悪役は僕だけでいい
僕は、一人教室から去っていく山岸さんの後ろ姿を眺める・・眺めたまま、僕は彼女を追いかける事が出来なかった。
なんとなく、想像がつく・・
これまで山岸さんは僕に付きっきりだった。
大方それを周りが面白くないという事で
彼女に、〈あんな落ちこぼれと付き合うな〉
みたいな事を言われたのだろう。
僕は、山岸さんが立ち去っていった方向から
視線を逸し恐らくその言葉を言ったであろう女子生徒に視線を移す。
彼女は、名前は確か・・・冴島、凜・・確か、そんな名前だ。
常に山岸さんと一緒にいる女子生徒だ。
山岸さん程じゃないが、綺麗な黒髪を一つに束ねそれを蜜編みにして背中に流している。そして何よりやはり山岸さんには劣るものの、その顔は決して整っていない訳ではなく、その容貌からは15歳だというのに大人の色気というものを感じさせる。
常に意志が宿ってないように見える瞳・・・
感情その他一切全てを感じさせない平板な声音
うちのクラスでは彼女のことを"アンドロイド"と揶揄されていたはず・・全く、ボッチの聞き耳スキルは高くていけない
と、冗談はさておき。山岸さんと冴島さんは普段から気心知り合う仲睦まじい印象を受けた
まるで、古くからの友人の様・・まさに幼馴染という言葉があの二人には相応しい。
その二人がついさっき喧嘩をしたのだ。
しかも、山岸さんの大声が聞こえたが
〈黒崎君は良い人よ。彼を悪く言う事は私が許さないっ〉
あんなの、どう見たって僕の事を悪く言われて激怒してますよって自ら言ってるような物だ。
でも、そうやって・・声を大にして否定してくれるのは嬉しい。
少なくとも山岸奏にとって、僕は庇うだけの価値のある人間らしい。
だが、これは非常に不味いことになった・・・山岸さんが僕と一緒に行動してるせいで、予想していた悪い状況が出来上がってしまった。
それは、周りが彼女の陰口を叩かれているという状況だ。
僕と一緒にいれば、そうなる事くらい分かっていたはずだ。
ならなぜ、僕は山岸さんとの距離を早々に取らなかった―――?
僕は心の中で自問自答する。
まさか、居心地が良かったとか言う訳じゃないだろう?
山岸さんと出会ったからって根本的な考えが変わる訳じゃない。
やはり、僕は一人で行動するべきなんだ・・そんな感情が僕の胸を支配仕掛けたとき
『シュ〜ウッ』という背後で掛け声と同時に僕の腋に手が差し込まれる。
僕はいきなりの事に身体を強張らせる。
そして彼女が僕の腋をくすぐり始めた。
『ちょっ、万、丈っやめっ・・アハ、アハッ、アハハっ』
僕はくすぐりに耐えきれず周りの目を気にも留めず
教室内で盛大に笑い声を立てる。
『どうだっ、参ったかっ!!』と
万丈さんは背後からそう、確認を取ってくる。
その声はイタズラを成功させてウキウキしている少年のようだ。
『わかっ、た・・わかったララっ』
僕は、くすぐりによる笑いを懸命に抑えながら噛みながらもしっかり答える。
そして、万丈のくすぐりから開放されて周りを見ると
みんな冷めた目で僕を眺めていた。
『なんだ、お前ら・・・何か文句あんのか?』
そう言って万丈が、周りを睨み・・いや、彼女たち風に言うのであればメンチを切っていた。
瞬間、教室中の空気が一気に寒々しい物に変わる。
教室全体を黙らせるって凄いな・・よくそれを僕耐えられたな
すごいぞっ僕ッ!!
『チッ・・姑息な真似しか出来ねぇなら最初から何もすんなっ』
万丈は周りを威嚇するように睨みつけながら言う。
周りの連中は万丈さんが怖いのか皆顔を伏せる。
やるならここしかないっ、僕はそう思いたち口を開く。
『はぁ、どうせ今だけなんだよなぁ』僕は肩を竦めながら言う。
万丈が僕の事を凝視する・・それはそうだろう
昨日まで気弱に振る舞っていたのに、強気に出ているのだから。
『恥ずかしくねぇのか、アンタ等』僕も周りを睨みつけて言う。
『特にクラスの男子っ・・あんだけ山岸さんの事天使だなんだって
言っといて自分達が気に食わないことがあれば天使と崇めていた女子の陰口を平気で言うなんてなっ!?』僕は普段出さない大声を張り上げる。
―――クッ、喉が痛いっ・・こんな事なら普段から出しとけば良かった。
男子達は僕の言葉に呆気に囚われて何も言い返してこない。
僕は標的を男子から女子に変える・・
『そもそも、何が発端で山岸さんの陰口を言い出した』
僕が女子達に視線を向けると大半の女子はビクンと身体を大きく震わせ僕を涙目で見つめてくる・・・きっと僕は鬼の形相を浮かべているのだろうな。
ホントに調子が狂う。山岸奏と出会ってから少しずつ僕が変わっていると実感する。
以前の僕なら、こんな目立つ行為はしなかっただろう。
ならなぜ、こんな事をするのか?
