◆エピソード―グレン:友人と手紙
※2章4話「カラスの黒海」裏
「グレンさん。あの、クライブさんという方が来られてますけど――」
ある日冒険から帰ってきて夕飯を食べていると、外出していたらしいレイチェルが食堂にいる俺に声をかけた。
「……クライブ?」
「クライブ・ディクソンさんという方です。ホールにおられます」
「…………」
クライブディクソン……クライブディクソン……。
――誰だっけ?
「ああ。分かった。すぐに行く」
――誰だか知らないが、ホールにいるというなら行けば分かるか。
頭を掻きながら、ホールへ向かう。
「あ……」
「やあ。久しぶり」
「なんだ……お前か」
「なんだとはなんだよ、失礼な」
ホールにいたのはカイルだった。
10数年前からの付き合い……腐れ縁とでもいうのか。会うのは2年ぶりくらいだ。
そういえば、クライブって名乗っていたっけな……10数年経っても全く覚えられない。
『復唱してみろ』と目の前で『クライブ』と言われても、喉の奥でつっかえるような気持ち悪さがありどうしても口から出ない。
おそらくこの手にある紋章のせいだろう――真名しか呼ぶことができない。
こんな風に偽名を名乗っている奴は厄介だ。
二人称や代名詞、肩書がある場合はそれを呼ぶことでごまかしてきたが、名前を呼ばないことで相手を怒らせることもままある。
ミランダ教では『女神の祝福』と呼ばれているという紋章。
あれこれ視える、
◇
「……で、何の用だ」
カイルを隊長室へ案内した。
「色々あるけど。お前のことをギルドで聞いてさ」
「……ギルドで?」
「ああ。『絶対に強いのにしょぼい依頼しか受けないノルデン人の変な男がいる』ってさ」
「…………」
「『知り合いなら駆け出し冒険者の仕事を取らないよう説得してほしい』と依頼を受けてきました」
「…………」
――最悪だ。
「なんでもいいから魔物退治受けたら? パーティメンバーはあと二人いるって聞いたけど」
「一人はチームワーク皆無のオーバーキル魔術師、一人は戦いが嫌いで魔物を斬りたくない剣士。退治どころじゃないんだ」
「なんだそれ、パーティって言えるのか? 何のために砦まで借りて組んでるんだ」
「色々……のっぴきならない事情があって」
ルカが家についてこようとするとか、一緒に寝ようとしたがるとか、ジャミルが斬りかかってくるかもしれないとか。
「なんだかよく分からないけど、まあいいか。それなら俺と組んで魔物退治しないか?」
「えー……」
「えー ってなんだよ」
「先輩……僕は戦いを好みません」
「嘘つけよ。何が『僕』だよ気持ち悪い」
「最近はきのこ狩りとか、薬草採取ばかりやってるから……気合入れる仕事は遠慮したい」
「それは分かったけど、お前シマ荒らししてるんだよ。冒険初心者がかわいそうだろ、他の二人は知らないがお前は身の丈にあった仕事をしろっていう話だ。薬草採取なら魔物の巣窟とか危険地帯に行くとかでないとな」
「……はぁ……」
盛大な溜息。
面倒だ……牧歌的な環境でただきのこ刈ってるとか、それはそれで良かったのにな。
頭をガシガシ掻いてうなだれていると、ソファーにもたれかかったカイルが眉根を寄せる。
「……魔物退治が嫌なら冒険者をやらなければいいだけじゃないのか?」
「今はあれこれ事情があって仕方がないんだ。特殊な依頼を受けてしまったし」
「ふーん……苦労するな」
「魔物退治はする。……俺は月・水と定期の仕事があるから、退治の依頼は適当にお前が取ってきてくれ」
「了解。俺も来週くらいまで配達とか討伐とか抱えてるから、再来週からになると思う」
「そうか」
「ああ……それからこれ、渡しとく。正直こっちが本題だよ」
そう言ってカイルは懐から封筒を取り出して俺によこす。
「手紙……」
「ああ。おかみさんから預かってきたんだ。読めよ……心配している」
「……そうか」
「……俺はあまり説教とかしたくないけど。2年前フラッといなくなったきり、お前一体どこで何していたんだ? 死んだんじゃないかと思って行方を探していた。俺は一応お前と付き合い長いからな、めちゃくちゃ心配してたんだよな」
「……それは……すまなかった」
「正直ちょっと殴ってやりたい気持ちだよ」
握りこぶしを右に作って左に作って、反対側の手でそれを包んで……交互に繰り返しながらカイルが俺を睨みつける。
「殴るのは勘弁してくれ……痛いし」
「……手紙はちゃんと読めよ。そのあとどうするかはお前の自由だ。俺は何も言わない」
「……ああ……」
◇
『 グレン
今どこで何をしていますか?
顔を見せにくければ無理にとは言いません。
ただ無事であればそれでいいので、返事をちょうだい。
そしてこれだけは言っておきます。
私も主人も、あなたのことを信じていますから。
メリア・マードック 』
「…………」
手紙を受け取ってから数日後、自宅でやっと封を開けた。
(返事……)
返事を書こうかとペンと紙を取るが、どうしても手が止まってしまう。
「無事です」だけ書けばいいのかもしれないが……正直心を伴うやりとりがひどく苦痛だ。
カイルにも見つかりたくはなかった。
奴はまた俺が勝手に消えないかどうか、遊びに来るという名目で定期的に見張りに来るようだ。
放っておけばいいものを、お人好しだ。俺と違って他に友達いっぱいいるだろうに。
ふと目を落とすと、何か書こうとペンを置いたままだった紙にインクがしみて黒く汚れてしまっていた。
――結局何も書かずに、ペンを置いてしまった。
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