こういう存在も時には必要だよね

空が青いなぁ・・・そんなどうでもいい事を窓を見て思う。

そして僕は周りに聞こえないように溜息をそっと吐く。周りには自分以外の生徒がいると言うのに辺りは静寂で包まれている。教師もいるというのに先程から一向に口を開こうとしない。


僕は目を瞑りながら心の中で毒づく


ーーーーーーーーーーーーーーーー葬式会場かよ、ここはーーーーーーーーーーーーーーーー


なぜこういう状況になっているか説明しよう。今朝の事だ・・・

いつも通りに僕が山龍高校に登校し、自分の教室に向かった。

が、教室に着いてみると、いつもと違う光景がそこに広がっていた。


普段綺麗に並べられている机や椅子が全て倒されているではないか。

これは喧嘩かと思い僕は周りを見回す。だがその場にいた全員の顔を見ても皆一様に戸惑ったような表情を浮かべている。


なるほど、つまりあれか。ここにいる全員教室に入ったらこんな状況でどうしたらいいか分からなくて佇んでいるのか・・・

取り敢えず机や椅子直せば良いのにと思う。が、それを口にする気もないしましてや行動を移す気もない。


理由は簡単・・・目立ちたくないからだ。ここでそんな行動を取ったら周りから”コイツ変な奴だな、空気読めよッ!!”‥‥‥と思われてしまう。


僕は自分で言うのも何だが、とある時期から人と接触しないように努めている。そのお陰で僕は、小、中とずっと一人ぼっちだった。


たがその事について悔いや羨望などといった想いは一切ない。

何故ならそれは周りの環境なども多少あったかも知れないがそれは全て自分で選択したことだからだ。だからこれまで目立たないように行動してきたし、今後も継続していこうと思う‥‥いや、もうここまで人と関わらないでいると変なポリシーが生まれてくる自分に半ば呆れるけど。


そうして後から教室に入ってきたクラスメートも皆教室内の惨状を目にして困惑し全員立ち往生する事、10分。ようやくチャイムがなり担任の中山先生が教室に入ってくる。先生は教室の中を見て暫く目を瞬いた後、『まずは倒れた机や椅子を皆で直そっか?』と皆に呼びかける。


僕は内心、ですよねー。と思いながら机や椅子を直す作業に入る。



そして今に至るという訳だ‥‥‥1、2時限がホールルームだからこそ今この状況が生まれてしまった。


今、全国民に問いたい‥‥‥今僕達が過ごしている時間は何なのかと。


おいおい‥‥‥なんだよ、この空気は。

犯人探しに付き合ってる暇なんてないんだぞコッチは‥‥


かれこれ授業が始まってからこの静寂が1時間も続いている。

1時間だぞ。いつもの昼休みや授業と授業の合間なら読書してればいいが、流石に授業中な上にこんな空気の中本を読んだら非常に目立つので僕は何も出来ない‥‥‥まぁ、それはここにいる全員なんだが。


どうやらこの担任中山武蔵先生(42歳)は、犯人が名乗りを上げるまでこの状況を続けるつもりらしい‥‥‥


流石、名前も男らしい上に性格も正義感あふれる熱血漢で有名な先生なだけあるなと僕は思う。歳の割に体も部活に入ってない僕なんかと違ってしっかり鍛えられている‥‥‥‥確か、小学校からずっと柔道を続けてらっしゃるとか。すごいな、僕には到底無理だな。人と関わりたくないし。


と、そんなことはどうでも良い。彼がそんな性格だからホームルームはこういう葬式会場宜しくな静寂状態になるだろう事は予想できた。


僕は元来こういう空気が苦手だ。叱られているのならこの状況も仕方ないと受け止めよう‥‥‥だがこれは違う。


この状況は犯人が見つかるまで延々終わることも無いだろう。

かと言ってこの場でその犯人が名乗りを上げるかというとそうでもない。


この場で名乗りを上げたら教師は愚かクラスメートから手厚いバッシングがくる上、翌日からその犯人はクラスメートからハブられる事だろう。そんなの誰だって受けたくない。それに多分、こんな事をしでかしてしまった自分を恥ずかしく思うことだろう。


結論から言おう。僕はこんな事無意味だと思うんですよ。

正義感がある事は悪いことじゃないけど何処かのメガネかけて赤い蝶ネクタイした奴が言ってるみたいな”真実はいつも1つッッ!!”じゃないと思うんですよ僕は、ハイ。


大体こんな空気になったら周りの人間は疑心暗鬼に陥って周りの人間を見回してしまうことだろう‥‥

ほら、一番前の席にいる金髪の・・・名前、何だっけ?