〈ごめ、んなさいっ・・・ごめんなさいっ〉
頭の中で山岸さんが、謝罪の言葉を僕の胸に顔を埋めて泣き叫ぶように口にしていた光景が蘇る。
山岸奏は、凄くいい子だ・・・
僕があの時自分だけが犠牲になればいいと軽い気持ちで
見に覚えのない罪を被った・・・
だが、山岸奏はそれからずっと自分を攻め続けた・・
他人に罪を被せられてラッキーって思う人間が大半だろうに
その大半とは違う反応を山岸奏は僕に見せた・・
きっと山岸奏という人間は、音が真っ直ぐなのだ。
間違ったことをすること自体が嫌いな人間・・それは尊い事だと思う。
―――だが、僕には出来ない・・生き方だ。
僕は、近くに位置する机と椅子がセットで置かれてる
席を思いっきり蹴り飛ばす。
その光景にキャアッと悲鳴を上げる女子、信じられないと言った驚愕の表情を浮かべたまま黙って見つめてくる男子達。
だが、その中の金髪の男子・・
天道が僕を睨み付けながら僕の元へと歩みを進める。
『これは、どう言うつもりだ?』天道は、必死に感情を押し込めているようで、その声は怒りの感情を必死に押し殺してる声に感じた。
僕は天道にニヤリ顔を作って見せる。
『いや、そろそろ下らないなと思ってさ』
『下らない、だと』今にもこの前みたいに
殴り掛かりそうな形相で天堂は言う。
『あぁ、だから集団って嫌なんだよな』僕は淡々という。
一切の感情をかなぐり捨てて
『一人だと弱気な癖に、徒党を組むと急に強がる奴がいる。
仲間が大事だとか言って、肝心な時には助けない・・むしろ
責任を仲間だって言い合った奴等と平気で擦り付け合うっ』
そうだ・・ここでの僕は、狂った人間を演じればいい。
このクラスの中での悪人は僕・・
―――悪役は、僕だけでいい。
――傷付くのは僕だけで十分だ。
『っ・・君という人間はっ!?』
そう言うと天堂は僕の顔目掛けて右ストレートを放ってくる。
だが次の瞬間・・・
『なっ』『ヒュー、思ったよりやるなぁ』
天道からは戸惑いと驚愕が入り混じった声
万丈からは、感心の声が教室を支配する。
天道、舐めるなよ。一度殴られてるんだ・・嫌でも、パターンが読み取れるってのっ!!
そして僕は、天道の胸目掛け前蹴りをお見舞いする。
『グッ――ハァハァ』
天道は、胸に前蹴りをもろに受けると苦しそうに呼吸をする。
今の蹴りで肺に影響が出たのだろう。
『なんで、お前なんだよっ』と、目に涙を浮かべながら
天道は僕に訴えかける様に叫ぶ。
『校内1の山岸奏がっ、テメェ見てぇな・・底辺と、肩並べて仲良くして良い訳ねえんだよっ!?』天道の目は、血走っていた。
『・・何でだよっ』
僕は天道が何度も口にしている言葉を口にする。
僕のほうが聞きたいっ・・僕と違って
人望も体格も人格も何もかも揃ってるはずなのに
僕は、左拳を大きく振りかぶる。
『なんで、アンタがっ山岸さんの陰口を』
僕はそう言いながら、彼の胸倉に手をかけ
『止めに入らなかったんだよっ』そう言うと
僕の左拳は天道の右頬を鋭く打ち抜いていた。
それと、同時に担任の美沙ねえ
教室から暫し去っていった山岸さんが入ってくる。
二人とも目の前の光景に驚愕していた。だが暫くした後
『黒崎・・連いてこい』
今までの僕に向ける姉としての美沙ねえの顔ではなく
教師の顔で美沙ねえは言う。
『分かりました』僕は、淡々と返事をしてから
山岸さんと万丈のいる方に目を向ける。
彼女は、ただただ首を左右に振りながら泣いていた。
そうか・・なんで僕がこんな事をしたのか、分からないのか。
『アンタ等』僕は挑発的な態度を装う・・これは少し、喧嘩腰にならなければ言えない。
そして僕は、地面に仰向けに倒れて気を失っている天道を指差す。
『そいつの様になりたくねえんなら・・僕の陰口は構わない
でも、山岸さんの陰口は金輪際っ口にすんなっ!?』
僕は力の限り吠えた・・獣が獲物を求めてるかの如く
その光景に山岸さんは息を呑んだあと
『なんで・・自分だけが傷付く道を選択するの』と
震えた声で、山岸奏は呟くのだった。
それでいい、山岸奏の真っ直ぐさは生きていく上では必要だ・・だが
それだけではダメだ。世の中は、誰かが笑っていれば、その裏で誰かが傷付き泣いているのだから・・・
誰も傷付こうとしないなら―――喜んで僕が傷付こう・・喜んで、悪に身を落としてやる
僕は山岸奏に一瞥をくれて、美沙ねえと共に教室を後にするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます