日付変更線に触れる
きつね月
世界中の不幸を見間違えた夜
春の夜風に、長い髪が流れている
大きな青い瞳がこちらを見上げていて、なんだか吸い込まれてしまいそうだ
僕は、そんな君の姿から目を離せなかった
この世の全ての不幸の意味がその時分かった
大丈夫、大丈夫
ぼんやり光る自動販売機の片隅で
笑顔の君がそう告げる
雨上がりの夜の、生ぬるい風に揺れるスカート
白い花、ピンクの蕾の
羽衣
初めて出会った自動販売機の光
君は目をぱちぱちさせて、
この世界のことを何にも知らない子猫のようにそれに触れている
分かってる、分かっているとも
僕は全てを見間違えている
全てを見間違えて、ここまで来たんだ
だってそうだろう?
この世にある、全てのことよりも
目の前にいる君の方が大切だなんて、
見間違えた夜に
見間違えた低い月が浮かぶ
見間違えた星空に
見間違えた夜中の雲
見間違えたバス停に
見間違えた地名
見間違えた信号機は黄色い点滅信号をちかちかさせていて
見間違えた街灯はどこまでも並んでいて
見間違えた記憶が相変わらず僕をうんざりさせていて
見間違えた将来が相変わらず僕を急き立てていて
見間違えた他人が相変わらず僕を責めていて
見間違えたボロボロの靴を履いて
見間違えた大きな道路を歩いて、ようやく辿り着いた交差点の端っこの方
ぼんやり光る自動販売機の片隅で
全ての不幸を見間違えた僕は
ようやく君に会えたんだ
僕は小銭入れを取り出すと
100円を自動販売機に入れて、温かい缶かんを拾って
君に渡してみた
最初はそれが何なのか分からない様子でそれを受け取った君が
缶かんの暖かさに触れて、その笑顔を見せたとき
僕は世界中の不幸を幸福と見間違えた
大丈夫、大丈夫、
何が起きても、もう大丈夫
何が起きても、もう怖くない
だって、この世の全てのことよりも君の方が大切だ
それだけの為に生きていけばいい
君の笑顔の為だけに生きていければそれでいい
世界中の不幸は君の為にある
君に暖かな缶かんを渡すためだけにある
世界中の不幸を見間違えた夜
ぼんやり光る自動販売機の片隅で、
ふと気が付けば君はいなくなっていた
羽衣素馨の甘い香りだけが
その場に残っていた
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