25話 隊長の帰還

「あ、カイル。お帰り」

「ああ……」

 

 土曜日、そろそろお昼時。

 木曜日の夜から行方をくらましてしまったベルを捜し回っていたカイルが砦に戻ってきて、食堂の椅子に座って頭を抱える。

 わたしも捜そうかと言ったんだけど、何かに巻き込まれたらいけないからと断られた。

 

「ベル、見つからないんだね……どうしたのかな」

「……聖銀騎士殿から聞いたんだけど、あの女脱獄したらしいんだ」

「えっ」

「ベルナデッタを逆恨みして何か危害を加えたり……とか」

「わ、悪い方に考えるのやめようよ……ね、お昼ごはん食べよ! 腹が減っては戦はできぬ!」

「はは、そうだな……」

 

 テーブルに突っ伏していたカイルが顔を上げる。

 ほとんど寝ずに捜していたから、目の下にクマができてしまっている。

 呪われたり薬盛られそうになったりビンタされたり時計ぶつけられたり、災難続きだな……。

 こういう時はやっぱりおいしい物食べなくちゃ!

 ……そんな風に考えて腕まくりしていると、突然食堂の壁から紫色の煙が吹き出た。

 

「きゃっ! 何これ!?」

「あ……」

 

 煙は扉の形になってガチャリと開いて……中から人が出てきた。

 

「きゃーっ! 何! 何なのー!?」

「……おいおい、うるせえよ」

「へっ? わわ、ジャミル!?」

 

 慌てすぎてテーブルの下に隠れたわたしを、ジャミルが呆れたように見下ろしている。

 中から出てきた人影の正体は彼だった……安心したけどビックリした。

 

「……オマエこれ見たことなかったっけか」

「あはは、聞いたことはあったけど……」

「ベ……ベルナデッタ!!」

「えっ」

 

 カイルが血相を変えて立ち上がる。

 扉から出てきたジャミル……の後ろには、ベルの姿が。

 

「ベ、ベル!」

「カイルさん、レイチェル……ごめんなさい、心配をかけて。あたしは無事です」


 そう言ってベルはカーテシーをしてみせる。少し疲れたように見えるけど、傷を負ったりはしていないみたいだ。


「あああ~~~! ベル! ベル! 無事だったのね!? 良かったああ」

「きゃっ」


 涙混じりに思いっきりベルに抱きつくと、ベルは少しよろめきながらも抱きとめて、頭を撫でてくれる。

 

「……ふふふ、ごめんねレイチェル。大丈夫よ、ジャミル君が助けてくれたから」

「助けてくれたって? 何かあったの? もしかしてさらわれたりとか!?」

「……兄貴」


 疲れ切った顔のカイルがジャミルに目線をやると、ジャミルは首の後ろを掻く。


「あー、何から話せばいいんだろ……」

「カイルさん!!」

「わっ」


 食堂の扉がバターンと開いて、フランツがドコドコ入ってきた。

 最近扉がバターンと開いた後は悪い知らせばかりがくるから心臓に悪いな……。

 

「カイルさん! 大変大変……って、あれー? ジャミル!?」


 ジャミルを見つけたフランツは、真っ赤な顔で駆け足しながらジャミルを指差す。かわいい。


「おう、フランツ。久々だな」

「そうだよー! なんで遊びに来てくれなかったの!? おれさみしかったよう!!」


 潤んだ目で手をバタバタさせるフランツをジャミルが笑いながら撫でた。


「はは、わりい。で、大変って何が?」

「えっとね、隊長室から『ドーン』って物音がしたんだよ! 泥棒かな!?」

「ええっ……」

 

 

 ◇

 

 

「なんでみんな来るんだ……危ない奴が潜んでたらどうするんだよ」


 最初カイルが一人で様子を見に行くと言っていたんだけど、具合が悪くて寝ているというルカと、それに子供のフランツ以外のメンツでぞろぞろと隊長室の前まで大移動してきた。

 フランツは自室で待機。

 

