9話 傷跡

「失礼します。あの……お茶をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」

 

 隊長室のソファに腰掛けているクライブさんにお茶を出す。

 今日は日曜日。

 グレンさんとクライブさんが魔物退治に行っているのは金曜日だけど、それ以外の日もたまに来るようになった。

 ……そういう時はただ遊びに来ていただけみたい。


 グレンさんの話によるとクライブさんは今は竜騎士じゃなくて、フリーで運送とか魔物退治をしている――つまり、冒険者をしているそうだ。


「あれ? でもクライブさん竜に乗ってるし、スカーフも巻いてますよね??」

「飛竜は主人を二人持たないとかで、退役後は飛竜がもれなくついてくるらしい」

「もれなく……」


 そんな、おまけみたいな。


「制服と鎧兜は軍に返すけど、スカーフは巻きたければずっと巻いてていいらしいぞ。むしろ竜を勝手に捕まえて乗っている無法者との区別がついていいとかなんとか」

「へえ……」


 竜騎士の叙勲を受ける時にもらえる赤いスカーフは名誉の証って聞いたことあるけど――竜騎士の世界も、色々あるんだなぁ。

 

 ちなみにグレンさんは今、パントリーへお菓子を取りに行ってガサゴソとしている。

 外は朝から大雨――やる気ない系パーティーの筆頭グレンさんの決定により今日の冒険はお休みらしい。

 配達の期限はまだ余裕があるからいいとか言ってたけど、来週も雨だったらどうするんだろ??

 

「あ、あの……クライブさん」

「ん……?」

「えと……わたし、レイチェル・クラインといいます。子供の頃、あなたと写真を撮ったことがあって……この写真、覚えてませんか?」


 グレンさんが戻ってくるまで少し時間がありそうだったから、思い切って話しかけてみることにした。

 わたしの名前は知っているみたいだけど一応自己紹介してから、クライブさんに写真を見せる。


「ああ……これ。覚えてるよ。確か、俺の飛竜が男の子にまつわりついて」

「はい! はい! そうです!」


 覚えててくれた!


「……懐かしいな。10年前くらいだよね、これ。君達だったんだ……すごい偶然だ」

「はい。あの……それで、お聞きしたいことがあって」

「……聞きたいこと? 何かな」

「この子、なんですけど」


 わたしは写真に写るカイルを指差す。


「カイル・レッドフォードという名前で、今は17~18歳なんですけど……竜騎士団にそういう人いませんでしたか?」

「…………」


 クライブさんはあごに手を当てしばらく写真を見つめて無言になる。


「……いや、知らないな。残念だけど」

「そう、ですか……」

「この子が、どうかしたの?」

「五年前に行方が分からなくなっちゃったんです。ミロワール湖に落ちたんじゃないかって捜したんですけど、見つからなくて。もしかしたら竜騎士団領にって、そう思ったんですけど……」


 ミロワール湖の反対側の湖岸は竜騎士団領。遺体が上がらないならそっちに流れ着いている可能性だって、ゼロではなかった。

 ……それで、もしかしたら竜騎士になって……なんて、そんな都合のいいことを考

えてたんだけど。


「そうなのか……でも俺は今騎士じゃないし、今のメンツまで知ってるわけじゃないからな。気を落とさないで」

「はい……」


 やっぱりそんな出来すぎた話、あるわけないよね。

 しょぼんとして肩を落とすわたしにクライブさんは優しく声をかけてくれる。

 しまった……思ったよりガックリしちゃって雰囲気悪くしちゃったかな……お客さんなのに。

 ――何か話題を変えなくちゃ。

 

「そういえば、今日は飛竜のシーザーはいないんですね」

「ああ、あいつ雨が苦手で飛びたがらないんだよ。竜騎士やってた時はちゃんとしてくれてたんだけどなぁ」

「……グレンさんと同じですね」

「はは、あいつと一緒にされちゃシーザーもたまんないな」

「グレンさんとは付き合いが長いんですか?」

「うん。……12年くらいになるかな?」

「12年……」


 わたしとメイちゃんと同じくらいだ。


「大人になっても続く友人関係っていいですね……」

「まあ、色々あったけどね。俺は竜騎士になって2年くらいであいつは……! っと……、ちょっと、ごめんね」

「え?」


 クライブさんが少し渋い顔をしながら右膝の上に左足を乗せてもみ始めた。


「……大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっとだるいだけだから。雨が降ると、どうもね」


 そんなやりとりをしているとドアが開き、グレンさんが大量のお菓子を携えて戻ってきた。


「お菓子でございます、先輩」


 と言ってそのお菓子をテーブルにぶちまける。

 板チョコにチョコスナックにチョコドーナツに……とにかく何かチョコのお菓子。

(チョコレートが好きすぎる……)


「おいまたチョコレートかよ……いてて」


 クライブさんが今度はブーツを脱ぎ捨てて足を揉み始める。


「なんだ、また痛むのか」

「まあな。雨の日はだいたいこうだ。参ったね」


 チラリと覗いてみると、彼の揉んでいる足には何か動物に咬まれたような傷がついていた。

 よほど深く咬まれたのか、穴が開いているような、裂けたような――痛々しい傷跡。


「い……痛そう」

「ああ……昔ちょっとね。今はなんともないんだけど、雨の日は引きれて痛むんだよ」

「どうする? 必要ならラーメン屋……じゃなくて、回復術師を呼んでくるぞ?」

「そうだな、頼む。……って、なんで今『回復術師』を『ラーメン屋』って言い間違えたんだ? 普通間違えなくないか?」

「あはは……」

「ラーメン屋みたいなもんだから、つい。……レイチェル、呼んできてくれるか」

「あ、はい」

 

 

 わたしは隊長室を後にし、ラーメン屋――じゃなくて、そういえば回復術師だったベルを呼びに行く。

 厨房からはラーメンのいい匂いがする。きっとまたラーメンの仕込みをしているんだろう。


「わぁ……すごい雨だな」


 雨足は弱まることなく、植物が植わっている中庭の畑も水浸しになっていた。

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