5話 薬師の女性
「ジョアンナ先生~、ノート取りに来ました~……あれ?」
「こんにちは」
「あ……はい。こんにちは……?」
ジョアンナ先生に提出したノートを先生の準備室に取りに来たら、見慣れない女の人が立っていた。
スラッとしていて身長が少し高め……170くらいかな?
白衣を着てひざ丈くらいのタイトなスカートを履いている、コバルトブルーの髪と瞳の女の人。
保健の先生はこんな人じゃなかったよね……? お医者さんかな?
「私もジョアンナ先生を待っているの。もうすぐ帰ってくるんじゃないかしら」
「あ……そうですか。あの、お医者様ですか?」
「ふふ、そう見える? 医者……というか、薬師ね。ここの卒業生なの」
「わっ、先輩なんですね!」
そう言うと女性はにっこりと柔らかく笑った。
切れ長の瞳で少しきつそうに見えたけど、笑うととても綺麗だ。
少しの間のあと、準備室の扉がガラガラと大きな音を立てて開いた。
「よっ、と……!」
ジョアンナ先生が何やら魔法の道具みたいなものを両手に抱えて登場。
「せ、先生、足で……」
先生が足で勢いよく開けたため扉が壁に跳ね返ってまた閉まりそうになるのをわたしは手で抑えた。
「あら、ほほほ、ごめんなさいね。淑女にあるまじき行為だわ」
先生はシュタタタと準備室内に入って、持っている魔道具を机にドコドコと置いていく。にぎやかだなぁ。
「こんにちは、ジョアンナ先生」
「おっ! あらら、マチルダ先生じゃないの~!」
「まあ、ジョアンナ先生ったら。私に"先生"だなんて、やめてください」
マチルダと呼ばれた女性は口元を隠してクスっと笑った。物腰が柔らかいし何か所作が優雅だ……もしかして貴族とかかな?
「レイチェルさん、紹介するわね。この方はマチルダ・パーシヴァルさん。ここの卒業生で……私が赴任する前に卒業したから私の生徒ではないのだけどね。一級薬師で、伯爵令嬢でいらっしゃるのよ」
「一級薬師! すごーい!」
わたしが手をパンと鳴らして大声を上げると、マチルダさんは少しはにかむ。
わたし達はこの学校を卒業すると、二級薬師の受験資格をもらえる。
そうして二級薬師に合格したあと三年間実務を積むと一級薬師の受験資格が得られて……でもそれは知識や技術や経験がないとなかなか合格しないのだ。
二級だって十分社会で通用するけど……いいなあ、憧れちゃうなぁ。
「マチルダさんはね、王都の薬局で働いているの。傷薬の他に
「へぇ~」
「そーなの! 魔力を回復する魔法はないからいざという時助かってるわぁ」
「いざという時って?」
「え~? ド寝坊しちゃった時にねぇ、転移魔法でドーンって学校に飛んでくるのよぉ。でもあれ魔力使っちゃうから来ただけでヘトヘトで……そんな時にこれ! なのよぉ」
ププーっと吹き出す口元を抑えながら
「ど、ド寝坊……」
「先生ったらそんなウソを。……先生は回復魔法で怪我の治療を頼まれたりもしているから、それで魔力が尽きた時用にこれを常備しているのよ」
おちゃらけるジョアンナ先生をよそに、マチルダさんが冷静に説明してくれる。
「あ、そうなんですか……って、ジョアンナ先生回復魔法使えるんですか? すごい!」
「あらやだマチルダさんたら、ネタバレしないで。でも命に関わる怪我までは治せないからもどかしいのよね。そういうのはやっぱり神聖系の職でないと……それに転移魔法ほどではないけれど魔力をかなり使ってしまうから連発できないし。そこであなた達薬師が光るわけよ~」
「……先生」
先生がにっこり笑って、まるでビールみたいにエーテルをグビグビと飲む。いい飲みっぷりだ。
「術師だっていつでも万全じゃないからね。
「……そうですね。"草子"なんて言われたりしますわ」
「くさこ??」
「ハーブや薬草とか、草を育てているから。草子とか草女とか……そのまま、草とかね」
「えー? ええええ――、ひどい」
『無能力者』って言われるのもちょっとイヤだったのに、そんな風に言う人がいるの? イヤだなぁ。
