3話 貧乏くじを引く副隊長(後)

どうしようか。適当に褒めそやせば何か口を滑らしてくれないだろうか。


「攻撃と回復両方使えるのはすごいね。それだけの力があれば、どこでもやっていけるんじゃないかな? 前もどこかのパーティに加わっていたの?」

「あ、はい~。そうなんですよぉ。でも、ちょっと事情があってぇ、パーティ解散しちゃったんですよぉ。だから誰か雇ってくれないかなぁって、えへへっ」


ペロッと舌を出して頭をコツンとやるレテ。


(解散したパーティ……) 


「……解散? それは、災難だったね。どうしてそんなことになっちゃったんだろう」

「えっとぉ……レテも、いけなかったんですけどぉ、女性の先輩に怒られることが多くって……それで、誤解されて嫌われちゃってぇ……それで、仲間の人もかばってくれたんですけど、余計に喧嘩になっちゃって、それで先輩は怒ってやめちゃったんですぅ」

「そうか。その女性はどういう風に怒ってたの? みんながかばってくれていたのだったら、君に非があるようには思えないけれど。……ちょっとひどいね」

「えっとですねぇ、お酒の酌なんかして男の目を伺うなとかぁ、露出が高い服はやめなさいとかぁ、あと魔物やっつけた後に決めポーズとかしてたら……『魔物とはいえ命を狩っているのだからふざけた振る舞いはやめなさい』とかぁ……それで、仲間の人は『頭固すぎる、楽しいんだからいいだろ』って。そうしたら、余計怒っちゃってぇ」

「……へえ、それはちょっとひどいね」

 

 至極まともなダメ出しのように思う。男どもが若い女かわいい余りにかばいまくってナイト気分になっていたパターンか……最悪だな。

 

「その人はもしかして、ソーニャって人かな?」

「あ、はい。ご存知でしたかぁ?」

「そうだね。ちょっと最近……界隈で噂になっていて」

「噂ですかぁ?」

「口が悪く守銭奴だったらしくて、だけど魔法の腕はそこまでって話だよ」

 

 パーティーの財布係で、ことあるごとに無駄遣いしようとする男メンバーに厳しかった。

 魔法の腕はそこまでではない――一級品ではないというだけだが――魔法や薬の知識が豊富。馬鹿な男どもに人前でこき下ろされた気の毒な人だ と、そういう風に確かに界隈で噂になっている。うん、嘘は言っていない。

 

「君の話からすると、随分意地悪されたみたいだね。ひどいよなぁ、きっと君が若くてかわいい優秀な術師だから嫉妬しちゃったんだろうね」


 あの日聞いた反吐の出るような台詞を吐くと、レテは「そんなぁ」とかなんとか言いながらモジモジとする。

 やがて俺を味方と見て安心したのか、ソーニャという女性がいかにキツイ人であったか目に涙を溜めながら力説をし始めた。

 悪い人じゃなかったけど実は辛かった、自分は一生懸命やってるのに、と。

 

「そうか、大変だったね。けどソーニャさんも気の毒だよな、あんなことになるなんてさ」

「ほえ?」

「数日前にね、亡くなったそうだよ」

「え……」

「ベテラン魔術師といってもやっぱり単独行動は危険だよな。一人でいる時に何者かに襲われたらしくてさ」


 さっきまでフリフリクネクネ、調子よく話していたレテの顔色がサッと変わる。

 

「え、ウソ、ウソぉ、そんな……」

「どうして嘘だと思うの」

「え、いや、べ、別にっ」

「君をいじめてきたんでしょ? 死んでよかったじゃない」

「え、べ、別に、死んでほしいとかまで思ってないし!」

「そうなの? さっきまでさんざん悪口言ってたのに」

「…………」

 

 レテは顔を真っ赤にして黙り込む。

 口調がだいぶ荒れている上、不快極まりないといった顔になっていた。

 これが彼女の素なのか分からないが、ボロが出るのが早いな。

 ソーニャが死んだと聞いた時のリアクションからしてこの子はクラッシャー止まりで、クモまではいかなさそうだ。変死事件には関わりがないか……?

