第44話

 12月25日、水曜日の朝。



「沙織、早く起きて~!」

 先にリビングに降りていた、パジャマ姿の胡桃から声がかかる。


 吹き抜けの2階から螺旋階段を使ってリビングに降りると、大きなクリスマスツリーの足元に、制服姿の司君が立っていた。


「……司君!!」


 その姿を一目見ただけで、胸が一杯になってしまった。


 近くに走り寄ると、いつもと違う儚げな雰囲気を纏いながら、彼は私に返事をした。


「沙織さん…」



「…………今までどこにいたの?司君」


 宙を彷徨う表情で彼は、私を見た。


「…………燈子さんの家」


 

 ……は?!



「燈子さんの家、…すぐ隣じゃない!」


 『燈子さん用ドア』で、燈子さんの家は『シェアハウス深森』と繋がっている。


 …そんなに近くにいたなんて!!


「…………どうして?」


 私は開いた口は塞がらなくなってしまった。


「…沙織さん、ごめん。…急にいたたまれなくなって。一旦ここを離れるしか無くなったんだ」


「…………?」


 …何だか、彼の様子がおかしい。ボーっとしていて、私の目を全然見ようとしない。


 今までと同じ反応が返って来ない。

 …ちょっと心配。


「みんな心配してたんだからね~?!」

 胡桃が司君に声をかけた。


「本当に、すみませんでした。ご心配をおかけして」


「パーティーしましょうって司君が提案したくせにさ~、いないんだもん!でも、沙織を喜ばすために仮装はしたからね?後で写真だけ見せてあげる!」


「はい、是非!」

 彼は嬉しそうに、少し微笑んだ。


「何の騒ぎだい」

 燈子さんがガウン姿のまま『燈子さん用ドア』から入って来た。彼女はあくびをしながら台所へ行って、コーヒーを淹れようとしている。


「もうこっちに戻る気になったのかい」

 燈子さんはぶっきらぼうな声色で、司君に声をかけた。

 

「はい。本当にありがとうございました」

 司君は燈子さんに向かって、お辞儀をした。


「別にいいけど。あっちの家も部屋余ってるし」


「も~燈子さん!司君が隣の家にいるならいるって教えてくれたっていいのに!!」

 胡桃が文句を言うと、燈子さんはカウンター越しに台所で腕組みをしながらニヤリと笑った。


「秘密は守ってあげないとね。人として」


「おかえり、白井君」

 部屋から出てきた高野さんに、司君は頭を下げた。


「…高野さん、ご心配をおかけしました。…沙織さんと一緒に母の所に、行ってくれたそうですね」


 神原先生の家に高野さんと私が伺ったことを、司君知ってるんだ。


 高野さんは微笑み、ただ黙って頷いた。


「あ、俺がやりますよ」


 高野さんは燈子さんに声をかけ、台所の方へ歩いて行った。胡桃は自分の事の様に嬉しそうに私の肩に手を乗せて、


「良かったね、沙織」

と笑いかけてくれた。




 七曜学園は、今日(12月25日)が終業式。

 久しぶりに、一緒の登校。


 部活の早朝練習ある胡桃は一足先に学校へ行ってしまい、私は司君と二人で駅に向かって歩いている。


 姿を消した後、司君は学校に一度も登校していなかった。


「司君、燈子さんの家でずっと、何してたの?」


 彼は前だけを見て、返事をした。


「燈子さんの小説、読ませてもらってたんだ」


 私の顔を見ようとしない。


「そう………。すごく心配したんだよ?司君」


 少し避けられている様な気がして、何だか悲しい。


「…家に探しに来てくれたんでしょ?ごめんね、沙織さん。…彩月から聞いた」


「うん。…どうしても司君を探したくて。お家にお邪魔しちゃった」


「…………『霽月の輝く庭~ミラ~』を取りに帰ったら、沙織さんと高野さんが来たって彩月から聞いて。あの本をもう渡したって言うから、びっくりした」


「世界に1つだけの13巻を、貰ったよ。…素敵なクリスマスプレゼント、ありがとう」


「…………気に入ってくれた…?」


「うん!ミラの魔法がすごく素敵で、何度も読み返しちゃった!」


 小さな頃の司君に、会えた様な気がした。


「…………そう」


言魄コダマは生きていたんだね!司君の物語の中で」


 彼は私の目を見ずに、少し下を向いている。


「…うん。ずっと前から沙織さんに、あの物語を知って欲しかったんだ」



「…ねえ司君」



「……何?」



 私は立ち止まった。



「こっちを見て」



 私達以外人がいない、住宅地の中。



「…………?」


「今朝から全然、私の方を見てくれて無いよね?」


「…………!」


 彼は私と向き合う様に、真正面に立った。


 言葉が出て来ない様子の彼を見て、私は驚きを隠せなかった。…やっぱり司君、今までと様子が違う。



 まるで、ここにいないみたい。



「…………」



 私は少し、彼の近くに寄って、

 彼の目を覗き込んだ。



「…………?」



 どのくらい時間が経過しただろう。



「…………」



 私の目を見ていた司君は、



「…………」



 みるみるうちに、

 顔が真っ赤に染まっていった。



 …………?!



「……トイレでも行きたいの?司君…」

「違う!!」



 違うんだ…。



「…………じゃあ一体…」






「…………沙織さん。僕、あなたとこうしていて本当にいいの…?」





「…………司君?」



 何を言っているんだろう。さっきから、『いたたまれない』とか…。







「…僕は、あなたに相応しく無いのかも」






 …………?!






「…怒るよ、司君!」






 …何を言い始めるかと思えば!





「ずっと勝手に私の事を振り回して来たくせに、今更何言ってるの?!!」




 何だか急に悲しくなって、

 泣きそうになってしまった。



「本気で怒る沙織さん、…はじめて見た」



 彼はびっくりした様子で、こちらを見ている。



「もっと怒ろうか?!!」



 距離は近いのに、

 心が遠くなってしまった気がする。



「………お任せします」



 …敬語に戻っちゃって!!

 …何だか妙にしゅんとしてるし!!



 まだ嘘ついた事を、気にしているの?!

 もうとっくに、謝ってくれたじゃない!!



「…もう、どこにも行かないでよ!!……司君…」



 涙が溢れて来る。

 いやだな、ずっと我慢していたのに。



 どうすれば、ちゃんと近づけるの?!




 彼は紺色のハンカチをポケットから取り出して、私の涙をそっと拭いてくれた。





 

「…僕の事、好き…?」








 …………………!









 はじめて、聞かれた。










 夢の中以外で。









「…………司君」








 そういえば、

 ちゃんと伝えて無かったかも知れない。









「……ごめん沙織さん!!」










「…?」








「…やっぱりトイレ!!僕、先に学校行く!!」







 彼はいきなりダッシュして、

 猛スピードで学校へ走って行ってしまった。







「…………!」










 …………司君。











 私はミラみたいに、

 嘘をチョコに変える事は出来ないし。














 嘘をパクっと

 食べちゃうことも出来ないけど。















 司君の嘘を、

 本当に変えられないかな。





















 ずっと一緒にいたいから。







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