ううう、最近嫌な言葉ばかり覚えちゃうなぁ……。
「まあ、そんなのに会ったらもらい事故だと思って相手しないことよ。そういうのって大体、自分より下を作りたくて言い出すものだしね」
わたしの反応を見て、ジョアンナ先生がフォローを入れてくれる。そして、ビンに残ったエーテルを全部飲み干した。
「う~~ん、マチルダさん。これもっとこう……イチゴ味とかにならないかしらねぇ。まずくはないのだけど、もう一味欲しいわぁ」
「イチゴ味……ですか。検討させていただきます。ですが良薬口に苦しと言いますし」
「そう言わずにぃ~! レイチェルさんもね、おいしい回復薬を研究しておいてね! できたら先生に飲ませてねっ」
「え……あ、はい。あはは」
◇
「……ごめんなさいね。これから希望に満ちた社会に出るっていうのに、余計なことを」
「あ、いえ……」
ジョアンナ先生の元をあとにして、わたしとマチルダさんは並んで廊下を歩いていた。
ちょうど渡り廊下に来た所でふわりと風が吹いて、まとめた髪から少し垂らしている彼女の青髪が揺れる。
わたしやカイルよりも色が少し暗めのコバルトブルーの髪。ツヤツヤサラサラでとても綺麗だ。
笑顔はもちろん綺麗だけど、憂いを帯びた顔も美しい。
「マチルダさんは、伯爵令嬢でいらっしゃるんですね」
「ええ。……といっても領地は弟が継ぐし、権力にも興味がない両親からは好きに生きろと言われているし、私はなんでもないただの女よ。王都で一人暮らしで……最近は貴族であったことなんて忘れてしまってるわね」
「そうなんですか。王都で一人暮らし……素敵ですね」
美人で、自立しているとはいえ貴族のお嬢様で、一級の薬師でさらに王都で一人暮らしなんてめちゃくちゃ勝ち組じゃない? いいなぁいいなぁ。
ただただ憧れの眼差しでマチルダさんを見ていると、また気恥ずかしそうに笑う。
ちょっと照れ屋さん? かっこいいけど可愛らしい。
「ふふ、ありがとう。ここは母校だし、薬草を買い付けに来たり今日みたいに先生にエーテルを売りに来たりしているの。また会ったら、その時はよろしくね」
「はい!」
◇
「レイチェル……」
「んー?」
自宅で本を読みながらくつろいでいると、お父さんが不機嫌そうな顔でやってきた。
「グレン・マクロードというのはレイチェルのバイト先のリーダー……だな?」
「え……うん」
お父さんには未だ彼とお付き合いしているとは言っていない。なぜ不機嫌顔に。
「電報が来ているぞ……」
「で、でんぽー?」
なぜグレンさんが電報をわたしに?
……っていうかそれより何よりお父さんが怖い。鬼の形相でわたしの部屋の入り口に立っている。
「えっと……これ読みたいし、出てってくれないかな……」
「その男と付き合ってるのか」
「うぇー、えっとぉ……ふふ」
「アルバイトの女子に手を出すとは……ゆるさん、ゆるさん……直接対決じゃあ……」
(うわあああ……)
やだちょっとめんどくさい……早く出ていってくれないかなー??
「はいはいお父さん、乙女の時間を邪魔しないの」
「母さん知ってたのか……ううう、ひどい裏切りだ」
お母さんに促され、お父さんはしょんぼりしながら出ていった。
「ふう……。グレンさんからの電報ってなんだろー?」
手紙じゃなくて、電報。
急ぎの用事? 何かよくないこととか……? とにかく受け取った髪を開けてみると……。
"砦に銀髪の女神官 気を許すな 名前を呼ぶな 呪われる"
「…………?」
どういう意味だかさっぱり分からない。銀髪の女神官って誰?
電報だから、長文は送れない。でも……。
"名前を呼ぶな 呪われる"
――短いながらも恐ろしさが伝わってくる。
呼ぶと呪われちゃうような名前って一体?
分からないけど、彼が言うのならきっと本当に危ないんだろう。
それならそれで、なぜそんな人があの砦に……? 怖いな、不安だな。
グレンさん、早く帰ってきてくれないかな……。
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