第630話 質問を受けてるのは俺じゃないのに

「あ、りんりんとの関係? そだねー」


 風見さんから投げかけられた質問に、亜衣菜の視線が俺を向く。

 その視線が問いかけてくる内容は、俺に対する話していいかの確認ってことは火を見るよりも明らかだった。


「隠すような話じゃないし、気にしなくていいよ。亜衣菜が好きに答えたらいいさ」


 だいもここでダメって言うわけないだろうし、むしろ隠し事を作る方が圧倒的に面倒くさいことになるだろうから、俺は亜衣菜に向かってお気に召すままにと伝えてやった。

 そう伝えた後、一応答え合わせのために俺の隣に座ってピタッとくっついてきているだいの方をちらっと見てみたが、その可愛いお顔のレディから「それでいい」的な大仰な頷きを頂いた。

 いや、お前それは何ポジションなんだよ。

 そんなことをちょっとだけ思って苦笑いなんだけど、たぶん亜衣菜もだいの頷きを見たのだろう。一度クスッと笑ってから——


「元カレっ!」


 と、それはもう爽やかな笑顔と共に言い放ってくれた。

 その未練なんか欠片もなさそうな表情に、俺の胸が僅かに痛む……なんてことは一切なく、むしろあのダメダメになって我が家に現れた日から完全に立ち直ったんだなってことが伺えて、俺は心から安心した。

 でも亜衣菜の言葉に「まさか知り合いが有名人と付き合ってた」とは、的なことを思ったであろうこの場にいるみんなに僅かに動揺が浮かんだのだが——


「亜衣菜さんとゼロやんは大学一緒で、学生時代に付き合ってたんだって。ゼロやんがLA始めたのも亜衣菜さんが誘ったからなんだよ」

「えっ」「っ!?」「む」「ほほ〜」


 俺と亜衣菜の関係の説明を補足しただいの発言に、みんなの動揺が大きくなる。

 ……いや、というかこの動揺は発言内容なのか、今の発言をしただいに対してなのだろうか。

 そこの判別は分からなかったけど、とりあえず何人かは不思議そうな視線というか、意味の分からないものを見たような視線をだいに投げている。

 まぁ、うん、そりゃそうだよな。

 あのセシルと一般人の俺がそんな関係だったとかも想像つかないだろうし、彼氏と元カノの関係を説明する今カノってのも普通に考えて意味わからんもんな。

 うん、分かる。みんなの気持ちはよく分かる。

 だって俺も最初二人の距離感が意味分かんなかったから。

 そう考えていけば、みんなの驚きは俺と亜衣菜の関係よりも、だいと亜衣菜の間柄だろう。おそらく雰囲気的に俺と亜衣菜の関係は薄々察するところもあっただろうけど、だいと亜衣菜の関係は言われても理解できないのが普通だろうし。

 でもこれがだいクオリティ。……慣れってすごいね!


「2年ちょっと付き合ってたし、別れた直後はけっこう未練タラタラだったのもあって、呼び方抜けないんだよねー。あ、でももう今は綺麗さっぱり未練ないから大丈夫! むしろあたしはりんりんと菜月ちゃんが幸せなのが嬉しいからっ」


 そしてみんなに動揺が広がる中、亜衣菜があっけらかんとした様子で伝えたことに、さらに何人かの混乱がより一層強まった。

 いや、何人かっつーか、目を開いて一番驚いてるのはこの質問をした張本人の風見さんだった。そして目をパチパチさせているのがうみさんで、太田さんが苦笑いし、佐竹先生は言われた言葉を信じようとするように「ほお」と口元に握った手の人差し指を当てながら考え込んでいる。唯一無反応なのは、この話をすでに知っていたレッピーくらいだった。


「あたし菜月ちゃん大好きだからさっ。あっ、そうだ。見た感じみんなけっこうりんりんのこと好きそうだけど、ダメだよー? 菜月ちゃんの邪魔したらっ」


 だがこの空気の中怯むことない亜衣菜がまた波紋を呼びそうなことを言ってのける。でもその雰囲気は何というか、笑顔なのにちょっと有無を言わせないオーラを発していた。

 そんな圧に当てられてだろう、皆さんちょっと怯んだご様子で、流石有名人だなぁって感じもちょっとした。

 あ、俺は当然ガンスルーですよ?


「なんてねっ。はいっ、じゃあ質問の答えはおっけーかな?」


 そして亜衣菜が笑顔の圧を感じさせつつも、最後にまた無邪気な笑顔を咲かせた後、とりあえずこれでOKかの確認を風見さんに向けて行うと——


「え、あ、はい。……やっ、てかてかそもそもなんでセシルは菜月と知り合ったんすか!?」


 亜衣菜の圧に押し負け納得しかけた直後、デバフが解けたかの如く風見さんから更なる質問が飛び出したのだが——


「はいはーい。あたしも色々気になったけど質問は1回ずつだから1周待ってねー」


 と、今の話の間に元々いた椅子に戻った太田さんが風見さんにストップをかけ。


「次は市原さんの番ねー」

「あ、うみでいいですよー」

「そか。じゃあ、次はうみ!」

「はーい」


 大人しく言うことを聞いた風見さんを横目に、並び順的に次の質問者となるうみさんを指名すると、うみさんと太田さんの間で呼び方云々の会話が展開された。

 いや、しかし下の名前でいいって言われて、すぐに呼び捨てでいけんの、すげぇな……!

 そんなまたしても彼女のMGPに感動しながらも、俺は今度はうみさんがどんな質問をするのか視線を送ると——


「では私は倫ちゃんとレッピーさんにー」

「「へ?」」

「おおっ、すごっ! 超シンクロしてんじゃんっ」


 まさかまさかの俺とレッピーというセットを指名してきたではありませんか。

 その予想外過ぎる発言に、俺とレッピーは声をハモらせ、そんな俺らのリアクションを太田さんが囃し立てたけど……え、なんだ!? 俺とレッピーに聞きたいこと? え、俺らになんか聞きたいこととかどこにあんの!?

 と、なんかちょっと家に帰ってくるまでのあれこれがあったせいで、俺は内心焦りまくる。

 そしてまさか今の状況の中自分の名が呼ばれるとは思ってなかったのだろう、レッピーも久々に声を上げたが抱いていた枕を落として驚いた顔をうみさんに見せていた。

 だが——


「って思ったんですけど、やっぱり夏波さんへの質問に変えまーす」


 俺とレッピーを驚かせるだけ驚かせといて、さらっとその対象を変えると言い出すうみさんに、俺とレッピーはもちろん、流石にこれは予想してなかったのだろう、太田さんも「おお?」と首を傾げた。


「なになにー?」


 でも持ち前のコミュ力で問い直す太田さんの言葉を受け、うみさんは俺らを一回見回してから——


「夏波さんって、倫ちゃんの元カノさんですか?」


 と、いつもの微笑みを浮かべたまま、さらっと俺的に「あー……」なことを聞いてくれて——


「そだよっ」


 それに爽やかに、鮮やかに、軽やかに、太田さんが即答で答えてくれて——


「……はぁ」


 この情報を初めて知った方々から、何故か俺に視線が集まるのだった。

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