13.むしゃくしゃする
「この前言ってた駅ビルのバル、この前行ったんだけど良かったよ」
「えっ、あそこ高いって有名ですよ? 行ったんですか?」
驚いた表情で俺に確認してくる。そのびっくりした様子がなんだか可笑しかった。
「ああ、金額はそんなでもなかったよ。料理もそれなりに美味しかったし、ワインも、まぁ悪くなかったかな」
「鈴木さんってワイン詳しいんですか?」
さらに疑問を投げてくる川相さん。俺がワインを飲むことがそんなに合わないことなんだろうか。どうせ普段は安いビールだが、そんなイメージがあるとしたら少し心外だった。
「あー、勉強中かな。普段はビールとかが多いけど、やっぱ美味しいからね、ワイン」
「お酒飲むの、意外です」
「今度一緒に行く?」
「行きたいのは山々なんですけど、飼ってる猫の具合が最近悪くて。もうおばあちゃん猫なので、一緒にいてあげたいんです」
「ペットも家族だもんね。それは一緒にいてあげた方が良いね」
そうですね、と微笑みながら川相さんは自分のデスクへと戻っていった。せっかく誘ったのに、俺は猫に負けるレベルなのか?
そう思ったものの、優しい笑顔を崩さなかった俺自身に拍手を送りたかった。遊ぶ金はあるし、別に川相さんに振られたところで痛くもかゆくもない。が、面白くなかった。
ちょっと可愛いからって、チヤホヤされてきたんだろう。俺みたいなやつの誘いなんか、星の数ほど受けてきたに違いない。
モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、仕事を始めた。
―――――
夕食とツマミのスナック菓子、ワインを何本か、そしてビールを大量に入れたカゴをレジへ置いた。
「最近ワインにハマってるんだ」
バーコードを読み取っていく戸井田さんに話しかける。
「この前、駅ビルのバルに行ったんだけど、ワインがなかなか美味かったからさ、ちょっと冒険してみようと思ってね」
「私、お酒が苦手なので楽しめる人がちょっとうらやましいです。お会計は9243円です」
困ったように笑いながら、戸井田さんは返した。テキパキと商品を綺麗に袋詰めしていく。
「あそこは食事も良かったよ。良かったらさ、今度一緒に行かない?」
1万円札を差し出しながら、何度も練習した言葉がすんなりと口をついて出た。
「ありがとうございます。でも申し訳ないので、お気持ちだけいただきますね」
さらに困った顔でお金を受け取り、レジを入力して釣銭を渡してきた。
「全然大丈夫だよ。いつもバイトしてて偉いなって思ったから、その、ご褒美くらいに思ってくれたら嬉しいんだけど」
釣銭を受け取りながら、粘ってみる。
「本当に、お気持ちだけで大丈夫です。お仕事お疲れ様です。ありがとうございました」
その言葉に送り出されてしまった。
やたら重いビニール袋を両手に提げてコンビニを出た。
昼間の熱気がしぶとく残っていて、室外機の風に巻き上げられては爽やかさの欠片もない風になって顔に当たる。
「クソッ」
舌打ちと共に小さく悪態をついた。どいつもこいつも俺を下に見やがって。
袋からビールを1本取り出し、煽った。キンキンに冷えた炭酸が、仕事の疲れとFORKのようには上手く行かなかった現実を流してくれるようだ。
川相がなんだ。戸井田がなんだ。
俺にはもっとイイ女を抱ける場所があるじゃないか。
イッキに飲んだビールの空き缶を投げて、家路へ着いた。
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