第124話 3年間の想い

「……いやー、やっぱつえー学校はつえーな!」


 試合が終わって、ベンチを空けた俺たちは荷物を置いていたピロティへ移動した。

 移動の途中、応援してくれてた大和やぴょんたちに一言だけ「ありがとな」って言うことができた。

 だいは、一礼したのみ。

 それでもみんなは頷いてくれたから、俺たちの胸中を察してくれているのだろう。


 そしてピロティでみんなで輪になって座り、俺たちは現在試合後のミーティングを行っている。

 とは言っても、俺とだい、赤城以外は全員が下を向き、泣いている。いや、だいもさっきからずっと無言だから、必死に涙を堪えているのだろう。

 この空気の中で泣かずにいつものように軽口を叩いた赤城は、すごいな。


「でも、江戸川東相手に7回までやって1点差だぜ? これもうあたしらが準優勝だろ!」

 

 普段の口調でみんなに声をかける赤城に、黒澤が顔を上げて頷いていた。


「うん……そうだよね……私たちが準優勝だね……っ」


 涙声ながら、黒澤がそう言って赤城に笑って見せる。

 その表情は、来るものがあった。


「ほんと……いいチームだったね……っ」


 次いで佐々岡さんも顔を上げる。

 これで終わり、引退と分かってなお先輩としての姿を示そうとする3年たちに、胸が詰まる。


「いやー、でもほんと、優子となつみはすげーよ! 大活躍だったじゃん!」


 赤城に名前を呼ばれた柴田の顔が上がるも、赤城の顔を見た柴田の目には大粒の涙。

 真田さんは、まだしばらく顔を上げられそうになさそうだ。


「あたし4番なのにノーヒットだぜ? いやー、あたしが打ってれば勝てたのに、ごめんな! 頑張ってそらが投げてくれたのに、あたしのせいだわっ!」

「そんなこと、ないです……っ! 私が打たれたから……っ!」

「お前らはよく戦った! 勝てなかったのは俺の采配のせいだ」

 

 強がる赤城の言葉に、顔を上げた市原も大粒の涙。

 誰のせいで負けたとか、そんな話題になりそうなのに耐えきれず、俺は赤城たちの言葉を遮った。

 勝てば選手のおかげ。負ければ監督のせい。

 敗戦の責は俺にある。

 ゲームならいくらでも再戦できるし、俺は今後も顧問としてまた別なメンバーを率いて大会に出ることもあるだろう。


 だが、高校生たちにまた今度はない。


 だから、敗北の責任を感じればそれは一生残ることになる。

 個人の思いまでどうこうできるわけではないが、監督として責任が俺にあると言うことで、少しでもみんなの心の負担を減らすことができれば、そう思った。


「違います! 私が大人しく引き下がっていればよかったんですっ!!」

 

 だが、俺の言葉を打ち消すように、ずっと下を向いていた真田さんが大きな声を出した。

 それは悲痛な叫び。そう表現するのが適切だったかもしれない。


「私が……っ! 私が怪我なんてしなかったら……っ!!」

「違うわ」

「え?」


 だが、その真田さんの言葉を遮る声が、俺の隣から発せられた。


「優子がどこか痛めたのを、6回裏の守備の前に私は気づいていた。その段階でそれを北条先生に伝えて、守備につく前に代えるべきだった。代えるべきだったのに、3年間頑張ってきたあなたを下げる交代させることができなかった。最後までグラウンドに立つ姿を見たかった」


