◆エピソード―カイル:星空のカーテン(前)

「カイルさん、少し聞きたいのですけど」

「ん?」

 

 ある日の昼下がり、砦の厨房にて。

 いちご酒を漬けているとベルナデッタが話しかけてきた。

 ちなみに兄もいる。細かいことは置いといて、ベルナデッタと恋人になったらしい。

 レイチェルがいない平日に時折やってきて一緒に料理の仕込みを手伝ってくれている。

 

「あのですね、あたしが捕まった時に、ア……先輩、が、気になることを言っていたんです」

「あの女が? なんだろう」

「カイルさんは"聖女の加護"を得ている、と」

「え?」

「聖女の加護ぉ? それってアレだろ、王族クラスが受けられるスゲーやつだろ? あらゆる災いを弾き返すとかって」

「……」

「そうよ。だから術が効かなかったって、あの人が言っていたの」

「カイルが? 聖女の加護を?」

「ええ」

「はは、そんな――」

「……マジかよ、オマエ」

「……は?」

「オマエ実は王子だったのかよ、知らなかったわ。今まで無礼な口聞いてスイマセンでした」

「あのなー……」


 兄は俺にガバっと90度の礼をした。それを見たベルナデッタは口に手を当てて吹き出す。

 

「……俺がそんな大層なもの受けられるわけないでしょ」

「全くだぜ。オレら生まれもっての小市民だもんなぁ」

「そう、ですわよね……」

「そうそう。……あの女プライド高そうだったし、悔し紛れに言っただけじゃないのかなあ。先祖代々のド平民だよ俺」

「いちごが好きなかわいい民草だよな」

「……いちご好きをいじってくるなよ腹の立つ」

「まあ、いちごが好きなんですの? 今度いちごのスイーツでも作りましょうか」

「え? あー……」

「おー、作ってやってくれよ、3段くらいのいちごケーキ。コイツもうすぐ誕生日なんだよ」

「あら」

「や――め――ろ――」

 

 俺が唸ると、兄はケタケタ笑いながら逃げ去った。

 それを見てベルナデッタもクスクスと笑う。細かいことは置いといて、幸せそうだ。

 

「聖女様の加護なら呪いを受けないのも分かるんですけれど」

「あいにくそんなものはないよ」

「そうですの……それか、お会いになったことが……?」

「ないない」

「……そうですか」


 彼女はまだ何か聞きたい風だったが、「部屋に取りに行くものがある」と適当に話を切り上げた。

 

 

 ――部屋に向かう途中、廊下でルカと出会った。小さな袋を両方の手で握っている。

 

「……やあ」

「……」


 諸事情あり、彼女にはうっすらと一線引かれている。

 経緯はどうあれ、ひっぱたいたりしたのだから仕方がない。……誕生日を邪魔したという前科もあるし。


「手に持ってるのは? 何かの種?」

「そう」

「植えるの?」

「そう」

「そっか」

 

 この砦はあと2ヶ月で契約が終わる。花が咲くのに間に合わないがグレンはどうするつもりだろうか?

 

「……知ってる?」

「えっ? ……ああ、ごめん、聞いてなかった」

 

 ぼんやりと考えているとルカが俺に何か話しかけてきていた。

 ボーッとしていると同時にまさか話しかけられるとは思っていなくて驚いてしまう。

 

「この花、知ってる?」

 

 そう言ってルカが種の入った袋を見せてくる。袋には小さくて青い花の絵が描いてあった。

 懐かしく、見覚えのある花だった。

 

「ああ、これは――」

 

 

 ◇

 

 

「リタ様。クライブと遊ぶのはよろしいですが、二人きりはいけません。誰か一人でもお付きの者を――」

「いやよ。リタは、クライブと二人がいいの」

「いけません! リタ様とクライブは身分が違うのです。本来ならこのような者がそばにいることすら」

「もうっ! マイヤーはうるさいわ!」

 

 時間と国を超えて数ヶ月。

 侯爵令嬢のリタに何故か気に入られた俺は、小間使いのようなことをしつつ月に一度くらいの頻度で遊び相手をすることになっていた。

 しかしお嬢様に近づく下賤の者として侍女長のマイヤー殿には毛虫のごとく嫌われていた。

 今となってはそれも理解できるが、当時はこのオババが大嫌いだった。

 

「リタはクライブと、"ごくひのかいぎ"をするの!」

「ご、極秘っ……!?」

「そうよ。だから"ぶがいしゃ"はあっちに行ってるのよ! えいっ!」

「リ、リタ様~~っ」


 魔法使いであるリタが手をかざすと、マイヤー女史はドアに吸い込まれるように飛んでいって廊下へと出される。そしてドアが勢いよく閉まり鍵がかかった。

 

「すごいなぁ……」

「うふふ、そうでしょ」


 リタが鈴のようにコロコロと笑う。

 俺が住んでいたカルムの街にだって魔法使いはいるが、あんなに自然に魔法を出してコントロールできるよう者はいなかった。

 王侯貴族の始まりは魔法使いだっていうし、やはり平民とは格がちがうんだろうか。

 

