えられない。


「でも聞きたい。言われると嬉しい」

「……美味しいよ。すっごい美味しい。リップサービスでもないことぐらいわかるでしょ? これでいい?」

「ありがと」


 ムキになって照れてることを隠しても思ってることがバレてしまうので、余計にムキになってしまう。

 で、つっけんどんな返事をこうやって朗らかに返されると、まるで僕の精神年齢が幼すぎる気がして僕の立つ瀬がなくて困る。


「柚は私の前に座る場所があるから大丈夫」

「いやそれは言葉の綾で……」


 言いつつ、思ってしまう。こんなことをいう彩香さんはやっぱり僕のことが好きなんじゃないか。

 そんな視線を送ると、さぁ? と彩香さんは肩をすくめて、少し乱暴におかずを口に運んだ。



 *



「ここのθの値が――」


 5限、数学。ちょんちょんと肩をつつかれて振り向くと、彩香さんはにぃ、と笑った。

 あどけない笑みにドキッとする。


「柚は分かる? 今やってるところ」


 聞かれて黒板に目を戻す。

 今、先生が解説しているところは予習済みの範囲だから無理に授業を聞くこともない。むしろ学べることがなくて暇していた。

 きっと、ソレが読めたから彩香さんは僕の肩をつついたんだろう。


「うん。わかるよ」

「じゃあここ教えて」

「あ、いいよ」


 声を落として彩香さんの質問に答える。単純な思考ほどココロは読みやすいらしいから、ハッキリ頭の中で念じるようにもした。

 その甲斐あってか、それとも彩香さんの地頭がよろしいのか、例題の解説を当てはめつつ教えるとすぐに理解した。


「ありがと」

「いや、僕はそこまで活躍してないから。お礼は例題の解説さんに」

「教えるとき念じてくれたことにお礼言った」


 いちいち言われると照れてしまうからやめてくれ、と言いかけてそれすら言うのも恥ずかしくて飲み込んで、結局これも読まれているのかと恥ずかしくなる。

 体を前に戻して逃げると、やわらかくてふんわりとした短い笑い声がする。


「っ——どうかした?」


 突然せなかに感じた指にドキリとしつつ聞くと、無言でその指がゆっくりと動き出した。

 … ん で も … い

 なんでもない、って書いた?

 念じて聞くと、せなかに○が書かれる。そして再び指が動き出した。


 柚 … う い う の き … い ?

 柚、こういうの嫌い?


 『こういうの』が、せなかに文字を書くことだと理解するまでに数秒、その後すぐに頭を横に振った。

 嫌いじゃない、むしろ秘密感があって好きだ。

 念じて答えて、その後で少し恥ずかしくなった。


 よ … つ た わ … し も す き

 よかった。私もすき。

 ゆ ず が。

 えっ、なんだって!?


 ハッキリと読み取れた。ひらがなで『ゆずが』と書かれた気がした。その真意を確認しようと彩香さんを振り向く。


「どういうっ!?」


 だけど、無表情で彩香さんは口を開いた。


「前向いて。ヘンな勘違いされても困る。ってだけだから」

「あ、うん……。ごめん」


 顔を前に戻す。少し不可解な気もしたけど僕の完全なる勘違いだったか、と落胆しつて教科書に目を落とした。

 彩香さん、けっこうお茶目で可愛いなぁ……と思いつつ、それが彩香さんに丸聞こえだとも気づかず、板書を再開した。









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