3話 ハッピハッピー初任給

 次の日、わたしはグレンさんに呼ばれてあまり行くことのない隊長の部屋へ来ていた。

「レイチェル、1ヶ月お疲れ様。これ」

「わああ……ありがとうございます!!」

「昨日はバタバタしてて渡せなかった、悪いな」

「いえいえ!」

 

 お給料! 待ちに待ったお給料! 月末締めの翌月末払いだから、今日やっともらえたの!

 月末締めの翌月末払いだから給料日まで待てなくて辞めてった人も多そうだけど……。


「でもホントにこんなにもらっちゃっていいんでしょうか?」


 お給料の入った封筒にはちゃんと20万リエールのお金が入っていた。


「ああ、えー……そのことなんだが」


 と、グレンさんがいいかけた所でドアが乱暴に開いた。


「おいグレン、入るぞ。……うわっ、給料もらってる。うわっ、マジに20万もらってんじゃねーか」


 ジャミルがノックもせずに入ってきて、お給料の入った封筒を覗き込んでドン引きしている。


「ちょ、覗かないでよ……」

 

「そういえばあのハッピハッピー女雇うのはいいけど給料どうすんだよ。まさか20万リエールじゃねーだろな?」

「それな……20万と思ってるかなやっぱり」

「2人も雇うなら給料見直した方がいいんじゃねぇの。金持ってるっつってもよ」

「あ、あのー……働き手の前でシビアな話はやめてください……」

「いや……実際2人に20万ずつはちょっと厳しい面があって……その相談がしたかったんだよ」

「あ、ああ……そう、ですよねやっぱり……」

「最初募集してたときの5万でいいんじゃね」

「ちょっ……急に四分の一なんてひどい! ていうか、なんでジャミルが決めるのよ!」

「隊長はグレンだけどリーダーはオレなんだよ。こいつどんぶり勘定だしよー」

「ど、どういうこと……?」

 

「『こいつ』とは失礼な……。ううーん……15……もちょっとキツいな……」

「だからさー、日給で考えよーぜ。1日こんくらいとして……それが週に3日で……」

「なるほど……二人ならこれくらいで……」


 隊長とリーダーが金銭面のシビアな話をゴニョゴニョと始める。


(わたし、ここにいていいのかな……)


 居心地悪くボーッとしていると相談を終えたらしい二人がこちらに向き直る。

 

「えー……13万……くらいだとどうかな……」

「13万……ですか。いいですよ」

「本当にいいか?」

「はい。正直20万はもらいすぎでちょっと怖いかなーって思ってましたし……」

「そうか。……よかった」


 グレンさんがホッと肩をなでおろす。


「やー良かった。ハッピハッピーだな」

「早速取り入れるなよジャミル……俺も実は出かかってたけど」


(流行ってる……)


 実はわたしも20万見た時ハッピハッピーって言いそうだった……。


「……ところでベルナデッタさんはどこに? 厨房かな」

「……ん? そういえば何かいい匂いがしてくるな……」

 

 

 ◇ 

 

 

「……あ、やっぱりここにいた」

「あら、おはよう」

「おはようございます」


 ベルナデッタさんが厨房で何か料理を作っていた。ルカも食堂にいて、何か食べている。


「おはよー ルカ。……あれ? ラーメン食べてるの?」

「……おいしい」


 食堂と厨房からはいい匂いが立ち込めている。麺を茹でる匂いと、美味しそうなスープの匂い。

 ルカは口の幅一杯にラーメンを啜っている。

 

「ラーメン? ……一体誰が。まさか……」

「あら、おはようございます 隊長さん! わたくしラーメン作りましたの。一杯いかがですか?」

「……ラーメン? 君が作ったの? ラーメンを?」

「ええ! 一杯いかがです?」


 ベルナデッタさんが何かの入った寸胴鍋を定期的にかき回す。


「まあ……食べるけど」

(食べ物に弱いな~~この人……。でもスープがすごいいい匂いする)

「あのぉ、わたしも食べていいですか?」

「いいわよー。あなたもどうかしら?」

「朝からラーメンかよ……」


 左手で首の後ろを押さえて掻きながらジャミルがつぶやく。


「いらない?」

「……食うけど」

 

 誰一人ラーメンの魔力には勝てず、みんなでラーメンを啜る。

 しばらく誰も言葉を発さず、ラーメンを啜る音だけが聞こえていた。

 ラーメンはあっさりさっぱりとした味。鶏のダシかな?

