第120話 打倒強豪校
7月26日日曜日。午前7時半。
スマホのアラームが鳴り響き、俺は目を覚ました。
「……おはよぅ」
「おはよ」
隣で眠るだいも俺とほぼ同時に起きたようで、眠そうな可愛い声が耳に届く。
その声に思わず頬が緩むのは、許せ。
ちなみに俺は寝起きはいい方なので、起きた瞬間から割と普通に話せる。
でもだいは、この前の朝からも分かるように、寝起きはそこまで強くないんだろうな。
今日の集合は午前11時にしたのでもう少し寝ることもできるのだが、万が一にも寝過ごすことはできないので、この時間に起きたって感じだ。
「……ねぇ」
「ん?」
「ぎゅーして起こして?」
「お、おう」
先に上体を起こし、だいの髪を撫でていた俺に届けられる可愛すぎる要求。
やばい、今日は決戦の日なのに、朝から甘々で、いいんでしょうか……!
でも、この可愛さを前に断る強さなど俺にはない。
求められるがままにだいの身体を抱きしめながら、俺は彼女の身体を起こしてあげた。
「ふふ~ん……」
起こしてやったというのに、こいつときたら上機嫌に俺の肩に顎を乗せてくっついてくる。
ほんと、昨日の試合中の凛々しさはどこへやら。
でもまぁ、朝から幸せだよばーか。
その後数分ほどだいはにゃんこよろしく尻尾ピーン状態を続けてご機嫌モードで俺にくっつき、なかなか離れてくれなかった。
ほんと、ごちそうさまです。
でも数分後、頭が起き始めたのか、何やら急に恥ずかしそうになるとともに俺から離れていった。
そして先に朝の準備に行ってしまう。
その姿に俺は苦笑いだったが、とりあえず俺も、準備するか。
同日9時30分。
「よし、じゃあ行くか」
「うん。行こ」
朝食を食べ、だいが作ってくれた弁当を持ち、俺もだいも昨日と同じくすぐ着替えられる恰好で出発する。
お互いのバッグの中には、それぞれのユニフォーム。
今日勝てば来週の土曜には都大会出場決定校による東東京1位をかけた試合もある。
まだこのユニフォームを着て戦うために、今日は負けられない。
昨日同様今日も空にはほとんど雲はなく、朝から日差しが照り付ける。
清々しいほどの日差しが、俺たちに勝てと言ってくるような、そんな気がして。
だいと並んで高円寺駅へ向かう道すがら、俺は一人拳を握りしめていた。
「あ、見て」
「ん?」
昨日と同じく総武線に揺られながら、隣に座るだいが俺にスマホの画面を見せてくる。
山村愛理>Teachers『がんばれよ!』9:36
平沢夢華>Teachers『戦勝祝いオフにしようね~』9:42
神宮寺優姫>Teachers『応援がんばります』9:43
Talkのグループに送られてきていたみんなのメッセージにだいは嬉しそうな顔を浮かべていた。
俺のスマホにも同じ通知がきてるんだろうけど、こうやって応援してもらえるのはほんとありがたい。
なんというか、励みになる。
池田しずる>Teachers『あたしはいけないけど、頑張ってねーーーー』9:51
里見菜月>Teachers『みんなありがとう。頑張るね』9:52
画面を見ていると、ジャックからも応援のメッセージがきた。
返信はだいだけど、俺も見てるから、気持ちは返信したつもりだぞ。
「いい気分で、オフ会にしたいわね」
「もちろん。あいつらなら勝ってくれるさ」
みんなの声援を受け、今日の試合展開を話し合う俺とだいを乗せた電車は、1駅ずつだが確実に、俺たちを会場へと近づけていった。
同日11時15分、江戸川東高校のピロティにて。
「よし。今日も元気そうだな」
「あったりまえだろー?」
全員が集合10分前には集合完了。そして着替えを終えた状態で、俺は一度全員を集合させた。
輪になった部員たちの顔色を確認した俺に、いつも通りのように赤城の軽口が返ってくる。
でもやっぱ、少しだけ赤城も緊張してるようには見えるんだけど。
そう思っていたら。
「江戸川東と戦えるなんて、嬉しいねー」
「え、あかり先輩、相手強いとこなのに嬉しいんですか?」
「だって、優勝するためにはいつかは倒さないといけない相手でしょ? 強いとこと試合するの、りおはワクワクしない?」