「いやいや、ヤベー奴だったらオレが追放してやるし」

「ヤベー奴だったら憲兵に引き渡しだよ普通に……ちょっと行ってくるから、みんなそこでじっとしてて」

 

 カイルが剣を手に突入した。

 最近物騒なことだらけで、さらに泥棒の対処までなんて大変だなぁ……なんて考えていたら。

 

「グレン!? お前……」

「えっ、グレンさん!?」

 

 まさかの人物の名前にわたしは浮足立って隊長室へ。

 

「グレンさん! 帰ってきてたんですか!?」

「あっ レイチェル、待っ――」

「ああ……レイチェルか。久しぶりだ」

「えっ!? え、え……、なん、で」

 

 喜びも束の間。わたしは彼の姿を見て息を呑んだ。

 ソファーにだらりと横たわるグレンさんの頭には包帯がぐるぐるに巻かれていた。顔色が、少し悪いように見える。

 

「ど、どうしたんですか、その頭……」

「ああ、色々あって」

「色々? 色々……ううう」

「レイチェル……?」

「やだああもおおお――、なんでみんな、ちょっと大丈夫じゃない感じなのおぉ~~」

「な……なんだ、どうした」


 大声で泣き始めたわたしに驚いたグレンさんがのそりと立ち上がって肩を抱き寄せる。

 

「グレンさん、グレンさん……ううう……」

「大丈夫だ……でも頭に響くから、大声はちょっと……」

「あぅ……ごめんなさい」


 シュンシュン言いながら、わたしは彼の肩に頭を預けた。

 やっと会えて嬉しいのに、どうしてこんな大怪我してるの……なんかもう、色々理解できない。

 

「グレン……その怪我どうしたんだ。連絡取れなかったのもそれでなのか」


 青褪あおざめた顔で、カイルが問う。……連絡取れなかったの? 知らなかった。


「ああ……悪い。実は地底湖の洞窟に入ってる時に地震が起こって」

「地震? ヒースコートで?」

「ああ。それで洞窟が落盤して……転移魔法の魔力を残していて助かった。降ってきた洞窟内の石が頭に当たってこの通りだが」

「そう、なのか……」

「その時にあの頼信板テレグラムを落して割ってしまった。悪いな、弁償するから」

「馬鹿野郎、そんなのどうでもいいよ……すまない、俺がお前をヒースコートに行かせたからこんな――」

「別にそれはいい。第一、お前が行っていたらそれこそ落盤に巻き込まれていたかもしれないだろうが」

「グレン……」

 

「ま、まあまあ! 隊長、まずは怪我を治しましょうよ! 大事な話はそれから! ね?」


 ベルが杖を持ってニコニコ笑う。


「そ、そうですよ! 頭の怪我なんて大変です!」

「回復魔法か……歯か骨が折れた時だけと決めてるんだが」

「そうおっしゃらず」

「そうですよ……頭の怪我なんて、あとで何があるか分からないです。お願いだから治してもらってください、何かあったらわたし、わたし」


 涙目で彼に訴えかけると、苦笑いしながら頭を撫でられた。


「レイチェル……分かった。それじゃあ頼む、ベルナデッタ」

「はい!」

 

 ベルの回復魔法でグレンさんの頭の怪我は元通りに。だけどやっぱり顔色は悪い。

 

「グレンさん……まだ顔色悪いです。具合が悪いんですか?」

「……転移魔法で戻ってきて疲れてるだけだ。そのうち戻る」

「そうですか……」


 力なく笑ってみせるグレンさん。

 ノルデン人特有の白い肌は、具合が悪いと特に顔色の悪さが際立つ。

 

「……大丈夫か? 報告しておきたいことがあるんだけど、具合が悪いなら明日にしようか」

「いや、いい。俺も報告することがあるし」

「あ、あの、あたしも報告したいことが……ありまして」

 

(…………)


 みんな何かしらの報告だらけだ。

 カイルの話はもちろん、グレンさんやベルの話もきっとよくないことなんだろう。

 

 ――嫌だな。早く落ち着いて、みんなでごはん食べたいな……。

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