 だいの顔を見る真田さんの目には、大粒の涙。


「私の判断が甘かった。これは私の責任よ」


 凛とした声は、力強かった。

 そして真田さんを見るだいの表情は、いつも通りの真顔。

 でも、俺には分かった。この表情は強がりだ。

 触れれば今にも決壊してしまいそうな涙腺を堪える、そんな状態。

 肩、震えてるしな。


 でも、お前の言ってることは違うぞ。


「ちげーよ。交代を決めたのは監督だ。代えるも代えないも、俺の決断だ。お前のせいじゃない。俺の責任だ」

「いいえ! 私が交代させるべきって言うべきだったわ!」

「いや、俺だって――」

「――ああもう、誰のせいとかどうでもいいよ!! あたしたちは負けた! あたしたちより相手が強かった! それでいいじゃんっ!」


 不毛にも言い合いになりかけた俺とだいを、立ち上がった赤城が遮る。

 そして全員の視線が、赤城に集まった。


「あたし、最後の大会をみんなと出れてよかった。すっげー楽しかった!」


 そう言った赤城は、笑っていた。


「倫、最後に優子と一緒に大会出たいって言ったあたしのわがまま聞いてくれてありがとう。里見先生も、うちらみたいなちゃらんぽらんな学校と組んでくれてありがとう。そらも、なつみも、りおも、じゅりあも、まなかも、みなみも、なおも、あやかも、あたしみたいなキャプテンについてきてくれてありがとう」


 一人ずつの名前を呼んで感謝を告げるその姿は、俺のイメージする赤城とはかけ離れていた。


「んで、優子。やっぱりあたしは優子と大会出れてよかった。最後負けて終わっちゃうのは寂しいけどさ、それでも一緒に大会出れて嬉しかった。ありがと! あかりも、中学からの付き合いでソフト部に誘ったけど、最後までついてきてくれて嬉しかった。あかりがタイムリー打ったのとか、あたし一生忘れない。3年間ほんとありがと!」


 その笑顔は、キラキラと眩しかった。


「色んな事があったけどさ、今日の試合も含めて、あたしの3年間は、ほんとに楽しかったっ!!」


 赤城の言葉に全員が涙する。


 監督として俺がまとめなきゃいけないはずなのに、完全に持っていかれた。

 でも、俺も今何も言えない。

 ああくそ、目から汗が止まんねぇよ!


 もうこのメンバーで大会に出れないのは悲しいけれど、これが高校生の部活なのだ。

 ゲームとは違う。やり直しはない。

 

 だからこそ、美しい。

 

 こいつらが部員でほんとによかった。

 俺は心の奥底から、そう思った。




「想いは受け取ったか?」

「うん。ばっちし。あたしもすず先輩みたいなカッコいい先輩にならないと」


 ミーティングにもならないミーティングを終えて、各々がそれぞれの思いを胸に余韻に浸る中、俺は一人で座っていた市原の隣に腰を下ろした。

 だいはだいで月見ヶ丘の2年生たちと話しているみたいだ。

 んで、3年たち4人は少し離れたところで集まって話してる。

 項垂うなだれる赤城の背中を他の3人がさすってるから、きっとようやく赤城も泣けたのだろう。


 涙を見せずにキャプテンとして最後まで赤城らしく振舞ってくれたあいつには、感謝しかない。

 ほんと、立派なやつだったな。


「倫ちゃんが監督でほんとによかったよ」

「え?」

「何回も倫ちゃんの声に助けられた。ずっと本気で投げてるのに、本気出せとか言われた時はこの人何言ってんだろうって思ったけど、でも、おかげで力が沸いてきたんだ。6回のホームラン打たれた時も、倫ちゃんが声かけてくれなかったら私もっと打たれてたと思う。ありがとね?」


 涙はもう止まっているが、泣きはらした目で笑うこいつに、思わず一瞬ドキッとした。

 別に、変な意味ではないからな!


