第118話 予選リーグ第2試合

「ナイスゲームだったな」

「ま、予定通りっしょ!」


 着替えやらの荷物を置いているピロティまで戻り、俺たちは日陰エリアで試合後のミーティングを行っていた。

 初戦を物にした部員たちの表情は皆明るい。

 試合時間も長くなかったし、そこまで疲れてなさそうかな。


「赤城さんは初回のタイムでなんて声かけたの?」


 あ、それは俺も気になってたんだった!

 1番バッターにヒット性の当たりを打たれた直後、赤城が取ったタイムで、柴田は完全復活してたし。

 どんな魔法を使ったんだ?


「え、不安そうだったから、『そんな顔してると可愛い顔が台無しだぞ』って言っただけだよ!」


 屈託のない笑みで答えた赤城の言葉に、俺とだいは苦笑い。

 そんな言葉は、俺らには言えない。

 というか、そんな言葉でいいんかい。


「ホストかよ……」

「ま、でも実際なつみ復活したじゃん?」

「そうだけどさ……。まぁ…結果オーライか」


 話題にされてる柴田は、ちょっと恥ずかしそうにしていた。

 まぁたしかに、赤城はみんなに好かれてるからな……。


「夏美は、次も投げれるか?」

「余裕だよー」

「じゃあ、次もオーダーは今の試合と同じで。次まで1試合分空くから、軽くなんか食うなら早めに食っとけよー」

「「「はーい」」」


 試合の改善点を簡単に伝えたし、今の試合運びは悪くなかったら、ぜひとも次もこの調子でいってもらいたい。

 特に今日は真田さんが絶好調のようで、さっきの試合は4打数4安打5打点の大暴れだった。

 ほんと、3年生は頼もしいな。

 



 部員同士で楽しそうに昼食を食べだしたので、その空気を大事にしたいと思った俺とだいは少しだけ離れて昼食を取ることにした。

 ちなみにありがたいことに昼食はだいが作ってくれたお弁当だ。

 仕事中なのにだいの手料理を頂けるとは、ほんとにありがとうございます。


「次の試合怖いのは1,3,4番くらいか?」

「そうね。はい、お茶」

「ん、ありがと」


 墨田&板橋北と試合していた神田高校の選手たちを思い出しながら、俺はだいが握ってくれたおにぎりを頬張る。

 相槌をうちながらも水筒からお茶を渡してくれるあたり、ほんともう、好きです。

 あー、お茶がうま――


「おーおー、仕事中のくせにイチャイチャしてんのな!」


 ごほっ!


 完全に油断していた俺にかけられた言葉に、俺は思わずむせ返った。

 だいは「何やってるのよ」と呆れた声をしながら、俺の背中をさすってくれる。


「いやー、強いんだな!」

「けほっ……あれは、相手が強くなかったからだよ」

「それは見てても思ったけど、いやぁ、でもいいね、チームスポーツ! 鈴奈がハグしに行ったのとか、いやぁびっくりしちゃったわ」

「それは俺もびっくりしたよ」

「え? 倫の指示じゃないの?」

「あんな指示思いつくわけねーだろ。あれは鈴奈の現場判断だよ」

「あ、そうなんだ。すげえな鈴奈」


 声をかけてきたのはもちろん大和。

 呼吸を落ち着かせてから俺は呆れた気持ちで言葉を返したのが、俺の言ったことに今度は大和が驚きの表情を見せていた。


 でもほんと、あの柴田の落ち着かせ方は赤城にしかできない芸当だろう。


 え、俺がやったら? それ逮捕ですよ?


「でもやっぱ、うちの学年の奴らが活躍してんのは嬉しいねぇ」

「そうだろな」

「里見先生は、誰か担任してる子部員にいるんですか?」

「え? あ、私は彩香の……11番の子の担任です」

「あ、そうなんだ」

「いや、お前も知らなかったのかよ」


 だいが言った彩香は、1試合目はベンチだった南川さん。

 合計11人のこのチームの背番号一桁レギュラーはさっき試合に出してたメンバーで、月見ヶ丘の初心者スタートだった2年生二人を背番号二桁ベンチにさせてもらっているのだ。

