24話 ふわふわしすぎているのかもしれません

 昔から恋愛小説ばかり読んで「こんな恋してみたい!」とか、あとファーストキスのシチュエーションとかに妄想を馳せたりしていた。

 素敵な夜景見ながら~とか、いつか王子様が~とか。

 

 それでわたし思い至ったんだけど、両思いになった後ってどうなるのか全然知らないな~。

 デートとかしちゃうのかな?


(……グレンさんと?)


 ちょっと想像がつかない。

 わたしは植物園とか、森林公園とか行きたいんだけど……そういう所行ったりするのかな?

 植物園の恋のアーチをくぐると二人は永遠に結ばれる~的なあれに憧れてたりとかしたんだけど、グレンさんそんなの付き合ってくれるのかなー分かんないなー。

 アーチの下でキスする……って妄想も爆発させてなぁ そういえば。

 まさか昨日だけで3回もキスするなんて、ですよ。

 

「……チェル……レイチェル!」

「ん~~~? あれー カイル。ごきげんよう」


 金曜日、砦の食堂。

 ボヘーっとカレーをぐるぐる混ぜていたら、カイルに呼ばれていた。


「『ごきげんよう』て……、大丈夫?」

「なにが~? 大丈夫だよぉ」

「……カレー火点いてないし」

「あらー ふぉんと。びっくりー」

「駄目だこれ……。ていうか今日来るの早いね? いつも夕方くらいに来るのに」

「うん。ちょっと早く学校終わったんだぁ」

 

 ――ウソです。

 授業中もあれこれとさっきみたいな妄想の世界に意識飛ばしてしまい、当てられても「何一つ分かりません……」などと口走り、具合悪いんだと思って帰されてしまったのです。

 両親は幸いいなかったので昼ごはんを食べてそのままこの砦へ。

 そしてまたホワーっとなってしまい……今に至る、そういうわけです。

 ああ、駄目だ駄目だこんなんじゃ。

 

「ふんっ!!」

 

 両頬を叩いて気合を入れて、魂を現実に引き戻す。

 

「うん。もう大丈夫!!」

「あ、そう……」


 明らかにドン引きしているカイル。

 先週は具合悪そうとか言われて心配かけちゃったなぁ……うん、ここは世間話でもして切り替えましょう!

 

「そういえば、今日はあれなかったね」

「”あれ”って?」

「ほらほら、今日もかわいいねーっていうあれ」

「…………」

「あれ?」


 軽口叩いたら無言になっちゃった。

 

「うん。怒られるからな、あいつに」

「えっ」


 カイルの言う『あいつ』……多分一人しかいない。


「昨日ギルドに行く途中にたまたま会って聞いたよ」

「えっ えっ 何を」


 何をって一つしかないんだけど、思わず聞いてしまった。


「何って、付き合うことになったんでしょ。びっくりしたよ、そんな素振り二人共なかったからさー」

「えええっ!? グレンさんが、言ったの?」


 確かに『言いふらしたい』って言ってたけど! でも『隠したいならそうする』とも言ってて……いえいえ隠したいというわけでは……って、確かにわたしはそう言ったけど!


「そんな、すぐに喋るもの!?」


 途中から心の声でなくなってしまった。

 カイルはアハハと笑いながら冷蔵庫からアイスコーヒーのピッチャーを取り出しグラスに注いでいる。

 

「あ、あのー……」

「ん?」

「グレンさんとは10年来の付き合いなんだよね。何かこう、アドバイスなど……?」


 そう聞くとカイルはアゴに手をやり、少し斜め上を見つめ唸る。

 

「アドバイスねぇ、うーん……あいつが『別に』『なんでもない』『大丈夫』って言う時は、八割方何かあるし大丈夫じゃないよ」

「……な、なるほど」

「あとあいつ、『自分はいない方がいい』って割と本気で思ってる節があるんだよね。他にも『なんでそうなる?』みたいなネガティブな方向に物考えがちで。あいつ、ノルデン人だからさ。内乱だの災害だので人の死をたくさん見て……俺達には計り知れない重いものを背負ってて、それがそうさせるのかもしれない」

「…………」

 

 『ああいうことを言ったから俺はレイチェルの前に現れない方がいいと思って』

 

 ――それは建前だって言ってたけど、本気でそう思っていたかもしれないってことかな? そうだとしたら、なんだか悲しい。

 

「……レイチェルはあいつを支えたいって思う?」

「え、それは……うん、もちろん」

「そうか。でもそれはやめた方がいいかな」

「え、でも」

「あいつがレイチェルのどこを見て恋愛感情抱いたか分からないけど、恋人になる前と同じに接していればいいんじゃないかな。『支えたい!』って思い始めたらとたんにしんどくなっちゃう。『なんで何も話してくれないんだろう? 自分を信用してないのかな?』ってどんどん思いつめて結局共倒れになるかもしれないし、何よりあいつはそれを求めてないと思う。年上だしね」

