第158話 夏と言えばの

「お待たせー」


 俺とだいがみんなが待つはずの女子部屋に入ると、客室側への襖が閉められていた。

 そして絶対に賑やかなはずの部屋なのに、部屋の中からはあまり声が聞こえてこない。


「あれ?」

「どうしたのかしらね?」

「謎だな」


 ぴょんがいるのに静かなんてことはあり得ない。

 あれだけ飲むのを楽しみにしてたのに、まさか、楽しみにしすぎて早々に酔って寝たか?


 いや、入口に並べてあるスリッパは6人分あるし、ゆめとジャックも戻ってきている。

 それなのにもう寝てるとか、ありえないよな。


「とりあえず、開けるか」

「うん」


 考えても分からないからしょうがないので、さっきまでイチャイチャしてたのがバレないように、一度咳払いして普段の自分を意識する。

 そして何となく静かな様子を受け、そっと襖を開けた瞬間。


「わっ!!!」

「ぎゃーーーーー!!」

「うおっ!?」

「えっ!?」

「えっ!? きゃあああ!!!」

「なになになになにっ!?」


 僅かに開けた瞬間、まさかの暗い室内から叫ぶような大きな声と同時に、甲高い絶叫が響き渡った。

 その声に驚いただいが俺に抱き着いてくるが、さらに続いた暗い室内からの絶叫に、俺も正直びびって心臓が止まるかと思ったほどで。

 何が何やら分からないが、とりあえず最後に焦ったような声を上げたのは、あーす、か?


「あーはっはっは! いいね~~ぐっどたいみ~~んぐ」


 そして聞こえてきたジャックの声に、がらっと襖を全開にすると、入口側の明かりに照らされた全員の顔が認識できた。

 というか。


「何やってんだ?」

「へ、変なタイミングで来るなよ!」

「あ~、びっくりした~……」


 薄暗い部屋の中で全力で笑うジャックに、焦った様子でぱっと大和から離れるぴょんに、怯えた様子でゆきむらに抱き着くゆめと、体育座りで縮こまるあーすの姿。

 大和は苦笑いで、ゆきむらは変わらずぽーっとした表情をしていたけど。


「……怪談?」


 そして車座になって座っているみんなの中央に立てられた蝋燭に気づいただいが、怪訝そうな声でみんなに尋ねた。

 びっくりが抜けないのか、まだ俺にくっついたままなのが可愛い。


「そだよ~~」

「ジャック話すのうますぎ~……」

「怖かったですね」

「え、ゆっきーほんとに怖がってるっ!?」

「いやぁ……正直、めっちゃ怖かったわ」

「男のくせにびびってんじゃねー!」


 薄暗い部屋の中からだいの問いに答えるにこにこ顔のジャックに対して、他のみんなはまだ若干恐怖を引きずっているようで……。いや、ゆきむらは分かんないけど。

 しかし、ご丁寧に蝋燭まで用意して、いったいどんな話をしたんだろうか……?


「夏だしね~~。ぴょんの発案で百物語だよ~~」

「まだ3人目だけどなー」


 ジャックを中心に見れば、時計回りにゆきむら、ゆめ、あーす、大和、ぴょんの順番に座っている。

 ということは、ぴょんと大和か、ゆきむらとゆめはもう話し終えた、のかな?


「次はゆっきーの番だよ~~」

「わかりました」

「え、飲むんじゃないのか!?」

「一応飲みながら、ではあるぞ」

「全然進まないけどね~……」


 よく見れば全員近くに缶ビールやら缶チューハイを置いている。

 いや、よくさっきあんなにびびって動いてたのにこぼれたりしなかったな……。


「ゼロやんとなっちゃんも座りなよ~」

「あたしとせんかんはもう話したから、とりあえず全員1回ずつ話してから、普通に飲もーぜ!」

「話したって、ぴょんのは怪談じゃなくただの失敗談だったじゃねーかよ」

「んだよー。怖い思いしたのは一緒じゃねーか!」

「怪談じゃなくて、上り下りする階段の話だったじゃん……」


 いや、何それ逆に気になる。

 ぴょんは何の話したんだろうか……?