「あ、そ、そうですよねっ」
意外や意外。聞き返されてびっくりしてる木本同様、意外にも強気な黒澤の言葉に他の部員も驚いていた。
今日の試合は勝たないと引退が決まる試合だから、正直江戸川東以外と当たりたかったのが俺の本音。
だが、黒澤の言葉でチーム内にいい感じの雰囲気が生まれ始める。
「今日勝てば、私たち東東京1位も見えてきますよね!」
「うん、そうね。愛花の言う通りだわ」
「昨日から優子絶好調だし、今日も暴れてやろうぜー」
「私が打ったらすずも打ってね?」
「あったりまえだろ!」
3年生を中心に、全体の雰囲気がよくなってくる。
大人っぽい佐々岡さんの言葉を皮切りに、赤城が隣に立つ真田さんと肩を組んで今日の活躍を誓い出す。
緊張を感じさせない3年生を見て、後輩たちの表情も柔らかくなっていく。
すごいな。今日負けたら終わりとか、そんな空気は全く感じない。
ほんと、成長したなぁ。
「そらも、今日は頼むぞ」
「うん。すず先輩たちのためにも、今日は私が頑張る!」
「ああ、その意気だ」
「倫ちゃんを優勝監督にもしてあげないとだしね!」
俺の言葉に答えた市原の表情も明るい。
3年の様子に、市原にもやる気スイッチが入ったようだ。
「じゃ、今日のオーダー言うぞ。1番センター柴田」
「はーい」
「2番セカンド佐々岡」
「はい!」
「3番ショート真田」
「はいっ!」
「4番キャッチャー赤城」
「よっしゃ!」
「5番サード黒澤」
「はい」
「6番ファースト飯田」
「はいっ」
「7番ピッチャー市原」
「はぁい」
「8番レフト萩原」
「は~い」
「9番ライト木本」
「は、はい!」
「じゃ、11時45分から全体アップ開始な。それまでに試合前に何か食べておきたい奴は今のうちに食って、先に身体動かしたいやつはやってていいぞー」
俺がそう指示を出して、各自それぞれが動き出す。
エネルギー補給用のゼリー飲料を咥えた赤城は3年生+市原で今やってる別チームの試合を見に行ったし、うちの1年ズはマイペースにもスマホで何かを見ながらおにぎりを食べている。月見ヶ丘の2年生ズも、まずは昼食って感じだな。
うん、変な気負いもなくなったし、ここまでの空気は上々。
俺の役目の第一段階は、成功って感じだな。
俺より黒澤の言葉がでかかったけど。
「とりあえず、私たちもお昼にする?」
なんとなく一段落した気持ちになっていた俺に、だいがそう提案してくれた。
そうだった。俺には今日もだいのお手製弁当があったんだった。
「そうだな。今食わないと食う時間なくなるしな」
「うん」
せっかく作ってもらったんだし、食べないという選択肢はない。
昨日と同じように俺とだいは各々の時間を過ごす部員たちから少し離れて、だいが作ってくれたお弁当を食べ始めるのだった。
「よっ!」
「お、もう来たのか。さんきゅ!」
「田村先生、今日もありがとうございます」
「いえいえ! 昨日の試合観戦楽しかったし、強豪校を破るところ、俺もみたいんで!」
大和がやってきたのは、11時30分くらいだった。
試合開始は13時って言ったのにもう来るとは、ちょっと気が早いなこいつ。
「鈴奈たちは?」
「今やってるとこの試合見に行ってるよ」
「おっけ、じゃあ顔見せてくるわ」
俺らとの会話もそこそこに、大和がグラウンドの方に向かって行く。
いやぁ、あいつはほんと生徒想いだな。
「ほんと、いい先生ね」
「なぁ。顔もカッコいいし、あれで彼女いないんだから不思議だよ」
「あ、そうなんだ」
「やっぱ黒すぎるからかなぁ」
「うーん、それは好みによるんじゃない? たしかにちょっと、日焼けしすぎな気はするけど……」
「水泳部の顧問ってのは、大変だよな」
「うちの学校の水泳部の先生は、もう少し白いけど」
「あいつは日焼け止めとか気にしないみたいだし、そこらへんかも?」
「やっぱりそうだよね。感覚的にはぴょんと一緒なのかな?」
「あー、たしかにぴょんもけっこう日焼けしてるもんなー。でも、ぴょんは常識の範囲内の日焼けだけど、大和はもはや焦げてるってレベルじゃん?」
「焦げてるって、失礼でしょ」
そう言って笑ってるお前も同罪だと思うんだけど?
