第3話「自己紹介~大宮と浦和と与野~」


「諸君、遅れてすまない。改めて、私が1-3を担当する桜木刀香だ」


 教室に入った刀香先生は、すでに着席している生徒たちに向かって自己紹介する。


 ちなみに、俺と大宮はどこに座っていいのかわからず、教壇の横に立っている状態だった。

 遅れてやってきた上にジャージ姿の俺たちは、当然、クラスメイトの注目の的だ。


「ちょっと事情があってこのような形になってしまったが、せっかくなので二人から自己紹介をしてもらおう」


 できれば、席についてから自己紹介させてほしかったのだが。これじゃあ、ますます目立つ。

 刀香先生は、細かいことは気にしない性格なのかもしれない。


「それじゃ、俺から。……与野待人です。よろしくお願いします」


 さっさと注目から解放されたいので、手短に済ませる。

 しかし、刀香先生はそれを許してくれなかった。


「待て。せっかくなので、使用する仮想武器と、得意な仮想魔法の種類を」

「は、はい。えっと、その……使用する仮想武器は、剣です。仮想魔法は、ほとんど使えないんですが、一番マシなのは『火』です」


 入試ビリを舐めてもらっては困る。俺の戦闘力はかなり低い。

 ちなみに、仮想武器も仮想魔法も、己の妄想力によって作り出す武器と魔法だ。


 バトルフィールド上には脳波を感知する特殊な電波があらゆる角度から発せられていて、個々の妄想力によって仮想の武装を身に纏うことができる。

 高度な妄想力と集中力を持つ人間だと、魔法どころか召喚獣を扱うことすらできる。


 俺は、試験において仮想能力がかなり低かった。剣を具現化して、目の前に現れた金属の塊に斬りつけてみたものの、ほとんど傷がつかなかった。火の魔法も、風が吹けば消えてしまいそうなほどに貧弱だった。もはや、ライターレベルだった。


 だからこそ、仮想魔法の才能が低い俺は、試験に落ちたと思ってたのだが――。


「ふむ、今の段階ではあまり気にしないほうがいい。入学してから仮想能力が伸びる生徒もいるからな。先天的なものが大きいといっても、それが絶対ではない。……それに、サイタマスーパースクールも一般の高校と変わらないからな。普通に勉強することも、将来のためには大事なことだ」


 そう。サイタマ県央サイタマスーパースクールの代表として、バトルフィールドに立って闘うことのできる者は限られている。誰しもがスターのようになれるわけではない。


 例えるなら、声優の養成学校に入学した人間が、全員声優になれないのと一緒だ。本当に第一線で活躍するのは一握り。

 サイタマスーパースクールも同じことだ。そして、サイタマスーパースクールの代表に選ばれた人間も、高校を卒業するとともにサイタマバーチャルバトルからも「卒業」する。


 若いからこそ、サイタマバーチャルバトルに青春を捧げることもできるし、見ている側としても高校生ぐらいの少年少女なら応援したくなるというものだ。


 そういう意味で甲子園なんかと同じような心理かもしれない。プロ野球ではない、高校野球だからこそのドラマが人々を魅了する。それと同じく、サイタマスーパーバトルも高校生が闘うからこそ、多くの人々の胸を打つのかもしれない。


「よし、次」


 そんなことを考えているうちに、大宮の自己紹介になる。


「は、はいっ! えっと、大宮美也ですっ! 使う武器は剣です。仮想魔法は、水系統の魔法を使います」


 水系統の魔法を使うのに、池で溺れていたのか……。まぁ、実生活に置いては仮想魔法を使うことはできないので、あまり関係ないかもしれないが。

 どちらかというと雷とか火とか使いそうな印象だったので、意外だ。俺に火というのもあまり似合わないだろうけど。


「よし、それじゃ二人とも席についていいぞ。窓側の一番後ろの席に座ってくれ」


 言われた場所を見ると、窓際の最後尾は確かに空席だった。いきなり、俺と大宮は隣同士ということになる。


 いったい、どういうことだろうか。名前の順とか成績順ではなさそうだが。まさか、先に席順を決めてて、遅れてきた俺たちは急遽席を作られたのだろうか。


 ちなみに、その最後尾手前の席の廊下側も空席だった。その隣の窓側には、黒髪ロングの聡明そうな女の子が背筋がピンと伸ばして座っている。


「えっと……」


 大宮も、なんでおあつらえ向きに最後尾の二席が空いているのか疑問に思ったのだろう。そもそも、俺の印象はあの騒ぎで最悪ときている。

 普通に考えれば、俺の隣になりたいとは思わないだろう。俺もだが。


「実は、全員揃ったと勘違いして、先に席を決めてしまってな。点呼をちゃんと取らなかった私のミスだ。すまない」


 刀香先生のせいだったのか。真面目そうで、けっこういい加減なのかもしれない。


 ともかく……俺と大宮はクラスメイトからの視線を感じながら、俺は男が並んでいる廊下側に、大宮が女子の並んでいる窓際に座った。


「……うー、最悪……」


 俺にとっても酷い日だが、それは大宮にとってもだろう。教室で離れた席につけば気持ちの切り替えもできたろうが、まさか隣とは。


「それでは、順番に自己紹介をしてもらおう」


 刀香先生の指示によって、廊下側から自己紹介が始まった。これを逃すと逃さないでは大きい。ちゃんとクラスメイトの顔と名前を一致させよう。

 淡々と自己紹介は進んでいき、俺の前の空席の番になる。


「……岩槻(いわつき)は、休みとの連絡があった。それでは、最後の列」


 そして、最後の列もつつがなく進んでいき、最後には大宮の前の聡明そうな女子が、音もなく立ち上がった。

 姿勢がいい。そして、女子にしては背が高い。


「浦和文乃(うらわあやの)。武器は弓。使う魔法は水系統。以上」


 やや低めの声で言って、女の子――浦和は着席した。

 やはり、どこか他人を寄せつけないような、そんなオーラがある。


 なんだか、複雑な席環境になってしまった。隣はひと悶着あった大宮、前は初日から欠席。

 斜め前は近寄りがたい雰囲気の浦和。


 ちなみに、右隣は通路みたいになっているので、少し離れている。空席の男子が話しやすい奴であることを願うばかりだ。なお一クラスは三十六名。横六列の縦六列。

 教室は広いので、窮屈に感じることはない。


「それでは、自己紹介が終わったところで、さっそくバトルフィールドに案内しよう。一度入学試験のときに行っているとは思うが……では、これからバトルフィールドに移動する。全員、遅れずについてくるように」


 刀香先生に引率されて、俺たちは廊下側から順にゾロゾロとついていく。

 その途中、大宮が浦和に話しかけた。


「これから、よろしくねっ!」

「…………」


 明るく笑いかける大宮だが、浦和は普通に無視した。

 大宮の頬がヒクつく。


「うー……いきなり無視かー……なんなのよ、今日はっ……」


 大宮にとって、今日は災難な日だろう。

 俺としても、大宮や浦和とある程度仲よくやっていきたいとは思っているが……前途は多難なようだった。

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