 

「おいしいですー! これベルナデッタさんが作ったんですか?」

「ええ。ラーメン大好きなの。ふふ」

「ね、おいしいよねジャミル」

「……これマジにアンタが作ったの? 貴族の令嬢が作るモンじゃ……つーかラーメン好きな貴族ってよ……」

「あら。貴族がラーメン作っちゃ駄目かしら。ね、隊長さん、どうですか? 美味しいです?」

「いや……君本当に貴族? 俺が知ってる貴族と大分違う気が……」

 

「も――っ! 何なの二人して!? ラーメンの! 感想を! 言ってくださる!?」

 

「お、おう…うまいけどさ」

「まあ……うん、うまいよ」


 大声で憤慨するベルナデッタさんはなおも続ける。


「あた、わたくし……ああ、もういいわ。あたしは貴族といってもボンクラな父の代で終わりのショボクレ貴族なの。神官だけど、お菓子作りとラーメンが大好きなただの女よ。ラーメンとお菓子の前に身分なんて! ないわ!! 分かって!?」


 おしとやかな口調を捨ててハキハキと大声で怒るベルナデッタさん。

 その片鱗は見えていたけれど、やっぱり美人からボンクラとかショボクレなんて言葉が飛び出すとギョッとなってしまう。


「はい……そうですね」

「スンマセンっした……」


 気迫に押されて謝る隊長とリーダー。


(かっこわるぅ……)

 

「……ところで君にも言っておきたいんだけど、給料20万っていうのが少し高く設定しすぎてしまって。申し訳ないんだが13万になるんだ」

「あらー いいですよー」


 ラーメンとお菓子について鼻息荒くしていたベルナデッタさんだけど、給料についてはこだわりがないのかさらっと軽く答えてしまう。


「軽いな……本当にいいのか?」

「ええ。そのかわりここに住まわしていただけます? あたし家がなくて」

「えっ……まあ、部屋余ってるからいいけど……ここはルカしか住んでいないぞ」

「えっ? そうなんですか?」


 そういえばここのお花に水をあげに来ている時もルカしかいなかったような気がするけど、グレンさん達は冒険に行ってていないのかと思ってた……。

 

「ああ。俺とジャミルは普段は別の所に住んでて、ギルドで仕事取ってきたらここを拠点にして行ってるんだ。ジャミルは酒場主体で働いてるし俺も……いや、まあ、いいか」


 おそらく図書館のことを言いかけてグレンさんは口をつむぐ。図書館のことは知られたくないのかな?

 

「あらー! 隊長はどこで働いてらっしゃるの?」

「……教えない」

「どうしてよー! お仕事ぶり見たいわー!」

「……隊長のプライベートを探ることは禁止します」

「えー。どうして~」

「……風紀が、乱れる」

「風紀?」

「風紀……」

「風紀ぃ?」

「ふうき」


 わたし達3人が同時に「風紀」という言葉に引っかかり、ルカもとりあえず言ってみた感じでラーメンを食べながら復唱する。

 

「な……なんだ3人して」

「だってグレンさん、そんなこと言ったことなかったし……規則とかありましたっけ」

「いや……今決めたけど」

「隊長さんて真面目なのねー。元は軍とか騎士の人か何か?」

「別に……」

「つーかそんなマジメな集まりかコレ? そもそもやたらとある大金も競馬で手に入れたとか言ってたじゃねーか」

「ジャミル! それは……」


 矢継ぎ早にみんなに突っ込まれた上にサラリと重大な事実を暴露されて、グレンさんはルカに『お兄ちゃま』って呼ばれた時くらい焦っている。

 

「け、競馬――――……」

「へえ、隊長さんギャンブルするんだー」


 別に大人だから何してようと勝手なんだけど、思わず引いてしまう。

 そんなわたしとは違ってベルナデッタさんは意外といった感じだ。


「3連単? で死ぬほど当たってめちゃくちゃ金持ってるっつってたよな」

「じゃ、ジャミル……」

「死ぬほどのお金……」

「しょっぱい依頼で小金稼ぎしかしなくてもここ維持できてんのはその金のお陰なんだよな」

「……そのお金からお給料が? えぇぇ……。えええぇ……」

「い、いいだろ別に……やましい金じゃないんだから……。ていうかジャミル君、俺に何の恨みが……?」

「……あ? 言っちゃダメなやつかコレ?」


 一通りジャミルに暴露されたグレンさんが両手で顔を覆い隠す。

 大人だから競馬くらいすると思うけど。

 わたしはアルバイトだからお金の出どころにとやかく言う権利なんてないし、そもそも悪いことして手に入れたお金じゃないし……でも。


(グレンさん……すっごい丁寧にガッカリさせてくれるなぁ……)


 無口でかっこいい司書のお兄さんのイメージがどんどん崩れていくのを感じる。

 顔がかっこいいだけで幻想を抱きすぎていたのかも……。

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