第10話 突破口発見!?


 三人で、それぞれファイルの中身を確認し合う。

 「坪内佐の言うとおりだな。中身については、恐ろしいほどの一致と評価していい感じだ」

 俺は言った。


 慧思が再度ディスプレイを確認して、ふと思いついたように言う。

 「怪しいオカルト月刊誌でも見たことがあるけれど、こういう透視の結果って、なんで手描きなんだろうな」

 「ん、頭に浮かんだことを、ラフスケッチするからじゃないか?」

 何となく答える。深くは考えていない。だって、そんなもんじゃないか?

 透視した情報は頭ん中だろうから、写真に写すのは不可能だし。念写とかって、透視とは別の能力だろうし。

 つか、慧思が何を言いたいのか判らない。


 「あのさ、脅迫と言ったって、つか、脅迫だからこそ、相手に対するプレゼンテーションが大事だろ。能力があっていろいろ見えるならば、間取り図ぐらいCADで描けば良いのにな」

 ん、確かにそうだ。今日日、無料で使えるCAD(Computer Aided Design)ソフトもあるし、手描きよりも解りやすい。

 「CAD使えないからとか?」

 「相手は情報のプロだろ?」

 んー、でも情報インテリジェンスのプロで、ビジネス情報処理のプロってわけじゃないよな。エクセル検定持っているスパイって、妙に堅実そうで、それだけでなんか可笑しいけど。


 美岬はおとなしく聞いている。

 疑問が俺の顔に出たのだろう、慧思は疑問点の補足をした。

 「この図の場所って、相手からしたら敵地だろ。その敵地を落とす時に、仲間にブリーフィングしなきゃじゃないか? で、第二次大戦中じゃないんだから、手描き図で作戦練らないだろう? 近頃見たアニメや映画だって、ブリーフィングではみんなCG使っていたぜ。CADまでとは言わないけれど、どんなラフでもいいから、せめてドローソフト使わないか?」

 「確かにな。言えはするけど……」

 「プレゼンで使うのと同じ考えするならば、ここに書き込みもするだろうし、色分けもするだろう。そうでなきゃ、判りにくい。

 見える奴とCAD描く奴が別だっていいんだ。でも、手描きのままじゃおかしくないか?

 だって、木製の机だと添付の写真で見ているから、俺は疑問にも思わないけれど、もし、この机がスチールだったらどうする? この手描きの図じゃそこまで判らないから、木製かスチール製かをブリーフィングの時に明らかにしておかないと、射撃の時の障害物としての対応が変わらないか? 美岬ちゃんのかーちゃんが、机の影から反撃して銃を乱射するかもしれないじゃん。

 その時になって、32口径じゃなくて38口径持ってくれば良かった、なんてことになりかねない。それに、こちら側に対してだって、そこまで判っているんだぞって言う方が脅しにもなるじゃん?」


 慧思の言いたいことは解った。

 超能力とやらの演出ってことはあるかもだけど、一方で、その超能力者の「画力」ってやつに縛られるのも確かだよな。その「画力」からの開放をシステム化してなければ可怪しいんだ。

 俺たちのいる世界は、そんな甘い場所じゃないはずだ。


 「となると、どんなことが言えるかな……」

 俺は頭を整理した。思いつくのは三つ。

 「一つ、こちらに対して、室内を知るための隠しカメラみたいな装備の、手の内を見せたくないから手描きで出した。

 でも、武藤佐に限って、室内のクリーニングが不十分ってありえないよね。ましてや、この図を提示されたら、徹底的なクリーニングを再度したはず。カメラとかが取り外されていたとしても、痕跡すら発見できていないというのは、おかしすぎないか?

 二つ、組織としてコンピュータが使えない。

 いくら何でも論外だな。

 三つ、ドローなりCADなりを使えない、何らかの理由がある。

 それを使うと何かがバレてしまう、何かを暗示してしまう、かな?」

 「双海、いいぞ、その調子だ。俺、今のを聞いていて思いついた。三番目の裏返しの答えだが……」

 「木製かスチールか判らなかった、机があることしか判らなかったから、って答えはどうだ?」

 「なんだ、判っていてるじゃんかよ」

 笑って、握りこぶしを合わせあう。


 なるほど、机があることしか判らなければ、色分けできない。色分けできないなら、ラフの手描きスケッチをぶつけてしまえば良い。そもそも、クレヤボヤンスのレポートの世界標準(w)は、手描きなんだから。

 でも、繰り返すけど、俺たちのいる世界は、それで済ませられるほど甘い場所じゃないはずだ。


 俺は、独り言のように慧思に聞く。

 「坪内佐は気がついているかな?」

 「どうだろ? 常識を疑うってのは難しいぜ」

 「武藤佐に言われた。すべてを疑えと。言われないとできないことだし、言われてもできないかもだし、でも、坪内佐、切れそうな人だったからな」

 「美岬ちゃんのかーちゃんは特別なんじゃねー? 評価高いし。

 それよりもさ、気付く気付かない以前に、少なくとも、俺、超能力による透視の図を、CADで描いたものなんて見たことないぜ。オカルト誌とか、捜査協力とかの与太話の週刊誌でも。あるがまま受け取って、疑うポイントじゃないだろ、本来。

