10話 秘密の合言葉

「ルカ? 入るよ~」

 

 カイルに頼まれて、先日から寝込んでいるというルカに、カニ雑炊を作って持ってきた。

 

「ありがとう」

「大丈夫?」

「ん。頭、ずっと痛い……」

「そっかぁ。熱は……ないみたいだね」

 

「お疲れ様、レイチェル。……災難だったね」

「あ、うん……」

 

 ルカのベッドから少し離れたデスクのイスにカイルが腰掛けている。

 それにフランツもいる。

 

 あのアーテという人に気取られないようにみんなで話し合う際、寝込んでいるルカの部屋に集まることになったらしい。

 なぜかその合図は「カニ雑炊を持っていって」――な、なんでだろう?

 実際カニ雑炊も作るんだけど……。

 

 しばらくするとまたノックの音。


「ルカ? ベルよ。入るわね」


 ベルだ――瞑想終わったみたいだ。

 あの人は、いないんだよね……。

 

 

 ◇

 

 

 30分ほど後。

 ルカは雑炊を食べ終わったあと、ベルに回復魔法をかけてもらい眠りについた。

 

「はぁ……ガチガチの差別主義者みたいだね、彼女」


 カイルが頭を掻きながらつぶやいた。


「すみません……レイチェルもごめんね……あの方を止められなくて」

「い、いいよ。ベルが謝ることじゃないよ」


 ベルは申し訳なさそうに縮こまって目を潤ませる。

 

「魔術学院で接している時は、あんな感じじゃなかったと思うんだけど……」

「まあ魔術学院ならみんな魔法使えるし……学校っていう箱の中じゃ見えてこないこともあるからね。……はぁ、参るよなぁ」


 ため息混じりにそう言うと、カイルは椅子にもたれかかって天を仰いだ。


「カ……えと、副隊長、は、大丈夫なの? さっき助け舟出してくれたのは嬉しかったけど……すごい怒ったからびっくりしちゃった」


 まさか盗み聞きなんかはしないと思うけど、一応彼女のいない場でも本名で呼ばないでくれと頼まれている。うう、呼びにくいなぁ。


「ああ……彼女やたらと俺にまとわりついてベタベタ触ってくるんだよね。あのタイミングでも触ろうとしてくるから腹立っちゃった」

「そうなんだ……」

 

「あのさぁ、あのお姉さんって、えっと……副隊長のこと好きなの? ずーっと見てるよ」

「ええ……?」

「おれに『副隊長さんの写真ない?』って聞いてきたし」

「ええええ……怖っ なんで?」

「好きなんじゃないの?」

「うへぇ……他には何か変わったところない? 俺の悪口言ってたとかでもいいよ」


「……あの、よろしいですか」


 ベルがきまずそうに、小さく挙手をする。

 

「……言ってたんだね」

「え、ええ……副隊長は笑ってても目が笑ってないから信用しない方がいいと……」

「なるほど。よく分かってるじゃないか」

「あと、気のせいでしょうか……『こんな所で働くべきでない』と、しきりにあたしをこの砦から引き離そうとしている気がするんです」

「ああ……それはたぶんそうだろうね。……そうだ、それで思い出した。君にちょっと聞きたいことがあって」

「はい?」

「君が以前同伴していたパーティーについてなんだけど。男性3人と、女性1人の」

「あ……ええ。ここの前にいたパーティーですわ。1年くらいついていって……お世話になりました」

 

「その人達って、仲はどうだった? 食事に行ったりとかもしたんだよね」

「ええ! 何を隠そうラーメンはその方たちに教わったんですの!」


 そう言うとベルは、両手で頬を抑えてニッコニコになる。かわいい。

 

「最初ラーメンを啜るということが出来なくて唇をヤケドしちゃいましたわ、うふふ。……女性メンバーの方は最初『貴族令嬢をラーメン屋に連れて行くなんて』ってリーダーに抗議されてましたけど、あたしがあんまりラーメンを気に入ったので、おいしいお店を紹介してくれて二人で食べに行ったり、それに作り方を教えてくれたりしましたの。彼女のラーメン、あっさりさっぱり野菜たっぷりで本当においしくて、あたしのラーメンの基礎は彼女から……って、何の話でしたかしら?」


