第2話


 多分、



 誤解だと思うんだけど!!






 急展開過ぎて、何からどう話せばいいか、さっぱりわからない!!!








「あの、話す前にちょっとだけ、席を外すね…」







 とりあえず逃げる。



 私は彼に断って、席を立った。






「はい。どうぞ」



 彼は、とてもにこやかに返事をしてくれた。

 明るくて話しやすそうな雰囲気の男の子だなあ…。



 一旦頭を、整理しよう。



 店の奥にあるトイレに行きがてら少し彼と距離を置いて、私は考えてみる事にした。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 先週の水曜日に、私は携帯電話で話しながら胡桃を誘った。




 八百洲ブックセンターで行われる神原彩架月先生のサイン会が、日曜日(今日)の午後2時から行われる。


 先生は超人気作家だから、早めに軽食を取ってから並んでおかないと、サインをもらえるまで何時間待たされるかわからない。


 だから、12時にカフェ『未来志向』集合に決めた。胡桃もファンの1人だし、サイン会には興味があるかと思ったのだ。

 

 サイン会の知らせがメールで届いた時、早く行動に移さなければと私は焦った。


 まず、申し込みが必要なのである。こういう催しは人数制限があるからだ。



 校内の携帯電話での通話は、固く禁止されている…が。


 でももう下校時間だし、私的にこれは緊急事態。そのため何卒今回ばかりは、どうか神様仏様、勝手な自分をお許し下さい…。



 誰にもバレない様にスピーカー状態にした携帯をポケットに隠し、校内を何気無く1人で歩いている風を装いながら、電話をかけた。


 何度かコール音が鳴り響き、胡桃が小声で出る。


『沙織、今どこにいるの〜?…まだ学校の中でしょ!どうして今電話してきたの?何かあった?』


 彼女は多分、部室棟の中だ。演劇部のミーティングが始まる前だから出られたのだろう。



 間一髪だった。


 

「胡桃、神原彩架月先生のサイン会、一緒に行かない?…早く申し込みしなきゃならないの」


「…え〜…あの、長蛇の列になるやつでしょ?…私は遠慮しようかな〜」


「…そんな事言わずに…。一人で並ぶの、寂しいよ」


 私は、話しながら何食わぬ顔で図書館の中に入った。


『霽月の輝く庭』の11巻を返して、12巻を借りなければならなかったからだ。


「お願い!」


 一緒に行ってくれそうな人は、あなたしかいない!!



『…いつ?サイン会』



「日曜日の12時に、カフェ『未来志向』に来てもらえない?」



 胡桃は何か返事をした様だが、良く聞こえない。


 電波が悪いのかも知れない。


 私はもう1度繰り返し日時を言った。


 胡桃はまた何か返事をしたが、その声は聞き取れなくなってしまった。


 チャットで会話した方が良かったかも…。


「…ちゃんと、聞こえてる?」



 胡桃はそれには答えずに、呆れた口調でこう言った。




『ホントに沙織は、神原彩架月先生が好きね〜』




「大好きなの…!!」




 だから、絶対にサイン会に行きたいの!!




「だから…お願い…!!私と、付き合って!!!」




 しばらくの、空白の後。





「…はい。わかりました」





 …やったあ!!!






 図書館の中で、思わず私はバンザイしてしまった。



 たまたまで書架の間で本を読んでいた教頭先生に、はしゃいでいるその姿を見られ、凄い形相で睨まれてしまった。



 私は慌てて、そそくさと図書館から逃げ出し、



『…沙織…どうしたの〜?』



 携帯電話の通話を慌ててOFFにした。




 ゴメン胡桃。また後でゆっくり話すから…!!




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 私はあの時の出来事を思い出しながら、トイレの個室の中で腕組みをした。



 う~ん、もしかすると。



 彼はあの時、図書館にいて…


 私の会話を聞いて、何かを誤解した…?!













 自分の髪形や服装が、突然気になり出す。


 まさか突然男の子とお茶することになるとは、夢にも思わなかった。思わず私はトイレの鏡に映る自分の姿を、隅々までチェックしてしまう。


 何の変哲もないセミロングの黒いストレートヘアーに、何となくブラシをかけただけの髪。


 アクセサリーなどは何一つ身に着けてこなかった。今日着てきた薄ピンクのコートとギャザーロングワンピースはお気に入りの一つだが、この季節にしては少し胸元が寒すぎる。


 …ただ存在するだけで華やかな彼と比べ、あまりにも地味すぎる自分を別の生き物に、今すぐ変えてしまいたくなってしまう。


 もう少し、外見に気を付けた方が良かったかも…。



 トイレを出て、こちらを背に白井君が座っている窓際の席へと私は向かった。


 テーブルには湯気を立てたもう一つのホットコーヒーが運ばれてきており、彼はそれを口に運びながら私を待っていた。



「お待たせしました…」


 私は再び元の、彼の向かいの椅子に座った。



「はい。お帰りなさい!」



 彼はにっこにこの笑顔で返事をしてくれた。


 何だろう、この爽やか美少年は。

 血統書付きの、真っ白い子猫を思い出す。


 思わずほんわかと、癒されてしまう。



 だ、ダメダメダメ駄目だよ。

 見とれていないで、ちゃんと話をしないと。



「えっと、白井君」



「司でいいです」



「じゃあ、…司君」



「はい!」



 幸せそうに司君は微笑む。

 すっかり彼のペースに乗せられている私。




「先週の水曜日の放課後、図書館で私…」



 彼は私の話を、遮った。



「はい。…嬉しかったです。告白」



 急に、その時の状況を彼は説明し始めた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 あなたは、僕の目を見つめて言いました。



「お願い!」



 僕はびっくりしました。

 

 いきなりあなたが必死な様子で僕に、こう言ったからです。




「日曜日の12時に、『未来志向』に来てもらえない?」




 僕は、あなたに聞き返しました。




「もう一度、言ってもらえませんか…?」




「日曜日の、12時。カフェ『未来志向』に、来て欲しいの」



 ああ、あの場所!


 ようやく、思い当たりました。


 八百洲ブックセンターの横に、去年新しく出来たカフェの事だと。



 日曜日、特に予定は無いし。


 …ずっと気になっていたあなたに、誘われたのです。

 

 絶対に行きたい!!と思いました。




「…ちゃんと、聞こえてる?」




 ボーッとしている僕に、あなたは聞こえているかを確認しました。


 もちろん、ちゃんと聞こえていました!



「………はい」



 心臓がどきどきと、音を立てました。

 だって、これってデートでしょう?





「大好きなの…!!」





 あなたは僕を真剣な表情で見つめて、

 その時告白、してくれました。






「だから…お願い…!!私と、付き合って!!!」






 

 …これは夢でしょうか。


 





 信じられなくて、幸せ過ぎて。

 すぐに返事が出来ませんでした。













「…はい。わかりました」











 やっと、言葉にできた。









 僕は、それしか言えませんでした。







 あなたは、






『 …やったあ!!!』







 という様な、可愛いポーズを見せてくれました。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 私はまた、フリーズした。



 どうしよう!


 司君、やっぱり物凄く誤解しているみたい!!





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