20話 嵐の後

「ううう……カイル、ジャミル……、よかった、よかったよぉ……」

 

 笑い合う2人を見てわたしは、ろれつが回らないくらいえぐえぐと泣いていた。

 

「レイチェル……ごめんね。泣かないでよそんなに……」

「だっで、だっでぇ……ううううぅ……、仲直りできて、よがっだあああぁ……っ」

 

 ぺたりと座ったまま天を仰いで泣きじゃくるわたしの頭を、ベルが撫でてくれている。

 

「カイルっ……、今からだって、3人で仲良くできるよぉ……ジャミルね、すっごく料理うまいんだよ? ピザとか、カイルの好きなドラゴン肉まんだって、作れるんだからっ……またみんなでご飯とか食べようよぉ……うえええ……」

「うん……、うん。ありがとうレイチェル」

「ちょっとぉ、そんな泣かないでよ~ ふふふ。……あっ 隊長! その剣触っちゃ……」

「いや、大丈夫だ」

 

 グレンさんが食堂の隅に転がっていた剣を拾い上げ、上に掲げたりして様子を見ている。

 ベルがそこへ駆け寄って行く。

 

「……なんだかもう、邪気が感じられませんわね」

「ああ……これはなんだろうな」

 剣から出ていた紫のオーラが玉みたいな形状になって剣の上に浮いていた。

「剣の魂、紋章の思念体みたいなものですかね……ジャミル君との心の勝負に負けた的な」

「……ジャミル。具合はどうだ?」

「……え? ああ、そういやなんともねえ……むしろスッキリしたような」

 

 確かに、今までジャミルを覆っていた紫のオーラも消えていた。

 

「ホントだ。なんか、顔色もよくなったね! ……これってもう呪いの剣じゃなくなったの?」

「そうね、多分……こうなったらミランダ教会に報告しないといけなかったような……。隊長、何か聞いてらっしゃらないです?」

「ああ……聞いていたような気がするが」

「気がするが?」

「聞いてなかった」

「えええ~!」

「……というわけで俺はこれからギルドへ報告に行くから。悪いが後片付けを頼む」

 

「あとかたづけ……」

 

 ――水浸しのキッチン。引き倒されたテーブルと椅子は破損しているものもある。

 テーブルは壁にぶつかってひっくり返ったため、その上に乗っていた箸は床に散乱し、調味料のビンは下に落ちて割れ、床に水たまりを作っている。

 なかなかの有様だ……。

 

「そ、そうね。まあまず、片付ける前にその顔治しましょうか?」

「……ベルナデッタ」

 

 ベルが転がった自分の杖を拾いに行こうとするのをグレンさんが制止した。

 

「はいっ?」

「……治さなくてもいい」

「えーっ? でも、しかし」

 

「大喧嘩からの物品破損。それで自分達は回復魔法でスッキリ元通りとか俺は許さんよ。その顔で治るまで過ごせ。手当は許す。――以上」

 そう言ってグレンさんはツカツカと食堂の入り口へ……。

「グレン……すまない、迷惑を――」

「――全くだ。よそでやれバカ」

「う……」

 

 謝罪しようとするカイルにピシャリと言い放ち、食堂の扉を開けグレンさんは去っていった。

 

(ひえ――……) 

 

 

 ◇

 

 

「……グレン、めちゃくちゃ怒ってたな」

「うん……」

 

『手当は許す』と言われたので、わたしの薬草を使って応急処置したあと、わたしとジャミルとカイルとベルで厨房と食堂の後片付けをしていた。

 

「ああ……まあ、怒ってたのは俺に対してだけだし大丈夫。――今度お詫びとして『ふかふか雪玉チョコ』を買ってくるし」

「それって1粒200リエールのやつ?」

「そうそう……少しの不機嫌なら、あれくらいで」

 

「……不機嫌といえばさぁ、グレンってタバコ吸ってたら機嫌悪いよな」

 

 モップの柄にあごを乗せ、目を掻きながらジャミルがつぶやいた。彼の傍らには剣から出ていた紫のオーラが玉状になってふわふわ浮いている。

 

「そうなの?」

「ああ、なんかこう……不機嫌っつーか、ヤベー雰囲気の時かな」

「吸ってるなら大丈夫だな。どちらかといえば、明らかに機嫌悪いのに吸ってない時の方がヤバいよ」

「あ? そうなのか?」

「『魔法は心の力』だからな。めっちゃ怒ってる時に煙草くわえると燃えて消し炭になってヤケドしそうになるから、吸わないんだって」

「へ、へー……」

 

 ルカの水の紋章と違って、火がついちゃうとなると大変だなぁ。

 

「そうそう、『魔法は心の力』といえば……」

「ベル?」

「ジャミル君のそばで浮いてるそれね、多分『使い魔』として契約することになるんじゃないかな」

「あ? なんだそれ」

「闇堕ちの反対かなあ。心で打ち勝ったみたいな感じだから、その紋章の思念体みたいなやつを逆に従えることができるって聞いた気がする」

「へぇ……」

「ジャミル君を主人として、一生お供として仕えてくれるのよ」

 

「はぁ――? 冗談だろ、オレ散々苦しめられたのに一生一緒にいろっての?」

「まあ、乗っ取られなくてよかったじゃない」

「そりゃ、そうだけどよ」

「……ジャミル? 目かゆいの? 大丈夫?」

 

 さっきからジャミルがしきりに目を掻きながら話しているので気になってしまう。

 

「ああ、かゆいっつーか、なんか視界がもやもやして見えづらいんだよな。急激に視力落ちたみてえな……」

「そういえば、目が紫のままだね」

 

 ジャミルの目は赤みを帯びて光り出し、彼の瞳の色と混じって紫になっていた。

 剣の呪いが解けた? みたいだけど、目の色はそのままだ。

 

「マジか? ――光ってねえよな?」

「うん。それは大丈夫」

「ならいいか」

「いいんだ」

「色々しんどかったからな。目が紫なことくらい瑣末事っつーか」

「それは確かに。良かったよねー」

「まあな……へへ」

 

 そう言って笑ったジャミルの表情は明るい。

 きっとこれからは、またこんな風に笑っていけるんだ。良かった。本当に良かった。

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