イケないイケない、もうこのクラスになって2ヶ月経つのにクラスメートの名前も覚えてないなんて‥‥しかも確かこのクラスの中心人物だったはずだぞ。どんだけ人に興味がないんだ、僕は。


まぁでもその中心人物の金髪君でさえも、ああなるんだ。早いとここの状況を終わらせたい。ボッチな僕でも精神衛生上好ましくないからね。


と、そこでずっと黙って目を瞑っていた中山先生がその厳つい目をゆっくりと開けながら


『誰も名乗りを上げないのか。お前達恥ずかしくないのかっ!!』


とバカでかい声で、正義感溢れるお言葉がその大きい口から発される。



ええ〜〜ッッ!!‥‥一時間も黙っといて、何開口一番怒鳴りつけてんの。流石の僕でもドン引きのレベルだよ‥‥そんな空気じゃないでしょ。


周りの連中も、その怒鳴り声に戸惑いの表情を顕にする。

そりゃそうだよね。僕だって戸惑うもん、この状況にした張本人がいきなりブチギレてきたら。


僕はもう我慢が出来なくなって静かにその場で手をあげた。

瞬間周りが僕の方を凝視する。僕は皆から送られる視線を不快に感じながらそれでもなお、その姿勢を崩さない。


『えーと‥‥すまん、誰だったかな?』


僕は中山先生の言葉に態度ではなく心の中で落胆する。

ま、当然ですよねー。だってこの2ヶ月一言も喋らず空気のように振る舞っていたのだから‥‥‥まさか、生徒だけじゃなく担任にまで僕の存在を認識されてないとは思わなかったけど。


どっちにしてもこんな行動をとって目立っているし、名前も呼ばれていただろうから余り関係ないけどね。


『黒崎集です』


僕は久々に学校内で声を発する。前喋ったのは入学した初日の自己紹介でだったけな‥‥‥久々に喋った内容が自分の名前とか皮肉なものだ。



『お、お前が今朝のをやったのか‥‥?』


中山先生は若干戸惑ったように聞いてくる‥‥‥何その反応?いくら今まで認識してなかったからってそんな対応されちゃうと泣きたくなるんだけど。


『はい‥‥理由はむしゃくしゃしたからです』


と、僕は適当な理由を口にする。むしゃくしゃしたからって‥‥‥どんだけ情緒不安定な人間なんだよ・・・


クラス全員の目が僕の事を見つめる。ただし、先程とは違う種類の目だ‥‥‥さっきは突然の名乗りに戸惑って皆呆然と僕の事を見ていた。


だが今はようやく見つけた敵に今にも飛びかかりそうな血走った目を各々している‥‥‥‥おう、怖っっ!!


身の危険を感じ僕はその席から立ち窓とは反対側の出入り口に歩き出す。



『おい、待て話はまだ終わってない』


中山先生が顔を怒りで真っ赤にしながら注意してくる‥‥この人、感情コントロールが上手くできないのかなあ。


僕はその言葉を無視して教室を出た瞬間に階段に向けて全力ダッシュする。ボッチ舐めんなよ、こういう時の逃げ足だけは速いんだから‥‥‥それこそ、世界で金メダル取れるレベルだっ!!・・・言ってて悲しいな。



さてと、これで教室の空気はさっきより良くなるだろう。

気付いてると思うけど僕は教室の机や椅子を倒していない・・・・え、ならなんで名乗りを上げたのかって?


あの状況じゃ犯人は名乗り辛いだろう。それにさっきも言ったが相当なバッシング、それから翌日からハブられる事間違いなし‥‥それは先程のクラスメートの血走った目が証明される事だ・・・怖かったよ、ママ。


なら、いつまでも沈黙状態を維持するより明確な意識を持った状態にしたほうがいい。アイツらは犯人が見つかったら糾弾したいだけの連中なのだから。


別に本当の犯人じゃなくて構わない‥‥要は糾弾できる相手がいれば良いのだ。但しこれがクラスの人気者だったりしたらそのクラスは一生その重たい空気を二年生になるまで抱え続けることになる・・・面倒くさい事このうえない。


その上で言うなら、僕は今まで空気同然の人間、担任の教師にまで認識されていなかった人間だ。

これ程糾弾する相手にうってつけなのはいないんじゃないか?


暫くは絡まれるんだろうな〜〜、人と関わりたくないのに。

まぁでも仕方ないか、こういう存在も時には必要だよね。


僕はそんな事を思いながら階段を駆け下りていく‥‥‥

これが後にまさか、僕の日常が大きく崩れ去るとも知らずに。

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