「では、次は私が」


 順番的にあーすがラストっぽかったので、その順番を維持できるよう、襖を閉めてから蝋燭の灯りを頼りに進み、俺とだいは少し空いていたあーすとゆめの間に座り、俺があーすの隣、だいがゆめの隣に腰を下ろした。

 浴衣姿のゆめは薄暗くてあまり見えないけど、さすがに今はすっぴんだろう。おでこを出す感じで髪を上げているのが新鮮だなぁ。

 ジャックは……うん、変わらずジャック。小さい身長も合わさって、ちょっとはしゃぐ子どもみたいである。

 二人の浴衣姿もいい感じだけどな。


 あ、しかし冷蔵庫から何か酒取ればよかった。


 だが既にゆきむらが話す雰囲気になってるので、もう今さら立てないか……。


 蝋燭の灯りに照らされたゆきむらは、普段の様子と相まって、少しミステリアスな雰囲気があるというか……いきなり会ったら腰を抜かしそうな感じを漂わせていた。


「怖いというか、不思議だった話なんですけど。これは一昨年、大学3年生の頃の、夏を過ぎた秋頃の話です。この年の4月、妹が高校に入ったタイミングで父の海外赴任が決まり、母がそれについていったので、家に住んでいたのは私と妹の二人だけになっていました」


 ほうほう……不思議体験、か。

 でもこの淡々としたトーン、雰囲気あるなぁ……。


 この手の話が苦手なのか、密かに隣に座るだいが俺の右腕を掴んでくる。

 怖がるだいも、ちょっと可愛いな、とか思ったり。


「あ、もうギルドに入らせて頂いていたので、みなさんと遊んだりと、そんな日々を過ごしてた頃でもありますね」

「え、ゆっきーギルド入った時先生じゃなかったの?」

「あ、はい。職業詐称ですみません」

「わたしも学校司書だから、先生じゃないよ~~」

「え、そーなんだっ」

「むしろ私は、まだ先生じゃありませんし」

「えっ、そうなのっ?」

「そんな細かいことどーでもいいから、話すすめよーぜー」


 今さら感溢れる話だったけど、そうか、あーすは知らなかったか。

 あーすの問いに恐らく何の感情もなく答えたゆきむらに、ジャックも自分の職業をカミングアウト。

 驚くあーすを雑にあしらいつつ、ぴょんが話を戻そうとする。

 

 どんまいあーす。

 

 隣にいるけど顔は見ず、心の中でそう呟く俺。


「はい、では。そんな日々の中のある日でした。あの日は私の授業が午前中で終わり、妹が部活を終えて帰ってくるまでたくさん時間があるなぁと思い、私は勇んで修行に励んでいました」

「修行って……」

「ゆっきーらしいね~」


 ゆきむららしいと言えばゆきむららしいけど、修行というワードに思わず大和が反応。

 ゆきむら慣れした俺たちたちからすれば、もう違和感はないんだけどな。

 大和もそのうち慣れるだろう。


「いつも妹が帰って来るのは19時過ぎなのですが、修行に熱中していた私は時間にも気づかず、気づけばもう外が暗い時間になっていました」


 静寂の中、淡々と語られる言葉に少しずつ室内に緊張が走る。

 意外と話すのうまいな……!


「時計を見れば、18時40分頃だったと思います。慌てて私は家のカーテンを閉め、夕飯の支度をしなきゃと動き出しました」

「ちゃんとご飯作るの、偉いなー」


 ぴょんに同意。

 しかしまぁ、さすがゆきむらか。その気になったゆきむらの集中力はすさまじいものがあるし。


「動き出して数分後だったと思います。夕飯の支度をしている時、家のチャイムが鳴りました。妹は鍵を持っているので、チャイムを押さずに自分で鍵を開けて入ってくるはずだから、お客様かなと思い、私はインターホンを取って「どちらさまですか?」と尋ねました。ですが返事がありません。なので悪戯かなとも思いつつ、確認するべくしょうがなく玄関へ向かいました」


 ピンポンダッシュかー。懐かしい単語だなぁ。

 あ、俺はやったことないけどね!