 なんにせよ、この子からは大した情報も聞き出せそうにないな……よし。

 

「……なんてね」

「え?」

「ごめんね、ソーニャさんは死んでないよ。あんまり君が彼女を悪く言うからちょっとムカついちゃって。『死んだ』って言ったらどういう反応するかなぁってさ。ははは」

「は? え? は?」

「ソーニャさんの言うことは確かにきつかったかもしれないけど、間違ってはいないと思うよ。冒険者っていうのは自由で気楽だけど、その分モラルや振る舞いもきっちりしていないと。定職につかない無法者だと見る人も多いからね」

「……は? は? 何それ……」

 

 うつむいていたレテは顔を上げてキッと俺を睨みつけてテーブルを叩いて立ち上がった。


「なんなわけ!? 信じらんない!」

「……」


 ……キレるのが早いな。


「何ニヤついてんだよキモイ! つーか説教とかサムイんですけど! マジでウザい! 死ねよオッサン!!」


 最初のぶりっ子はどこへやら、大声でそう叫ぶと自分の持っている杖を掲げブンと振り、ピシュンと姿を消した。

 転移魔法だ。確かにまあまあの使い手のようだ。

 

(……オッサンだって。傷つくなぁ)


 まあ17歳の女の子からしたら俺なんてオッサンなのかもしれないけど。

 ていうか俺、ニヤついてたのか……完全に無意識だった。人が怒ってるのにそれはよくないな。いやー申し訳ない。

 ていうか、あの子は何故あんなことをやってるんだろう?

 キャラ作ってるのは男に取り入り易いようにだろうけど、ボロ出すの早すぎるし人を騙すのに全く向いてなさそうだけど――。

 

「……汚い大人」

「!」


 ルカがボソッとつぶやいて、俺を侮蔑の眼差しで見ていた。


「ちょ、ルカ、ダメだよそんな……」


 ルカを諌めつつも、レイチェルも何やら冷ややかな目だ。


(しまった……)


 途中からこの二人がいることを失念していた。最初はあの子に引いていたはずだったけど、今は完全に俺に引いてる。どうやらニヤついてたらしいのも見られたのか。

「汚い大人」てそんな。否定はしないけどショックだ。

 

「あの、レイチェル――」

「ノーコメントです」

「え、そんな、コメントしてよ」

「え? うふふ。……不思議な子だったねぇ」

「はは……そうだね」

 

 笑っているけど笑っていない、なんとも無機質な反応に乾いた笑いが出る。

(すっごい話そらされた……)

 

 彼女を追い出して、人間関係がギスギスするかもしれないのを未然に防いだのになぁ……いや、もっとスマートな方法はあるはずだったのは分かるけど。

 イラッときちゃったから仕方ないよなぁ。

 

 

 ◇

 

 

 晩飯を食べて風呂に入って自室に戻ると、頼信板テレグラムがぼんやり青く光っていた。

 グレンが何か書いてきたのだろう。


(ヒースコートに着いたのかな?)


 そう思って板を見てみると……。

 

 湖月まんじゅう うまい

 湖底カニのとろ~りチーズピザ やばい

 エクレア やばい

 

 …………。

 

「なに食レポ書いてんだよ、あいつ!」


 こっちに伝わってきてることちゃんと分かってるんだろうか。

 ていうか、何が「エクレアやばい」だ。くそ、ピザ食べたい。

 こちとらお前の代わりに変な女の応対して好感度がだだ下がったっていうのに……いや完全に俺が悪いんだけど。

 

 "ここに私的なメモを書くな 筒抜けだ"


 テレグラムと同じ素材でできたペンで殴り書くと、そのメッセージの下に文字がまたサラサラと浮かび上がる。

 

 "誰の代わりに行ってると思ってる"


「う……」


 そう言われてはぐうの音も出ない。話題を切り替えよう、うん。

 

 "変な女が来た"

 

 必要もないかもしれないが、一応今日の出来事を報告しておく。

 変な女が仲間入りしようとしてきたこと。外見的特徴と能力と、あの解散したパーティを恐らく壊した本人であろうこと、すぐにボロを出して柄が悪くなり、帰っていったこと。


「名前はレテ・スティクス……と」


 サラサラとそこまで書き綴ると、思わぬ返答が返ってきた。

 

 "不気味な名前だ ザワッとする"

 

「不気味な、名前……?」

 

 人の名前についてあれこれしがらみがあり、偽名を見抜き真名しか呼べないというグレン。

 そいつの言う「不気味な名前」とは、どういう意味合いがあるんだろうか……? 

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