 しかしそうか、だいはあの子の担任だったのか。


「10番と11番の子は試合に使わないのか?」

「公式戦は勝利が目的なので」


 うーん、と迷った俺より早く、だいはそう答えていた。

 だいの方からそう言ってくれると、正直ありがたい。


「勝てるな、って確信ができたら、代打とかで出すかな」


 だいの言葉を聞けたからこそのフォローの言葉。

 実際さっきの試合も、出そうと思えば出せる場面はあったのだが、サヨナラコールドが見えたため、だいに交代は止められたのだ。


「じゃ、次もワンサイドにしないとな」

「そうできれば一番だな」

「次も頑張れよ」

「さんきゅ」

「ありがとうございます」

「いえいえ。じゃ、二人の時間邪魔して悪かったな! 俺は鈴奈たちに飲み物買ってくるから」


 そう言って大和はさっさとどこかへ行ってしまう。

 その行動はまるでパパだな。あ、変な意味でなくね。


 しかし二人の時間って……いや、間違ってはないんだけどさ。


「田村先生、いい人だね」

「まぁうん。今の職場では一番仲良い奴だとは思う」

「応援に応えないとね」

「そうだな」


 次の試合も勝つ。できれば楽な展開で、ベンチの子たちも試合に出せるような展開が理想。

 そのためのプランをだいと考えつつ、だいのお手製弁当を食べ終えた俺たちは、次の試合への準備に移るのだった。




 そして14時10分。


「双方礼っ!!」

「「「おねがいしまーっす!」」」

「「「おねがいしまーっす!」」」


 本日2試合目。対神田高校との試合が始まる。

 この試合も俺たちが後攻。先攻後攻を決めるじゃんけんは向こうが勝ったんだけど、先攻を取ったってことは、俺らを格上と見てるって証拠だな。

 でも、油断はできない。


 この試合も先発のマウンドには柴田。

 だが1試合目と違って、その顔は自信に満ちている。

 あの顔してるなら、大丈夫だろう。


 その予感通り、1,2番を打ち取ったあと、3番バッターにヒットは許したが、4番を無事に打ち取り1回の表を0に抑えた。


「ナイスピッチ!」

 

 みんなからの誉め言葉に、柴田もご満悦の表情だ。


 そして1回裏の攻撃。こちらも1,2番が倒れるも、3番の真田さんがこの日5打席連続となるヒットを放ち、盗塁を決め2アウト2塁。

 バッターにはうちの野生児赤城。先制点、頼むぞ!


 その願いが通じたか。


 カキィィィン!!

 

 2ストライクと追い込まれた赤城が、見逃せばボールとなる高めの釣り球を捉えた。

 そしてボールはもはや美しいとも言える打球音を奏で、右中間を真っ二つに破っていく。


「すず先輩はしれー!」


 まずは真田さんが悠々とホームに帰ってきて1点先制。

 さらにボールに追いついた外野からの返球が内野の中継に届いた時、赤城はサードベースを回っていた。

 間に合うか!?


スライスライディング! スライ!」


 ベンチからの声を受け、返球が来る方向からなるべく遠ざかるようにスライディングをした赤城の手が、キャッチャーのタッチよりも先にホームベースに触れる。


「セーフッ!!」


 両手を広げる審判のジェスチャーに、俺たちは大歓喜。


「やったー!!」

「どうだー!!」


 飛び跳ねて喜ぶ部員たちに、赤城は最高の笑顔でガッツポーズを決めてくれた。

 いやぁ、やっぱ頼りになるなこいつ!


「完璧だったな!」

「おうよ! 任せとけ!」

「ナイスバッティング」

「へへ、まぁね!」


 俺とだいも赤城とハイタッチを交わし、うちのチームは一気に盛り上がる。

 うん、良い流れの先制点だ。


 この試合も、もらったかな!

