13話 花と少女II(2)

 ――1時間ほど後に、ルカの部屋にまた集合した。

 ベルだけはアーテさんを外に連れ出しているため、いない。

 とりあえず散乱したガラスだけを片付けた。

 花畑もなんとかしたかったけど、またあとでということになった。

 

「いやーっ!! 嫌い! 嫌い!! 入ってこないでっ!!」


 部屋に入ってきたカイルに、ルカが枕や目覚まし時計など部屋の物を手当たり次第に投げつける。


「ルカ! やめてっ……!」

「……叩いたのは悪かった。でも自分が何をやったか分かってるのか? ……一歩間違えば、彼女は死んでいた」

「そ、そうだよルカ姉ちゃん。あんなの、よくないよ……」

「ルカ、お願い、話を聞かせて。……あの人が、お花を枯らしたの?」


 そう聞くとルカは大きくうなずいて、目からまた涙がボロボロとこぼれる。

 

「あの人の周り……あの子達の、水が……回ってた。ぐるぐる回って……痛い痛いって、泣いてたの……っ」

「ルカ……!」


 涙を堪えきれずルカを抱きしめると、彼女もわたしにしがみついて声を上げて泣いた。

 

「黒魔術……かな」


 ドアにもたれかかったカイルが呟く。さっきルカが投げた目覚まし時計が当たって、顔がちょっと腫れてきている。


「動物の命だけじゃないの? 植物も、魔器ルーンにしてしまうの?」

「どうだろう……黒魔術に生命力を吸い上げるものがあるから、魔器ルーンにしたというよりはそっちかもしれない」

「なんでそんなこと……」

 

 昨日わたしと言い合いみたいのになったから、嫌がらせのため? でもわざわざそんなことする必要あるだろうか……。

 

「あの人、臭い。血がいっぱいついてる!」

「えっ……」

 

 わたし達はギョッとして顔を見合わせる。


「血がついてる…………?」

「猫に、鳥に、虫……いっぱい! 血の匂いがする! 嫌! あの人は嫌!!」

「そ、それって……」


 ――黒魔術だ。

 それに使われた動物の魂が視えるって、グレンさんが言っていた。

 ルカは水が視える。だから血になって視える……?

 やがてルカはわたしから身を離し、大きな足音を立てながらカイルの元へ。

 

「あの人がやったの! あの虫も、あの子達も! どうしてあの人に謝るの!! どうして!!」

 

 ルカの中ではアーテさんが大切なお花を枯らした許しがたい大罪人。だから彼女を攻撃した。ルカにとっては正当な怒り。

 ところがそれを、自分を叩いて止めるどころか逆にアーテさんに自分の行いを詫びたカイルは理解不能で許せないんだろう。

 だけど……。

 

「……君が花の命が視えるというならそうなんだろう、そこは疑わないよ。でも大半の人間には、それは視えない。……傍目から見れば、言いがかりを付けてただ攻撃を加えたようにしか見えない……」


 伏し目がちにカイルがそう呟く。


「…………」


 何も言えない。

 ――そう、いくら彼女が彼女の蛮行を訴えたところでわたし達には何も視えない、感じない。

 紋章がある人には何か視えるらしいということを知っていても、わたし達からすればさっきのルカの行動は常軌を逸している。

 どうしたってルカを擁護することはできない。

 グレンさんは……グレンさんなら、どう言ったんだろう?

 

「っ……!」


 理解の及ばない科白せりふばかり吐くカイルを、ルカはまた彼を殺気のこもった目で睨みあげる。

 そして声が漏れるほどに思い切り息を吸い上げた。


(あっ……!)


 また魔法を出す気だ……まさかさっきみたいな氷の槍でカイルを!?


「やめてっ……!」

「お姉ちゃん! ダメ!!」


 わたしとフランツが必死でルカに飛びつく――しかし、さっきはすぐさま飛び出たはずの氷塊や氷槍が、かけら一つ出ない。水色のオーラも。

 

「……?」

「ルカ、姉ちゃん……?」

 

「……っ、 なん、で」


 呼吸を乱しながら、ルカは紋章があるはずの左手の甲を見る。

 ……光っていない。

 魔法が出なくなってしまったんだろうか?