「すると、玄関へつくまでに、もう1度チャイムが鳴りました。そこで私は思いました。普通の来客ならチャイムは1回だよな、と。だから妹が鍵を忘れたのかと思い、扉越しに「ゆずちゃん?」と声を掛けました」

「ゆずちゃん?」

「あ、妹です。柚姫ゆずきというので」

「可愛い名前だね~~」


 不意に登場した名前に反応しただいに、丁寧にゆきむらが答える。

 柚姫っていうのか、ほうほう。


「それで、声はかけたのですが反応がありません。すると、もう1度チャイムが鳴りました」

「ほほう……」


 何となく寒気がしてくる展開を嫌ってか、ぴょんが声をだす。

 俺の腕を掴むだいにも、少し力が込められたようだ。


「これは悪ふざけだなと思い、もう一度妹の名前を呼びましたが、反応がありません。少し怒った私はお説教もかねて、ドアを開けないことにし、すぐそこにいるであろう妹へ電話して注意しようと、キッチンに置いてあるスマホを取りに戻りました」


 ふむふむ……。

 しかし、この話し方、間の取り方が絶妙だな……!


「私がスマホを取りにいく間に、またチャイムが鳴ります。もういい加減にしなさいと怒ろうと思いつつ、私がキッチンにつくと、私のスマホが鳴り出しました」

「え?」

「着信は妹からでした」

「え?」


 思わず問い返したのが誰か分からなかったが、ゆきむらは言葉を続ける。

 何となく、今みんなゾッとしたのではないだろうか。

 え、ドアの向こうにいるのって……?


「いよいよ懲りたのかと思った私はその電話を取りました。私が電話を取るや、妹がこう言いました。『あ、お姉ちゃん? 今日部活のみんなとご飯行くことになったから、帰り遅くなるね! ごめんね!』と。むむ、と思いつつ耳を澄ますと、電話越しにがやがやと妹以外の声が話しているのが聞こえました」


 え、ってことは、妹はまだ家に来てない、ってことだよな……!?


「私が「ゆずちゃんいまどこにいるの?」と聞くと『大宮駅だよー』と妹が返事をします。その時、またチャイムが鳴りました」

「ひっ」


 変わらない調子のゆきむらの話に、怖がったぴょんが声を漏らす。

 おいおい、お前発案者じゃなかったのかよと、心の中でツッコむ俺。

 いや、正直関係ないこと考えないと、俺も怖いし。


「その音が聞こえたのでしょうね。ゆずちゃんが『あ、お姉ちゃん誰か来たみたいだよー。じゃあ帰る時また連絡するねっ』と言って電話が切られました」


 その状況を想像し、軽く鳥肌が立つ俺。

 もうこうなってはどうしようもないのか、だいはもう俺の腕にしがみついていた。


 あ、だいさんお胸当たってますよ!?


「ドアの向こうにいるのは、妹ではない。じゃあ誰なんだろう? そう思った私は、改めて玄関へ戻りました」

「戻ったのっ!?」

「勇気あるね~~」


 驚くあーすとジャックの言葉を受けても、ゆきむらの様子に変化なし。


「玄関に戻る間に、またチャイムが鳴りました。私は扉越しに「どちらさまですか?」と声をかけました」

「わたしなら無視するよ~……」


 怖がった声で反応するゆめも、どうやら俺にしがみつくだいにしがみついているようで。


「すると、ピンポンピンポンピンポンと、ここまでは一定間隔だったチャイムが連打されたのです」

「こわっ」

「無理無理無理無理!」


 その状況を想像し、いよいよ限界を迎えつつあるようなぴょんとゆめ。

 なんで怖がりなのに、怖い話始めたかなー……。


「さすがの私もこの状況の異常さに気づきました」

「うんうん、無視が一番だよ~……」


 願いを込めるようなゆめの言葉は、きっと恐怖と戦うためのものだろう。


「なので私は、鳴り響くチャイムの中、一言文句を言ってやろうとドアチェーンをかけてドアを開けました」

「なんでっ!?」

「うっそっ!?」

「ダメだよー!」


 そのゆきむらの行動に、最早みんなが絶句。

 いやいや、ありえないだろ!