でもぴょんと同じく屋外部活なのに、だいはそんな日焼け感を感じないんだよなー。そりゃゆめとかゆきむらよりは白くないけど、日焼け止めとか、頑張ってるんだろうな。
そんな風に今日の試合後に会う予定のギルドの仲間たちのことを考えていると。
「よっ!」
大和と同じ声のかけ方で、噂していた人物たちが登場した。
「やっほ~。うわ、だいのユニフォーム姿、新鮮で可愛い……」
「おはようございます。ゼロさんもユニフォーム、お似合いですね」
「しかしほんとに合同チームやってんだなー。ウケるっ」
こいつらにも13時試合開始だって言ったのに、大和同様我がギルドの仲間たちが早くも登場。
それぞれに声をかけてきたけど、ゆめの視線はたぶん、だいの胸あたりを見ている気はした。
白地のTシャツに膝上くらいの丈の黄色のショートパンツをはき、スポーツメーカーのキャップをかぶったぴょんに、ピンクのフレアスカートにノースリーブの黒ブラウスを合わせおしゃれなハットをかぶったゆめ。そして青のTシャツにベージュのワイドパンツを合わせたゆきむら。
完全に私服で現れた謎の女性3人に、少し離れたところにいる部員たちが不思議そうな顔をしているのが見えた。
「え、まだけっこう開始まで時間あるけど、早くないか?」
「というか、その呼び方はやめてね……」
俺が言葉を返す中、だいが食い気味に3人にそう言った。
そういえばあまりに自然に呼ばれたから何も思わなかったけど、だいの言う通りである。
「えーじゃあなんて呼べばいいんだ?」
「同業者なんだし、北条先生と里見先生でいいわよ」
「私、同業者じゃないんですけど……」
「ゆっきーは相変わらずだよね~。あんまり細かく気にしなくてもいいんじゃな~い?」
「あ、そうですか……」
だいの提案にゆきむらが相変わらずのぽーっとした無表情でボケてくる。
いや、本人からしたらボケじゃないんだろうけど、天然だし。
「しょうがねぇなー。じゃあここではそれで呼んでやるよ」
「なんで上から目線なんだよお前は……」
「細かいこと気にしてっとイケメンが台無しだぞー?」
「生徒たちも近くにいんだから、変なこと言うのはやめてくれ……!」
「ほんと、ゼ……北条先生は周りに女の子ばっかですなぁ~」
「女子部なんだから当たり前だろ……って、今日は俺の同僚も見に来てるから、女だけってわけじゃないぞ」
「あ、そーなん? イケメン?」
「顔は、俺はカッコいいと思うけど」
「ほ~ほ~。じゃあその人と一緒に応援しよっか~」
「このあとせんかんさんも合流するのでは?」
「あ、そうそう。よく考えたらせんかんと合流する方法話すの忘れたんだよなー」
「あ、たしかに~。でも、応援してる女3人組で気づいてくれるんじゃない~?」
会う前からぞんざいな扱いのせんかん、可哀想。
でもこれがこいつらだからな。頑張れよせんかん!
俺がいくまで持ちこたえるんだぞ!
「倫ちゃーん、そろそろ時間だよー」
っと、こいつらと話してる間に既に時間は11時45分になっていた。
離れたところから声をかけてくれた柴田の声で、俺はアップ開始の指示を出していたことを思い出す。
「倫ちゃんってっ」
「可愛い呼ばれ方ですね」
「わたしも倫ちゃんって呼ぼっかな~」
「冷やかすなお前ら……!」
俺の呼ばれ方を楽しそうに笑うこいつらへのヘイトを抑えつつ、俺はやるべき行動へと移行する。
「これから試合前のアップだから、またあとでね」
「おう、頑張れよ!」
「試合開始前なら話せるかなと思ってきたけど、話せてよかった~」
「応援してます」
「おう、ありがとな」
さすがに炎天下でずっと待つのは嫌だとゆめが言ったらしく、試合開始までは学校近くに会った喫茶店で涼むということで、ぴょんたち3人組はいったん校外に出て行った。
そして3人と別れた俺とだいはアップ会場であるグラウンドの端の方へ移動する。
「今の人たち、誰~?」
アップ会場へ向かう途中、柴田が不思議そうな顔で尋ねてきた。
萩原も木本も、月見ヶ丘のメンバーも同じことを思ってそうな顔である。
「友達」
「えー、女の人だけだったじゃん」
「俺を何だと思ってんの?」
「えー、だって里見先生が彼女なのに、女の人呼ぶー?」
「わ、私の友達でもあるの」
「……ほほう」
「あの人たちもどっかの先生なの?」
「そうだぞ。先生仲間だ」
「ふーん」
俺とだいの共通の友達という情報から、萩原だけは何かを察したような顔をしていたが、どうやら柴田たちは騙せたようだな。
いや、まぁ騙す必要があるわけでもないんだけど、だいがゲーマーだってのはまだ大々的には広まってないみたいだし、とりあえず今はこれでいい。
「さ、本番に向けて、しっかり準備してくぞっ」
「はーい」
既にアップ会場についていた赤城たちと合流し、俺たちは試合前のアップを開始する。
広くないアップ会場の対角線上では、既に江戸川東がキャッチボールを始めていた。
キャッチボールの声出しも揃っているし、強豪校感がひしひしと伝わる。
だが、もう戦うしかないのだ。
応援に来てくれてるみんなのためにも、何より3年たちがまだ部活を続けるためにも、この試合、絶対勝つぞ……!
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以下
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試合開始と見せかけてまだ戦ってないというタイトル詐欺です(笑)
明日の更新よりいよいよ強豪校との戦いが始まります。
そしてその試合が終われば第3回オフ会に進みます。
自分で言うのも何ですが、この試合パートはかなり気合いれたつもりです。
オンライムゲーム? 何それ青春しようぜ! 的な内容になったおりますが、お楽しみいただければ幸いです。
お知らせ(再掲)
本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉が一度区切りとなりました。
気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!
7月の前半にはNext episodeを始める予定です。
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