◆エピソード―とある少年:絵画の世界

 朝6時、ジリリリというけたたましい鐘の音で全員一斉に目を覚ます。

 起きて始めにやることは、掃除だった。

 掃除は嫌いじゃない。黙々とやっていれば怒られないし殴られない。

 

 掃除が終われば朝食。

「神様、今日もお恵みをありがとうございます」と唱え、「食べてよし」と言われて初めて口をつけられる。

 食事はいつも少ない。5分と経たないうちに済ませてしまう。

 わずかな量の、少し色づいた湯の中にしおれた葉がいくつか浮いている。

 草むしりで抜いた草だった。大人たちは「これは薬草だから」と言っていた。

 

 朝食が済むと、神の言葉を教わる時間。

 

 この世の全ては神が創った。

 喜びは神によってのみ得られる。

 怒りと悲しみは穢れの証。

 創造をしてはいけない。

 生命を産み、育んではいけない。

 喜びを自ら作り出してはいけない。与えてもいけない。

 神の真似事をするのは、罪深い"ヒト"だ。

 

 君たちにはまだ感情がある。つまり"ヒト"だ。

 魔法は神に与えられし力。君たちはその力を持たない無能者。だから君たちは捨てられたのだ。

 君たちは"ヒト"であるが人間ではない。ゴミだ。

 神に祈りなさい。そうすれば君たちにも魔法の力が与えられる。そこでやっと君たちは人間になれる。名前もつけてあげよう。

 今の君たちはゴミだから名前はない。番号があるだけでもありがたく思いなさい。

 祈りなさい。祈りなさい。祈りなさい。祈りなさい。

 光の塾へ行きたければ――。

 

 

 ◇

 

 

 昼食を食べたあとは「自由時間」があった。

 この時間はどこへ行って何をしてもよかった。孤児院の外へ出ることも許された。

 外の世界へ出て"ヒト"を見てこいということで、むしろ出ることを推奨されていた。

 そのままヒトの世界で暮らしても、二度と戻ってこなくとも咎められることはない。

 だが、ほとんどの者はちゃんと孤児院に帰る。

 

 

 外の"ヒト"達は皆、何か武器を手に取り集まって、大声で叫んだあと手を上に上げていた。

 孤児院の神父に聞けば、何か戦争をしているらしかった。

 黒髪の人間が、銀髪の人間を相手に"権利"というものを求めて戦いを仕掛けているとかなんとか。

 

「皆、一様に怒っているでしょう。あれこそが"ヒト"ですよ。戦争などと愚かな行いを平気でする」

 

「親にすら捨てられた君たちを拾って育てて守る、そんなことをしてあげられるのは私達だけ。ゴミなど誰も拾わない。出ていってもいいが、ヒトの世界は苦しみしかない。ヒトの営む孤児院には、こんな自由時間はない。我々は君たちに喜びは与えられないが、自由を与えてあげられる――」

 

 

 ――よく分からない。分からないが、孤児院にさえ戻れば安全なんだ。そう思った。

 

 

 ◇

 

 

 ヒトの世界は、色で満ち溢れていた。大声で叫んで武器を掲げているヒト達は赤く赤く。

 

 ヒトの家。

 オレンジ、ピンク、青、緑。仄かに灯る火。

 チカチカ、ぴかぴか、ゆらゆら。綺麗だった。

 家の窓枠の向こうは、彩りにあふれて……まるで、完成された絵画のようだった。

 

 

 ある日、世界がひっくり返るくらいに揺れて、孤児院が壊れて雪で埋め尽くされた。

 ヒトの世界も同じだった。

 家がたくさん壊れて、火は色を失い黒くなりやがて消えていく。

 ヒトの家の、あの窓枠の向こう、絵画の世界。

 綺麗で眩しい世界。あそこに行きたかった。でも、壊れてしまった。何もかも、色を失って消えてしまった。

 

 ――どうして。

 あの世界を見ることすら、俺には許されない――。

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