「秋の大会も、月見ヶ丘と出たい」

「そうだな。でも、うちはこれで4人になって、向こうは3人だから、俺らだけじゃ足りないぞ?」

「月見ヶ丘って、元々は入部してた1年生がいるんだよね?」

「ん? ああ、たしかそうだな」

「たぶん、その中に私の中学の後輩がいるはずだから、ちょっと戻らないか聞いてみるよ」

「あ、そうなの?」

「うん。中学時代、1個下の学年だったけど私とバッテリー組んでた子」

「え、それって相当上手いんじゃ……?」

「そうだね。実力だけだったら、すず先輩級だと思う」

「マジか」

「でもちょっと癖のある子だから、私から話してみる」

「じゃあ、それは頼んだわ」

「うん。秋こそは都大会に出てやるんだから」

「おう。頑張ろうぜ!」


 そう言って俺は市原新キャプテンと拳を合わせる。

 こいつならきっと、赤城のようにチームを引っ張る存在になってくれる、そんな気がした。




「お疲れさん」


 1年たちとも言葉を交わした後、月見ヶ丘の3年二人がだいと話しに行ったので、俺は赤城と黒澤のいる方に近づき、二人の間に腰を下ろした。

 赤城も黒澤も、泣きはらして目が充血している。去年の大会も負けて泣いてたけど、その時の比じゃないくらい今日は泣いたみたいだな。


「ん、ありがと」

「倫ちゃんも監督お疲れ様」

「俺は座って見てただけさ」


 既に涙は止まってるみたいだけど、まだちょっとしんみりムードだな。


「あたしさ、最初倫のこと嫌いだったんだよねー」

「え、それ今言う?」

「今だから言うんだろ」


 突然のカミングアウトに驚いた俺の顔を見て、赤城と黒澤は笑っていた。


練商練馬商業の監督が来るって聞いてたから、それなりのチームの監督だなーって思ってたらさ、なんかへらへらした奴だったし」

「そだねー。私もちゃんと部活見てくれるのか、最初疑問だったなぁ」

「え? 黒澤までそんな風に思ってたのかよっ」

「だから最初は嫌ってた。今だから言うけど、ごめん」

「今さらいいって」

「うん、ありがと。でも、何だかんだ倫は部活ちゃんと来てくれたし、大和からも倫が仕事溜まってるのに、残業してでも部活来てくれてるって話聞いて、少しずつ信頼していいかなって思ったんだ」


 確かにこんな話は今しかできないだろう。しんみりきてる空気だからこその会話だし。

 でも、面と向かって言われると恥ずかしいな。


「倫さ、昔言ってたじゃん? 楽すると楽しいは違うって」

「ん? ああ、言ったな」


 それは、赤城が新キャプテンになった時に言った言葉。

 去年の3年が抜けて部員が3人になり、秋の大会も負けて春まで長いシーズンオフに入った時に言った言葉だ。

 だらだらとしまらない練習にイラっとした時、俺は赤城たちにそう言った。


「漢字は一緒だけど、楽をしてたら本当の意味で楽しめないぞって言われて、最初はいまいち意味分かってなかったけど、今なら分かる気がする。練習の空気は緩いくせに、倫けっこうノックとかスパルタだったじゃん? 雨の日の中練もえぐいメニュー渡してくるし」

「ほんと、私も何回痣できたかわかんないなー」

「え、ご、ごめん」

「いや、謝ることじゃないって。その練習についてったから、今あたしは3年間楽しかったんだなって思うんだよ」

「うん。私も、頑張ったから、楽をしようとしなかったから、3年間楽しかった」

「……そうか」

「ありがとな、倫」

「ありがと、倫ちゃん」

「うん……」


 何となく、こいつらの言いたいことが伝わってきた。

 1年の頃は知らないけれど、ほんと3年間頑張ってきたのが、痛いほどに伝わる。

 伝わってしまうからこそ。


「……ごめん……っ」

「え、おいっ、なんで倫が泣くんだ……よっ!」

「え、待って……それは……ずるい……っ」

「お前らともっと試合したかったなぁ……っ!」


 その言葉と共に、堰を切ったように再び俺の涙腺が決壊する。

 年を取るとな、涙もろくって駄目だな……!


「やめろって……っ」

「ああもう……っ」


 誰かが泣くと、つられて他の奴らも泣くってのはよくあることだけど、まさか俺が最初の一人になるなんて思わなかった。

 涙の切り込み隊長となった俺に、赤城と黒澤が顔を押し当てて抱き着いてくる。


 その後しばらく、その状態が続いた。

 空は相変わらず雲一つない快晴で、夏の暑さを伝えてくる。

 俺のユニフォームがやたらと濡れているのは、今日が暑くてたくさん汗をかいたから。

 うん、きっとそうなのだ。

 

「あたし、倫のこと大好きだぞっ」

「私もっ」

「俺もお前らのこと好きだよばーか」

 

 ありがとうは、こっちの台詞だからな。

 3年間、ほんとお疲れ様。

 

 こうして赤城と黒澤たちと挑んだ公立校最後の大会は幕を下ろすのだった。



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以下作者の声です。

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 市原の乱を含んだ大会編はこれにて一度終幕です。

 次話から第3回オフに始まる新章に入ります!


お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉が一度区切りとなりました。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!

 7月の昇任試験が終わりましたら、Next episodeを始める予定です。

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