 坪内佐がオカルトに知識があったら、逆に気がつかないんじゃないかな」


 そうだな、今だから言えるけど、慧思、活字に餓えていても、本なんか毒親のせいで買えなかったから、週刊誌でも、月刊誌でも、新聞でも、ゴミ箱から漁ってさえ手当たり次第読んでいたもんな。オカルトの知識も得るだろうさ。

 毒親のことに気がつかないうちは単に変な奴だったけど、それが、こんなところで活きるとは……。


 聞いてみる。

 「ご高説ですが、坪内佐すら気がつかなかった着目点を、どういうポイントからお気付きになられたので?」

 なんか、ふふんって感じで少しふんぞり返りやがったな、コイツ。

 「今日の昼間、社会の授業の横道でプレゼンテーションやったからな。今日の俺は、プレゼンにはうるさいぜ」

 マジかよ……。これがなんかの突破口になったとしたら、偶然って恐ろし過ぎだよな。つーかさ、高校生の戦い方って、ある意味怖いわ。

 もしかして、基本が偶然とノリかよ。


 とはいえ、確かに授業が横道に逸れに逸れて、パワーポイントを使う意義を説明していたな、社会の田端先生。

 バタヤンは、「手描きの図なんか持って行って、相手が買ってくれると思うな」って、厳しいこと言っていた。

 ちなみに、この先生の授業は横道に逸れすぎて、三年生の日本史で、明治維新以前に卒業式が来ちまった前科があるらしい。

 大学受験の試験時期に元禄文化やっていたっていうんだから、そりゃ、いくら授業自体が面白くても、上級生から申し送りが来るわ。

 ともかく、俺、バタヤンの言葉とこの問題がリンクしなかったけど、慧思、オメーはスゲーよ。なんでこんな事件の最中に、授業内容をリンクできるんだよ。

 やっぱりお前ってさ、逆にバカなんじゃねーか?


 ここで、初めて美岬が口を開いた。

 「CADの視点に話が行ったから、この図について気がついたんだけど。

 絵の視点、低くないかな? ちょうど母の身長くらい。

 私も母も、身長がそう大きくないから気がつくんだけどね。その視点から描かれた図だよ、これ。

 で、建築パースで描く角度じゃないから、CADで平面図とリンクさせて描けないよ。

 この絵を元に平面図を起こしたら、視点の低さから、部屋の広さに誤差が出そうな気がする。部屋の広さを正確にすると、今度は机の大きさがかなり違っちゃわないかな? あくまで、絵として見る範囲ならば正確なんだけど……。

 写真も、平面図みたいには撮れないから、余計に気がつきにくいけど」


 パースって何? とアホ面晒す俺と慧思に、美岬はざっくりと説明してくれた。

 遠近法を使って、建築物やその内部を描く時に使われる技法なんだそうだ。

 言われてみれば、美術の時間に教わったことを思い出した。遠近法で絵を描く時、消失点という点を設定し、その点から放射状に引いた線と、水平、垂直の線のみで作画をしたんだった。単純な方法なのに、部屋やそこにある家具が、妙に立体的に描けたので嬉しかったことを思い出す。一点透視図法とか言ってなかったかな。


 で、美術の絵を描くときの視点としての消失点は、絵を描く人の目線の高さとイコールなので、図面としては使えない。

 建築パースの場合、設計図としての正確性に欠けてしまう事態を防ぐ必要がある。そこで、床と壁の境、天井と壁の境とかの構造物の基本となる線の角度は、水平線に対し、30度か60度に決まっているんだそうだ。従って、消失点の高さも確定する。描き手と対象の、正確な距離と連動するんだ。


 説明を聞いて、俺と慧思は思わず拍手した。

 この図の視点が、身長155センチくらいの人によるものというのは、大発見だ。

 なんか、俺たちって無敵じゃね?


 美岬ってば、この家の設計の時に小学生だったんだと。で、建築士さんの話を聞いていて覚えたんだってさ。

 外装部分の家は、なんかノウハウのあるゼネコン系の会社だったけど、内側の家は暮らしやすさってのをよく解っている女性の建築士さんが設計してくれたんだそうだ。


 その女性の建築士さんが、美岬と仲良くなって、小学校の教材の30度、60度、直角の三角定規で、数分で立体的にこの部屋を描いてくれたんだとさ。あまりに感動していたら、台所も同じ三角定規で描いてくれたと。それが忘れられない体験になったんだそうだ。


 まぁ、小学生への説明だから、いろいろ端折りもしたんだろうけど、美術の時間に消失点を教わって、ああ、これだったのかと思ったんだって。


 拍手された美岬は、ちょっと照れくさそうに言った。

 「かなわないなー。

 手描きであることに対して疑問を持ち、それを突き詰めて行く過程がなかったら、私だってこんなこと、気がつかなかったよ。

 私だって、田端先生の授業に聞いていたんだけどな。

 一つ解った。こんな感じで一年前、私のことを検討してたんだ……。あの時の私が逃げられなかったのは、必然だったんだね」

 今度は俺と慧思、小さくなった。いやいや、あの時はプライベートを詮索して申し訳なかった。


 もう、勘弁してください。

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