「やっと二人になれたわ。ようこそ、カイル!」

「うん」

 

 正直言って7歳の女の子、それも貴族令嬢の遊び相手なんて何をどうすればいいか分からないし楽しいとは言えなかった。

 下手なことして怪我でもさせたらあのオババに痛い目に遭わされそうだし。


 でもこの子だけが唯一俺の"カイル"という名前を呼んでくれる。

 本当の自分を思い出させてくれるこの時間は俺にとって貴重だった。

 

「今日は何するの?」

「えっとね、絵本をよんで、それから"ししゅう"をします!」

「刺繍」

「そうよ。おしゃべりしながら、おかしも食べるわ。ティーパーティーなの」

「やだなあ。そんなの男がすることじゃないよ」

 

 思わず不満を漏らしてしまった。

 野山を駆け回って虫取りに釣り、湖で泳いだりなどしていた自分は、リタの遊びに全く魅力を感じない。

 スカーフに自分の名前縫い付けたりはしたけど、刺繍なんて何が楽しいやら……途中で寝そうだ。

 

「まあ、だめよカイルったら、そんなこと言っちゃ」

「だってさ」

「男だからししゅうしないなんて、ナンセンスだわ。"じだいおくれ"よ!」

「じ、時代遅れ」

 

(未来から来たのに時代遅れって言われた……)

 

 ――年下の子なのに口で勝てる気がしない。

 仕方なく俺は彼女の提案通りに一緒に絵本を読んで刺繍を始めた。

 チクチクと初歩のステッチなんかをしながら、リタのお喋りを聞く。

 リタは手慣れたもので、何かの絵柄を器用に縫い上げている。

 

「ね、カイル。リタの髪って、きれいでしょう」

「え? うん」

「もうっ、ちゃんと聞いている?」

「聞いてるよー」

「レディの話はちゃんと聞かなきゃ、もてないのよ!」

「ああ……うん」

「だめね。てきとうに、あいづちをうっているわ!」

「うぇえ……」

 

 レディのリタの前で適当は許されなかった。

「髪キレイでしょ」に対して「うん」以外に何を言えばいいんだよ。

 

「うん。えっと……髪キレイだね。青いけど、おれの青い髪とちがって、ちょっと銀色でキラキラしてて……」


 そう言うとリタはぱあっと顔を明るくして笑って、髪を一房手に取った。


「ふふふ、そうでしょう? あのね、この髪は、お母さまとおそろいなの」

「へえ……」


 適当な相槌のようになってしまった――でもこの子の母親は亡くなっていると聞いていたからどう答えればいいか分からなかった。


「それでね、あのね、お母さまはいつも『リタの髪は特別キレイね、星空みたい』って言ってくれてたの!」

「……星空かあ」

「お母さまはお空にいっちゃったけど、星空を見て、この髪を見て、そうしたらお母さまがいっしょにいてくれてるような気がする、の……?」

 

 ――気づいたらリタの頭を撫でていた。一応、髪を乱さないようにそっと。

 ガキだった俺には気の利いた言葉も言えないから、そうするのがいいと思ったんだ。

 

 意味もわからず自分の生きる時代からはじき出された自分。

 本来の時代に戻るまで、家族に会えるまで制約を守りながら10数年待たないといけない。

 でもこの子は、約束をどれだけ守っても何年待っても会えない。そう考えると子供ながらに胸が締め付けられた。

 

「カイル……? どうしたの?」

「リタはえらいなあ」

「えらいの?」

「うん。リタは頑張り屋だ」

「がんばりや」

 

 次に何言えばいいのかなぁ。

 自分が言われたことがある言葉を引っ張り出す……が。

 

『よくやった。褒めてつかわす』

 

(う……)


 兄がよく言ってきた褒め言葉が頭をよぎる。


(ちがうちがう、これじゃない!)

 

「えっと……リタはすごい。とにかくすごいよ! 頑張ってる!! えらい!!」

 

(なーにが『褒めてつかわす』だ。あいつ絶対許さないからな!)


 頭の中の兄に毒づきながら鼻息荒く語彙の死んだ言葉を吐き出すと、目を丸くしていたリタがにっこりと笑った。

 

「うふふ」

「んっ?」

「うれしい。あのね、リタのあたまをなでてくれるのはね、お父さまだけなの」

「え、あっ!」

 

 そこでようやく「えらいことをしてしまった」と気づいた。

 この子は小さい、だけどお姫様だ。気軽に触っていい存在じゃなかった。

 血の気が引く……バレたらヤバい、特にあのマイヤーのばばあには。「不敬だ!」とか叫んで卒倒するかもしれない。

 ムチとかで打たれたらどうしよう!?


「うあ……オバ……マイヤーさんには、言わないでね」

「うん! また二人のヒミツがふえたわ!」

「あはは」


 二人だけの秘密というのがやたらと嬉しいらしいリタ。

 レディの喜ぶことというのは、よく分からない……。

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