 ラーメンの思い出話をめっちゃ早口で語りだしたベルに、カイルはなんとも言えない表情をしている。

 

「はは、ラーメンか……その女性は途中で離脱して、その後解散したと聞いたけど?」

「ええ。途中から、体調を崩しがちになり……食欲も全く湧かない、とお一人で宿屋に残ることが増えまして。あたしの回復魔法もあまり効かずで……実はつわりだったとあとで分かったんですけど」

「妊娠したからやめたのかぁ」

「はい。彼女――アイリーンさんは、リーダーのヒューゴさんとずっとお付き合いしてまして。その後二人は結婚なさって、リーダーも赤ちゃんが生まれてしばらくは街で働いて腰を落ち着けるとおっしゃってました。他の二人は今も冒険者をしてらっしゃると思います」

「えー、つわりには回復魔法効かないんだね」

「そうなのよ、呪いには効くのにね。そこはやっぱり薬草じゃないかしら」

 

「へ――、ほ――。な~る~ほ~ど~ね~」


 大きい声でそう言い、カイルは不機嫌そうにぐるぐるとイスを回転させた。

 グレンさんも時々するけど、大人の男の人が乗ったイスがぐるぐる回るのってシュールだなぁ……。

 っていうか今の話ってなんだったんだろ?

 あのレテっていう子にも同じ感じに質問してたけど、何か尋問みたいだ……。

 

「あの……彼らに何かありましたか?」

「いや、ないよ。何もね。あるように吹き込まれていただけ」

「はぁ……」

「この際だから言っちゃうけど。あの女、君を陥れようとしているみたいだよ」

「え……な、なぜ」

「さあ……君のポジションを奪おうとしてるのかも。回復術師として仲間入りしたがってるし」

「えぇー……」

 

「「…………」」

「! あ、はは……」

 

 話の途中だというのに、仲間入りという単語を聞いて思わず本音がこぼれてしまった。大きい声で。

 相当嫌そうな顔してるのか、カイルもベルもちょっと引きつったような顔でわたしを見ている……。

 

「ごめん、あの……ぜ、絶対嫌だから、つい」

「そ、そうよね……」

「まあそれは大丈夫。……ただこうやって情報を共有していかないと、悪い噂吹き込まれてお互い疑心暗鬼になってギスギスしてあっという間に解散、となる可能性もある。彼女に関することはささいなことでも俺に教えておいてもらえると助かる」

「はーい」

 

「ベルナデッタ」

「はい」

「俺は今日彼女に、要約すると『うるさい黙れ』的なことをネチネチ言って牽制したけど、あまり傍若無人がすぎるようなら『うるせえ殺すぞ』的なことをネチネチクドクド言った上で叩き出すけど、いいかな」

「え、ええ……っ」

「カ、カイル……『うるせえ殺すぞ』ってそんな」


 思わず本名呼んじゃった。わたしはわたしであの時嫌な思いしたけど、その後のカイルが怖くてちょっと消し飛んじゃったんだよね……。


「いや、もちろんそんな直接的に言わないつもりだけど実際どうなるかは……はは、ごめんね。副隊長は隊長より気が短いんだ。オラオラのヤンキーなんだ」

「ええー……な、なに笑ってるの」


 同じようなこと、グレンさんも言ってたような……しかもオラオラってそんな。

 

「『世話になった先輩』かもしれないけど、それこそヤンキーの先輩じゃないんだし一生涯かしずかなければいけない存在じゃないでしょ。君に害があるなら縁切ることも考えていいんじゃない? まあ俺みたいな冒険者とちがって、しがらみが色々あるから難しいだろうけどね」

 

 すらすらと口から悪い感じのことを言うカイル。さっきも思ったけど、怒ってる時のカイルっておしゃべりだなぁ……。

 

 ベルは無言になってうつむく。貴族の世界となると色々難しいのかな……。

 ――疲れた顔したベルより、ラーメンの話してキャッキャしてるベルの方が見たいなぁ。

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