吸血

 目が覚めると、またしても寮の自分の部屋。

 最近、私こんなんばっかりだな。


 ただ、いつもと違うのは、


「ルーデシア……?」


 隣にいたのが二人のメイドじゃなくて『ロマファン』のヒロインだったこと。


「どうして……」


「あ、起きましたか」


 ルーデシアは私を見てニッコリ笑う。

 人を疑うことを知らない、純真な笑顔。


「シルフィラさん、寮の裏で倒れてたんです。それでお部屋まで連れてきて……」


 そうか。

 あのとき現れたのはルーデシアだったのか。

 命の恩人だね、こりゃ。


「でも、ずっと付き添っててくれなくてもよかったのに。メイドが面倒見てくれるしさ」


「だって、ほら」


 クスクスと笑いながらルーデシアが指差す先を見ると、私の手がガッチリと彼女の手を握っていた。


「シルフィラさん、ずっと握って離さないから。振り解くのもかわいそうでしょ」


「わ、ご、ごめんなさいっ」


 わー! はずっ! 恥ずかしいっ!


 なんだろう。

 女同士だから別に気にすることないのに、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい。


 私は窓を見やる。

 外はもう真っ暗だ。

 随分と遅くまで彼女を突き合わせてしまったらしい。


「ご、ごめんね。助けてもらった上に、こんな時間まで。もう大丈夫だから、自分の部屋に戻って」


「ねえ、シルフィラさん」


 私の言葉をあえて無視するように、ルーデシアは言ってくる。


「なにか困ってるんじゃないですか? このごろずっと体調悪そうだし……」


 よ、よく見てるなこの子。

 しかし私は首を振る。


「う、ううん。大丈夫。こんなの、血を飲んだら治るから」


「本当に……?」


 う……。


 ジッとまっすぐ私を見てくるルーデシアの目は、私を固まらせる。

 あれ、普通逆じゃない?

 吸血鬼が人間を目線で動けなくさせたりするよね?


 この子、こんなに押しが強いっけな?

 ゲームでは、事態に翻弄されるだけで運よく王子役に助けられる、清純だけが取り柄の没個性ヒロインみたいなキャラだったんだけど。


 私はなにも言えずに、しばしルーデシアと見つめ合う。


 間近で見ると、すっごい綺麗だな、この子。

 フワッフワの金色の髪。

 白い肌に、吸い込まれそうな黒い両眼。


 庶民出身の彼女は、幼い頃は家の手伝いで家畜の世話やら畑仕事やらもしてきたって設定だ。

 そのせいか、この学園に多い貴族の子女に比べて肉付きがいい。

 っていうか、貴族の皆さんは痩せすぎ。


 これくらいじゃないと、血を吸いたいって思わないよね。


 …………。

 ……………………ん?


 あれ、いま私、ルーデシアの血を吸いたいって思った?


 …………うん、思った思った。間違いない。


 それも普段の吸血衝動とは違う、

 普段のは、ただ血が吸いたいってだけだけど。

 今の私は『ルーデシアの』血が吸いたい。


 目の前にいるこの子の、首筋にカプリと牙を突き立てて、その皮膚の感触を味わいながら、直に血を味わいたい。

 そう思ってる。


 なんでなんでなんで?

 こんなこと今まで一度もなかったのに。


「シルフィラ?」


 私が黙っているせいで、ルーデシアは不思議そうに名を呼んでくる。

 でも私は答えられない。


 ダメだダメだダメだ。


 彼女と関わるのは極力避けなきゃいけない。

 じゃないと、悪役令嬢の私には死が忍び寄ってくる。


 なにもしてなくてもジャスティン王子に殺されそうになったのに。

 これ以上二人と接触しちゃいけない。


「なん、でも、ない。さあ、今日はもう――ぐっ!」


 帰って、という一言が言えなかった。


 吸血衝動。

 ガチのやつ。


 なにこれなにこれなにこれ。

 今までのなんか比じゃない強さ。


 お腹がぎゅうぎゅう収縮して、口元まで迫り上がって身体が裏返しになりそう。

 喉が乾いて乾いて、ガリガリと外から掻き毟りたくなる。


 ヤバいヤバいヤバいむりむりむり!


 私はとっさに目の前のルーデシアに手を伸ばしそうになって、反対の手でそれを慌てて抑える。


 ダメだ。

 彼女に手を出しちゃいけない。


 私が必死に自分を抑えているというのに。


「シルフィラ、ひょっとして血が足りないんですか? 具合が悪そうだったのはそれが原因?」


 ルーデシアはそんなことを言ってくる。


「ちが、う。なんでもない、から……」


「血を吸いたい?」


「違うってば! いいから、もう帰って!」


 思わず怒鳴りつける。

 うわー、最低だな私。


 でもこうするしかない。

 私は彼女に手を出すわけにはいかない。


 なのに。

 なのにルーデシアは。


「いいですよ。私の血、吸っても」


 そんなふうに言って。

 制服の襟を引っ張って、自らその白い首筋を私に晒した。


「あ、ぐ、ああああああああ!」


 ごめん。

 もう我慢できない。


 私はベッドから飛び上がると、ルーデシアを床に押し倒した。

 逃げるはずもないのに、両腕を押さえ付ける。


 顔を首筋に寄せる。

 吐息が当たったのか、ルーデシアは小さく「ん……」と声をあげた。


 一瞬のためらいが私のごく一部から起こったけど、信じられないほど強い衝動がそれを即座に押し流してしまう。


 犬歯を剥き出しに。

 その鋭い先端で、彼女の柔肌を貫いた。


「んっ、う……!」


 苦しさに喘ぐような声。

 だけど、止まらない。

 止められない。


 じわり、と彼女の血が私の口腔に流れ込む。

 強烈な多幸感が私の身体を回り始める。


 美味しい。

 美味しい。

 美味しい!


 もっと、もっと、もっと欲しい。

 ルーデシアの血がもっと飲みたい!


 私はもう少し深く牙を突き刺し、溢れる血を唇で吸う。

 白い肌の上に垂れた血を舌で舐めとる。


「うっ、や……ひぅっ!」


 痛いのか。

 怖いのか。


 身を悶えさせながら声を上げるルーデシアを、絶対に逃さないというように押さえつけたまま。

 一滴たりとも無駄にしないよう、私は彼女を貪り尽くす。


 その行為は、夜が開けるまで続いた。

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