「少しだけ開いた扉の先には」


 先には!?


「誰もいる様子はありませんでした」

「……え?」

「不思議ですよね」

「……え?」

「いや、不思議っていうか……」


 まさかの結末に、みんな口々に声を漏らす。


「その代わりというか、聞いたことのない声で「ばいばい」って言う声が聞こえた気はします」

「え、何!?」

「こわっ!」

「ホンモノ!?」

「以上、私の不思議体験でした」


 みんなの反応を不思議がるゆきむらの語りが終わり、俺たち全員にちょっとした疲労の色が浮かぶ。

 いやいや、普通開けねーだろ、そこで。

 というか、何だよ「ばいばい」って、誰だよ!?


 終わり方がゆきむららしいというか、ツッコミたくなる終わり方だったせいで恐怖の余韻は少ないが、それでも話の途中はぞくぞくくるものがあった。

 だいなんか、まだ震えて俺にくっついてるしな。


「よかったね~~ゆっきー。チャイム押すだけと「ばいばい」で~~」

「え?」


 ニコニコ顔のジャックにそう言われたゆきむらが、少し不思議そうな顔をする。

 というか、この話聞いて笑えるジャックすごすぎるだろ!

 というか逆にその笑顔が怖いんですけど!?


「ドアノブガチャガチャされたりとか、「ありがとう」とか「ただいま」だったら、入ってきてたかもね~~」

「え、何がですか?」

「やめやめ!! もうやめよーぜ!」


 追い打ちをかけるかのようなジャックの言葉に、俺たちの背筋が凍り付いた瞬間、立ち上がったぴょんが部屋の電気をつけにいって、室内が一気に明るくなった。


「でも、ほんとに変な人の場合もあるから、開けちゃダメだよ~~?」

「あ、そうですよね。気を付けます」


 明るくなった室内に安堵するゆきむらとジャック以外。

 全員がほっと行き着く中、ジャックの注意にゆきむらは少し反省顔だった。


 いや、そんな子どもへの注意喚起のための話じゃなかったんですけど!?


「お盆で戻ってきて、帰りそびれちゃったのかな~~」

「いや、もういいからっ」


 室内が明るくなってなお、そっち方向にもっていこうとするジャックにぴょんが静止をかける。

 うん、間違いなくぴょんが一番怖がってたんだろうな。


 そんなやり取りの間に、明るくなって落ち着いてきたのか、俺にしがみついていただいと、そのだいにしがみついていたゆめもそれぞれ離れていった。


 明るくなったことでみんなの姿もよく見えるようになったが、おでこ全開すっぴんのゆめは普段とは少し違う素朴な可愛さで、改めて元のレベル高さを感じさせた。

 うん、二人がゆめ派っていう気持ちは、分かるな。


「というか、学校の方がいろいろ怖い話あると思うんだけど~~」


 明るく笑いつつ、手元にあるビールを飲むジャックに、疲労の色を浮かべる俺たちは何も言い返せず。

 たしかに夜の学校って雰囲気あるし、想像すると怖いんだろうけど……。日が落ちるのが早い冬の日直で、夕暮れに校内を施錠しに回る時とか誰もいない暗い学校を回るわけだが、仕事だからか平気なんだよなぁ、なんでだろ。


「気を取りなおして! みんな揃ったし飲みなおそーぜ!!」

「おーっ!」


 百物語と考えるとまだ4%しか終わってないはずだけど、蝋燭を消したぴょんが自分の缶ビールを掲げてみんなにそう言ってきた。

 それに応えるあーすやらゆめやら。

 

 まぁ、うん。この流れの方が俺ららしいよね!

 

 まさかいきなりの怪談トークにびびったが、俺とだいも冷蔵庫から缶ビールと缶チューハイをそれぞれ取り出してみんなと乾杯をし、8人揃っての宴会がスタートするのだった。


 とりあえず、しばらくチャイム鳴ったらビビりそうだなぁとか思ったのは秘密だからな!




―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

 今回は完全に閑話回でした。

 怪談は、読むに限ると理解できました……。


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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。

 え、誰?と思った方はぜひご覧ください!

 

 3本目、2020/8/8以降になると思います……!

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