5章 兄弟

1話 再会

「アニキー、クライブさんが来てたんでしょ? 教えてよー」

「ああ……悪かったな。あいつこれから別の仕事があるらしいから」

「ちぇーっ、今度来たら教えてよね!」

「今度……、今度……な。うん……」

 

 ハンバーグを頬張りながら何も知らないフランツが無邪気に話し、グレンさんは少し困ったように返答する。

 食事の時間だけど、わたしは食べる気にならず座っているだけ。ルカは元々あまり何も喋らないし、ベルはその場の雰囲気からか口を開かない。

 ジャミルは部屋に引きこもってしまった。

 あれから雨が強くなり、誰もあまり口を開くことのない食堂に雨音が響く。

 ”彼”は飛竜に乗って飛び去ってしまった。もう、ここに来ることはないかもしれない……。

(カイル……) 

 


 ◇


 

「ありがとう…………カイル」

 

 わたしは思わずそう口走ってしまった。

 彼を見上げると、目を見開き時間が止まったかのように動かない。


「はは、何を――」

「待ってくれ。アンタに頼みたいことがある」


 彼が何か言い出すのと同時にジャミルが口を開いた。


「人違いなら、謝る。アンタのスカーフを……ほどいて見せて欲しい」

「スカーフ……そうか」


 彼は伏し目がちに、何か観念したかのように自分のスカーフをほどき、無言でジャミルに手渡した。

 ジャミルは三つ折りにしているスカーフを開くと、確かに赤い布が入っていた。お土産屋の、竜騎士スカーフのレプリカだ。

 わたしに本物のスカーフを渡し、ジャミルはやはり三つ折りにされているその小さな布を開く。

 

「……!」

「あ……」

 

 そこには、習いたての古代文字で「カイル」という名前が縫い付けてあった。――新たに10数個の星の印と、何かの数字の羅列とともに。

 

 

「……やっぱり……」

「カイル……!」

「……驚いたな。なんで分かったんだろう? まさか正体が割れるとは思ってなかったな」


 驚きを隠せず言葉を失うわたし達と対象的に、彼はこともなげにそう言って笑ってみせる。まるでかくれんぼで見つかったかのように。


「カイル……本当に、カイルなの?」

「そうだよ、レイチェル。……ああ、それ、返してくれる?」

「あ……はい」


 わたし達からスカーフを奪うように受け取ると、慣れた手付きでまた左腕に巻きつける。


「それじゃあ、帰るよ」

「えっ、えっ! ちょ、ま……」

「……待てよ」

「……何?」


 あまりにあっさりと立ち去ろうとするのをジャミルが唸るような声で引き留めると、彼は階段を登りかける足を止め、目を細めてジャミルを見た。

 ――それは出会ってから今までの『クライブさん』が見せたことのない、冷たい目だった。

 

「オレ達に、気付いてたのか?」

「気付いてたよ、最初からね」

「え……」

「なんで、知らないふりをした……」

「『老けましたけど、弟のカイルです』と言えば、信じたか?」

「…………」


 ジャミルもわたしも、何の言葉も返すことができない。だって『信じます』なんてとても言えない。

 数々の事実を目にしても、やっぱり信じられないくらいだ。

 記憶の中のカイルは小柄で声変わりもまだの男の子だった。

 だけど今目の前にいる彼は180以上あるグレンさんと並ぶくらいで、声も低い。それに彼の言う通りに、どう見ても年齢はわたし達と同年代ではない。

 

「フフッ、悪いけど『感動の再会』ってわけにはいかないな……そういう気分になれない」


 わたし達の返事なんて待っていないように間髪入れずにそう言って、なぜか彼は笑ってみせる。

 ……だけど、その目はいつものようには笑っていない。


「それじゃあ、俺は帰るから」 

「おい、待てよ! まだ話は終わってねえ――」

「うるさいな」

「なんだと……」

と話すことは何もない」

「……っ」


 吐き捨てるようにそう言った彼の”兄”を見る目は冷たい。静かに怒りを含んでいるようにも見える。


「カ、カイル……」

「ごめんね、レイチェル。俺は帰るよ」

 

「おい、カイル……」

「グレン、次は現地集合にするから」

「ああ……それは、いいけど」

「それじゃあな」


 何か言おうとしているグレンさんにも有無を言わさず、彼は階段を登っていく。

 しばらくすると飛竜の羽ばたきの音が聞こえて、彼は去っていってしまった。 

 


 ◇

 


 彼が飛び去ってしまった空を見て、彼の言葉を思い返していた。 

 

『お前と話すことは何もない』―― 

 

 兄弟喧嘩でジャミルを呼び捨てにすることはあっても、『お前』と呼んだところは見たことがない。

 さわやかで優しく笑う『クライブさん』が見せたことのない、冷たく怒気を孕んだ目。

 

 彼に何があったのかは分からない。 

 あの日、ジャミルが彼を置いていかなければこうはなっていなかったのかもしれない。

 わたしもみんなも「ジャミルのせいじゃない」と言ってなだめた。

 ただ、運がよくなかったのだと。

 

 でも彼はそうじゃなかった。 

 カイルは、ジャミルのことを恨んでいるんだ――……。

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