 

 そんな期待通り、2回表に柴田はランナーは出したものの相手の攻撃を0点に抑え、逆に俺たちは2回裏に萩原のタイムリーで1点を追加した。


 8番バッターとはいえ萩原だって経験者なのだ。甘いボールは逃さない。

 9人中8人が経験者のこのチームの打線は、相手からすれば脅威だろう。たった一人の初心者スタートの黒澤も、今では経験者にしか見えないレベルだし。


 そして3回表。9番バッターをフォアボールで出塁させた柴田は、続く1番バッターにヒットを打たれノーアウト1,2塁。

 続く2番がバントを決めて1アウト2,3塁。ここでバッターはさっき打たれた3番バッター。

 

 柴田はちょっと嫌そうな顔をしている。

 うーん、どうすっかな。


「市原さん、投げたそうな顔してるわよ」

「え?」


 ライトを守る市原の表情は、普通通りにしか見えないんだけど。

 だいには何が見えてるんだ……!?


「代えましょう」

「わ、わかった。タイムお願いします!」


 俺の声に、柴田はちょっとだけほっとしたような顔を浮かべていた。


「守備位置の変更お願いします。ライトがピッチャー、ピッチャーがセンター、センターがライトで」


 主審にポジションの交代を告げ、満を持してマウンドに市原が上がる。


「そら先輩、あとおねがいします!」

「おっけい! まっかせとけ!」


 マウンドで市原にボールを手渡す柴田。

 そのまま柴田はセンターに移動し、センターの木本がライトに移動する。


 センターに移動した柴田は降板したにも関わらず、楽しそうに萩原と木本と声をかけあっていた。

 これで外野はうちの1年トリオなわけだな。


「そら、楽にいけよー」

「はいっ」


 赤城の声を受け、今日も今日とて軽い投球練習で済ませる市原。

 そういう意味の楽にいけよじゃないんだけど。

 まぁ、こいつのルーティーンなんだろうな。


「やっぱりあの子は、マウンドが似合うわね」

「あー、そうだなぁ」


 マウンドに立つ美少女エース。柴田もマウンドはけっこう似合うのだが、やはりまだまだ市原には及ばない。

 やはりマウンドにはこいつがいる方が、チーム全体もしっくりくる。

 投球練習を終えて守備陣に笑顔で声をかける市原の姿は、頼もしかった。


 そして。


「おおう、全開か」

「ほんと、相手の子可哀想」


 柴田も決して悪いピッチャーではないが、やはり中学時代に東京都のトップクラスだったピッチャーである市原は、格が違う。

 初球に市原が投じたストレートで、チャンスを作ったはずの相手ベンチの盛り上がりが消えた。


 そして。


「バッターアウツッ!」

「バッターアウツッ!」


「ナイスピッチー!!」

 

 見事に相手の3,4番を三振で切って取り、俺たちはピンチを切り抜ける。

 ベンチに戻ってくる選手たちは皆笑顔で市原を称えていた。


「そら先輩さすがですっ」


 柴田なんかは、市原に抱き着いて喜んでるし。

 まぁ、自分で作ったピンチを助けてもらったんだしな、安心だよな。


「なつみちゃんのおかげでまだまだ元気だからねっ。後は先輩に任せとけぃ!」


 ほんと、その言葉通りだ。

 交代のタイミングも、ばっちしだったなー。

 さすがだい。ピッチャー経験者は見えてる景色が違うのかもしれないな。


「よっしゃ、一気に点取るぞ!」

「おー!」


 こうなってくると、もはや俺の指示すら必要ない。


 意気消沈の相手から3回裏に一挙7点を取った俺たちは、4回コールドに必要な10点差をその段階で達成した。

 あとは守り切るだけで勝利。

 なので、市原が投げるなら大丈夫だろうという判断の下、4回の表の守備ではレフトとライトをベンチにいた南川さんと戸倉さんに交代して、少しでもフィールドの感覚を味合わせた。


 ま、結局市原が三者三振にしたから、やることはなかったんだけどね。


 4回表が終わって10対0。

 5回よりも早い4回コールド勝ちで、俺たちは2試合25得点0失点という出来過ぎな結果を残し、初日の予選リーグを突破した。




―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

 ちなみに市原もだい同様、ライズボールとドロップボールを投げれます。

 コントロールよりも力押しの投球をするタイプです。


2020/6/27の18:30にアップしましたが、誤字脱字等が多かったので19:30に少し手直ししました。

ご迷惑おかけします。


お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在はepisode〈Airi〉が一度区切りとなりました。

 気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!

 近日中にNext episodeを始める予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る