【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

第1部 意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています

1章 花と少女

プロローグ なんでもない日常

 この世界にはいつも二通りの人間がいる。

 魔法が使える人、使えない人。冒険をする人、しない人。悩み抜いて、がむしゃらに生きる人。これといった難もなく生きる人。ドラマチックな恋をする人。特にドラマもない恋を経て、そのうち結婚する人。

 わたしはいつも後者の平凡な人間。今までも、これからもきっと――。



 

 

「えー……ノルデン王国の反乱は5年くらい続いたわけですが……1543年に大地震が起きました。それから4日間、雪や雨が降ったり、気温が上がったり下がったりを繰り返して大勢人が死にました。俗に言うノルデンの大災害です。大国ゆえに諸外国の経済ルートは大混乱し、最近になってようやく落ち着いてきたという感じですねぇ。先生も15年前くらいまでは――」

 

(また先生の昔話モードだぁ……)


「おいまた始まったぜ、ハゲの昔話」

「これ始まったらなげぇんだよなぁ……」

 周りの席の男子生徒がうんざりした様子でヒソヒソと言い合う。


「え――、それで先生が若い頃なんかはねぇ……」

 カラン……コロン……。授業の終わりを告げる鐘が鳴る。


「おっとっと。それでは、今日はここまで」


 

 ◇


 

「レイチェル~、一緒に帰ろー」


 放課後、友達のメイちゃんが声をかけてくる。メイちゃんは10年来の友達だ。


「ごめーん、今日は図書館に本返しに行く日なの」

「あーっとっと、これは失礼。王子様に会いに行く日だったんだぁ」

 メイちゃんが口元に手を当ててニヤニヤと笑う。

「王子様って、もー! でもいつもいるとは限らないからぁ……うふふ」

 わたしもメイちゃんに負けないくらいのニヤニヤ顔で返す。

 

 ――わたし、レイチェル・クライン、18歳。薬師の養成学校に通っているごく普通の学生です。

 平々凡々な学生であるわたしの目下の楽しみはというと……。


(今日は、いるかな…?)

「!!」

(きゃ――っ いたー!)


 図書館の司書のお兄さんに会うこと!

 司書のカウンターに座っているお兄さんを、本棚の影からこっそりと覗くのです。


(やっぱり ステキ……!)


 適当な本を取って、カウンターへ持っていく。

「返却日は月曜日ですので」

「はいっ」

 ――低い声に、サラサラの黒髪。メガネ越しに見える眼は灰色。素敵だなぁ……。


 お兄さんとの出会いは2ヶ月ほど前。

 高いところの本を取ろうとジタバタしてて――実はすぐそこに踏み台があったんだけど取るの面倒で、めちゃくちゃ背伸びして頑張って取ろうと唸ってたところ……。


「――これですか?」

 ってスッと取ってくれたの!

「あっあっ…はい! あ、ありがとう、ございますっ!」

 あの時は声がうわずっちゃうし恥ずかしかったなぁ~。

 でもでもかっこよかったぁ、すっごく背が高くて……。


 小さい頃から通ってた図書館でおじいさんが一人でやっていたんだけど、こんな素敵な人に会えるなんて。月曜日も会えるかな?? うふふ、楽しみ!



 ◇

 

 

「きいてよーメイちゃん! 昨日はお兄さんに会えちゃったの! ラッキ~!」

 翌日、わたしはメイちゃんに他愛もない報告をする。


「で、ちょっとくらい話しかけたの?」

「ええーっ! 話しかけるなんてできないよー! 何話していいかわかんないし、仕事の邪魔になっちゃうし……」

「いつもいつも見てるだけよりマシじゃん、な~んにも進展しないよそれじゃ。」

「もーっ メイちゃん! そういうのじゃないんだってばー! 見てるだけでいいの! 目の保養なの!」

「あのねぇ、そんなんじゃいつまで経っても彼氏なんかできないよ? 物語のヒロインじゃないんだよー。自分からアターックしなきゃ!」

「うー……」


 ヒロインじゃないっていうのは分かってる。でも、だから話しかけられずにいるんだけど……。

「んでさー、現実的な話なんだけど、課題もうやった?」

「あー、薬草10セットだよね、わたしギルドに持って行きたかったんだけどなー」

 

 わたし達は薬草の調合師―薬師になるための勉強をしている。

 世の中には魔法を使える人と使えない人がいて、それは生まれつき魔法の資質が備わっているかで決まる。

 私は回復魔法を使う癒し手になりたかったんだけど、残念ながら魔法の資質はなかった。だから、そういう人のための職業が薬師。

 回復魔法とちがって傷はパパッと治らないけど、そのための杖は高級品だから薬師の需要はあるのだ。冒険者ギルドで薬草を売ったりしてお小遣いを稼ぐ人もたくさんいるの。わたしもその一人。

 

「もう作ってあんの?」

「うん。でもまた量産しなきゃね」

「はーぁ。授業で薬草提出してもわたしらには何の得もないよねー」

「ほんとほんと……お茶にでもしてる方がよっぽどいいや」

「なんかもっとすごい薬草作れればギルドで割のいい仕事できるのにね~。王立図書館とかいけばすごい調合レシピあんのかねー」

「あそこは敷居高いよ……冒険者の人とか、魔術学院の人がいっぱいだもん」

「だから地元のひなびた図書館行ってんだもんね。運命の人にも出会えたしぃ」

「やーだぁ! メイちゃんたらー! 運命だなんてー」

 バシバシとメイちゃんをたたく。

「痛い痛い! は~ぁ、おもしろいことないかなー」

 

 

 ――かつて世界は魔王によって闇に包まれ、それを勇者が討伐して世界には再び光がおとずれた……そんな伝説がある。

 魔法使い、戦士、僧侶……様々な能力を持った冒険者がいる。お城には王様や王子様にお姫様、それを守る騎士。街の外には魔物もいる。

 20年前に、大災害が起こって滅びた国がある。

 これはそういう世界で生きている、平凡なわたしの、きっと平凡なはずの人生のお話……。

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