「うん……」


 なんだか担任の先生みたいだ。

 字が汚かったりだらしなかったりするカイルだけど、こういうことを聞くと大人の男の人なんだなって思うなぁ。

 

「……とはいえ」

「ん?」

「『私あなたを支えたいです』は別に言ってもいいと思うよ」

「ん? ……うん」

「『えー!? か~わいい~』とかってなって、内心小躍りしちゃうから」

「ちょ、ええ……」


 深刻な話だったのに急におちゃらけたノリに……さっきまで真剣な表情だったカイルはアイスコーヒーを飲みながらニヤニヤしている。


「男は単純だからな。あいつも深刻そうな顔してても内心『俺の彼女がかわいくて辛い』とか思ってるんじゃないかな」

「そ、そんな……まさかでしょ」 

「そもそも付き合い始めたって俺に言ってきたのも、俺がレイチェルに『今日もかわいい』とか言うのに内心イラッとしてたからだしね」

「ええ、ええええ!? そうなの!?」


 顔がカーっと熱くなる。

 今度こそちゃんと火を点けたカレーを混ぜているんだけど、この顔の熱さはカレーの熱気じゃない、きっと。

 そんなわたしを見て、カイルはクックッと笑いながらさらに追い打ちをかけてくる。


「『そういうわけだから、今後俺のレイチェルにかわいいかわいい言ったら殺す』ってさ」

「お、俺の、レイチェルて、何それ何それ……ええええっ」

「はは、笑うよなー」

「…………ふぇっ」

 

 ダメだー対応できない。

「俺のレイチェル」ってそんなこと言う人なんですか、あなた?

 わたし先週の今頃はモヤモヤ不安だったのに何これ何これ……!

 

 

 ◇

 

 

「あ、グレンさん。お疲れ様です」

「ああ」


 図書館の仕事を終えたグレンさんが砦にやってきた。

 彼用に作っておいた甘口カレーを山盛り、これまたとんかつを山盛りに乗せてもりもり食べている。

 わたしは彼を見るだけでも内心ドキドキなのに、やっぱり彼はクールでドライだ。


(むうう……)

 

「レイチェルは夕飯食べたのか」

「いえ、わたしもこれからで……」

「そうか」

「…………」

「…………」

 

 

 

「あら、レイチェル、ごきげん、よ……!?」

「あ、ベル。ご、ごきげんよう……あはは」

「え、え……!? な、なんで、え!?」

 

 夕飯を食べにやってきたベルがごはんを食べているわたし達を見て顔を真っ赤にして、一緒にやってきたカイルを振り返る。

 カイルは呆れ顔で首を振って大きくため息をついた。


「……何をやってるんだか」

「メシ食ってるだけだぞ」

「そうだけどさあ」

「……え、え、えっ」

 

 ベルはひたすら色んな人を見て目を白黒させている。

 確かにごはんを食べているだけ……なんだけど。

 カウンター席含めて15人は入りそうな食堂――そこに2人きりなのはまあいいとして、1つのテーブルに向かい合わせでなく隣同士に座って食べているんだからそれは驚くでしょう。しかも、距離が近い。

 わたしがグレンさんと喋ってるのって大体図書館でだったし、みんなで食べる時だって、グレンさん・カイルの2人、わたしとベル・ルカ・フランツ4人でテーブル別れてたのに急にこんな……。

 

 わたしだって最初は向かいに座ろうとしたんだけどね。

 グレンさんが「なんで向かいに座るんだ」とか言い出して、わたしが「隣に座るのはちょっと……かなり恥ずかしいんですが」と抵抗しましたら「寂しい……」とか憂いを帯びた目で言われてしまいまして、そうなったらもうどうしようもなく……。

 でも隣同士になって食べてるのはカレーで、特にロマンチックな雰囲気はなく……だけど距離感おかしいほどにくっついてて……。

 密着してるだけでも恥ずかしいのに、それを見られてしまって顔が熱い。

 ベルに負けず劣らず、わたしも顔から火が出そうな勢いなんですよ。バカップルじゃないんです本当です。

 

「……程々にしてやれよ」


 お皿にカレーをつぎながらカイルが言う。グレンさんのとは別に作ってある、辛いカレーだ。

 ベルはずっと真っ赤な顔で口に両手を当ててアワアワしている。

 

 グレンさんはクールでドライで、わたしだけドキドキしてる~! ずるい! なんて思っていたら。

 ……確かにクールでドライで、だけどその調子で普通にくっついてくるんだもんな~~。

 

 ううう、わたしも、わたしもほどほどでお願いしたいです……! 

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