悪役令嬢(吸血鬼)に転生したけど女の子の血しか吸えないらしい

三門鉄狼

悪役令嬢(吸血鬼)に転生した

 ここはどこだろう。

 見慣れない天井の模様を眺めながら私は思う。


 確か、修学旅行中に乗っていたバスが事故を起こしたんだ。

 ひどい揺れで座席から投げ出されて、どこかに強く頭を打ってそのまま気を失った。


 じゃあここは病院?

 と思ったけど、どうも違うみたいだ。

 こんな石造りの豪華な……まるで異世界ファンタジーの建物みたいな病院なんてないだろう。


 それに。


(なんだろう。身体が動かせない)


 拘束されているとか、大怪我をしているとか、そういう感じじゃない。

 まるで身体がイメージより小さすぎて、その違和感に慣れてないせいで動けない感じ。


(うーん、これはまさか)


 信じられないけど、一つの可能性に私は思い至る。

 だってほら、言葉を話せないのも、なんだかそれっぽい。


 さっきから私の口からは、


「だうあうあう~」


 と意味をなさない幼児語――喃語ってやつだ――しか出てこないし。


 そう。

 私は異世界転生した――っていう可能性。


「君に似て美しい顔立ちだ」


 ん?

 日本語?


 赤ん坊であるらしい私の顔を覗き込んだ髭のおじ様が、普通に日本語を喋っておる。


「いやですわ、あなたったら。生まれたばかりでまだどんな顔かなんてわからないじゃありませんか」


 私の隣から綺麗な女性の声がする。

 やっぱり日本語だね。


 どうもこの二人は私の両親らしいな。


 おじ様改めお父様の見た目からして、そこそこ裕福な家に生まれたらしい。

 それはラッキーだけど、二人が日本語を使っているのが気になる。


 ここ、異世界じゃないの?


「名前はどうしますの、あなた」

「ああ、すでに決めてある」


 と私の疑問をよそに両親は幸せそうな会話を続けている。


「女の子ならシルフィラだ」

「シルフィラ……いい名前ですわ」


 シルフィラ!?

 その名前に私は驚く。

 なぜなら、その名前を私はよく知っているからだ。


「ああ。きっとこの子は、ブラドフィリア家を継ぐ素敵な娘に育つに違いない」


 ブラドフィリア家!


 間違いなかった。

 シルフィラ・ブラドフィリア。

 それは、私が修学旅行前にプレイしていたゲームの登場キャラクターの名前だ。


 大人気の女性向け恋愛シミュレーションゲーム『ロマンス・オブ』シリーズ。

 その第一作である『ロマンス・オブ・ファンタジア』にシルフィラは登場する。


 といっても主人公ではない。

 主人公の女の子と王子役の仲を裂こうとするライバルお嬢様キャラ。

 いわゆる悪役令嬢ポジション。


 なるほど。

 ゲーム世界への悪役令嬢転生。

 だったら両親の使用言語が日本語なのも頷ける。


 そして私は少しホッとする。

 ロマファンの世界はわりと平和で穏やかで、主な舞台は魔法学園だ。

 つまり転生したらめっちゃ過酷な世界でした、というオチは待っていない。


 しかもブラドフィリア家はお貴族様。

 確か公爵だったかな……。

 なので、生活の心配も当面なし。


 え? これってもしかして、私超勝ち組じゃない?

 悪役令嬢転生ガチャSSRじゃない?


 うーん、でもなんだろうな。

 なにか忘れてるような気がする。


 実際シルフィラはエピソードの一つにちょっと登場するだけのキャラ。

 出番が少ないまま退場しちゃったので、あまり印象に残ってない。


「そろそろ食事を差し上げませんと」


 そんな声が聞こえてくる。

 乳母かな。


 えーと、食事ってやっぱり母乳かな。

 ちょっときついものがあるんだけど……身体が赤ん坊だから仕方ないか……。


 と思ったら、乳母はなんか壺みたいなものを持ち出して、私の口にあてがってくる。


 この世界では母乳を直接与えない習慣なのかな?

 まあ、私としてはそのほうがありがたいけど。

 普通の赤ん坊はそれ、飲みにくくない?


 そんなことを思いながら、壺から流れ込んでくる液体を飲む私。

 ん? なにこれ?

 乳じゃないね。

 なにかのスープというわけでもない。

 どろっとしてて、鉄錆みたいな変な味……。


「たくさん血を飲んで、大きくなるのですよ」


 とお母さま。


 血ーーーーーー!

 ああ、そうですね。

 この味はカッターで指を切ったときに味わった、あの血と同じだ。


 そして私はいっぺんに思い出した。


 シルフィラ・ブラドフィリア。


 彼女は――というか私は、悪役令嬢にして、吸血鬼だ。

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