 

「どうしてっ……魔法、お花……わたしの……」

「ル、ルカ……」

 

「わあああっ……!」


 ぺしゃりと座り込んで、ルカはまた泣き叫んだ。


「お兄、ちゃま……」

「!!」

 

「お兄ちゃま……お兄ちゃまならっ、分かるのにっ……! どこ? お兄ちゃまは、どこなの!? わたしのっ、お兄ちゃま……、うわあああああっ……!」

 

 ルカはこの場にいない、おそらく唯一の理解者であるグレンさんを呼びながら天を仰いで泣きじゃくる。

 心が乱れているからか名前ではなく前の呼び方になっている。

 

 ルカの慟哭に、わたし達はついに何も言葉を発せなくなった――。

 

 

 ◇

 

 

 錯乱したルカに、ドルミル草――通称眠り草の葉っぱを浮かべたお茶を飲ませ、眠りにつかせた。

 だまし討ちみたいに飲ませてしまった……でも落ち着かせる方法が分からなかった。

 今はフランツが横についてくれている。

 

「はぁ……とんでもないな、これは」


 枯れた花の根本をかき分け、大量の虫の死骸を見ながらカイルがため息をつく。

 蝶とかカナブンとかセミとか……ゴキブリとか。様々な虫の死骸。

 あんまり、ひどい。

 

「悪いけど俺……ちょっとギルドに行かないといけなくて。帰ったらこれ片付けるよ。昼までには帰るから」

「……うん。わたしもそれまで、ちょっとでも片付け――」


 言葉の途中でカイルが首を振り、わたしの頭を撫でる。


「帰ってきてからみんなでやろう。こんなの、一人でやるもんじゃない。早くなんとかしてあげたい気持ちは分かるけどね」

「うん……うん……」


 また涙が出てくる。

 

「本当にあの人がやったのかな。わたし……昨日あの人と話して、あの人の気に入らないこと言ったから」

「関係ない。そうやって自分を責めない方がいいよ。それやり始めるとなんでも自分に原因があるように思っちゃうから」

「ありがとう……カイルは? 顔、痛いでしょ。傷薬あるけど――」

「いいよ。これは、このままで」


 そう言って、カイルは左頬を少し抑える。目覚まし時計をぶつけられて、変色してしまっている頬。

 

「……ううっ」

「どうしたの」

「カイルも……ルカ叩いたりとか、あの人に頭下げたりとか、そんなことやりたくなかった……でしょ。ルカには、時計ぶつけられちゃうし……」

「まあそれは……しょうがないよ。俺は年長者だし、一応副隊長だし。おっさんは嫌な役、損な役をやるもんだよ」

「おっさんじゃないよ。カイルも若いよ……ううう……」

「泣かないでよ……ああ、グレンがいればなぁ」

「!」

 

「あいつならルカの視えるものが分かるし、沈黙魔法サイレスで魔法も食い止められたのにな……俺があいつをヒースコートに行かせなければ、こんなことには」

「そんなこと……言わないでよ。さっき……自分を責めない方がいいって、言ったじゃないっ……」

「ごめん、そうだったね……ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい」

 

 

 ◇

 

 

 枯れ果てた花畑の前で、今わたし1人。

 ――ここ一週間、ずっと天気が悪い。みんなの気持ちを反映したかのような空。

 あの人はベルが街に連れ出したけど、また戻ってくるかもしれない。

 迎えの人が来るまでは、あと4日くらいかな……? わたしは今日と明日だけ耐えればいいけど、他のみんなは……。

 それと、グレンさんが帰るまではあと1週間……か。

 

「…………」

 

 ――お兄ちゃまなら分かるのに!

 ――グレンがいれば……。

 

 グレンさんなら、ルカの感覚が分かるはず。

 あの子への言葉のかけ方もなだめ方も、わたし達よりもきっと分かる。

 ルカの魔術だって沈黙魔法サイレスで防ぐとか、たとえ氷の槍が出たって炎の魔法で対処できる。

 ……わたしがあの人に馬鹿にされたり意味なく怒られたりしてる時は……どういう風にしてくれたかなぁ。

 まさか髪ひっつかんで上段蹴りなんかはしないだろうけど……。

 

「……グレンさん」


 ――名前呼んだら、鼻がツンとなって自然と涙が出てきてしまう。

 

「ううう……っ、グレンさぁん……」

 

 涙と鼻水でグジュグジュになっちゃう。

 変な人は来るしお花は枯れるしルカはあんなことになっちゃうし、どうしたらいいのかなあ。

 辛いな、淋しいなあ……グレンさんに会いたい。

 あと1週間ってすごく長いよ。

 ……早く帰ってきて。

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