第72話 酔っ払いの溢れた感情

 俺たちの間に静寂が続き、無言で酒を飲むと言うシュールな時間が続く。

 恋バナばっかしてたせいか、二人きりになるとだいと何をどう話せばいいかが分からない。


 あー、俺童貞みたいだな……。年上なのに。


 そんな風に俺が緊張していると。


「ぴょんって、すごい大人よね」

「え?」


 数分の沈黙を経て、俺の様子にだいが気づいていたかは定かではないが、ありがたいことに話を切り出してくれたのはだいだった。


「いっつもふざけてるけど、すごい周りのこと見てるし」

「そう、か?」

「うん。みんなが楽しめるように、気遣ってくれてるのよ」


 いやー、俺には見えなかったけど、そうか、だいにはそういう風に見えてるのか。

 でもたしかにそう言われれば、ぴょんは常に場を盛り上げてくれるし、ふざけてても悪い雰囲気になるようにはしない、な。

 ダル絡みがひどいって思ってたけど、だいの言うことも一理ある、か。


「今日もね、ゆめがちょっと早く集まってお茶しようって言ったら、ぴょんが色々手配してくれたの」

「あ、それで先に行ってたのか」

「うん。年上っていうのもあるかもしれないけど、ぴょんはすごいみんなに気を遣ってる。あと2年で私がぴょんみたいになれるかって考えたら……自信ないわ」

「あー、まぁそうな。だいはああいうタイプではないよなー」

「私は、面白みもない人間だし」

「へ?」

「ゆめみたいに可愛げもないし、ぴょんみたいに気も遣えないし、ゆっきーみたいに素直でもないし……私って、何なんだろ」


 あれ? だいさん?

 ど、どうした?

 お前、そんなネガティブだったか!?


 え、これどうしちゃったの!?


 って、あ!!


 変に緊張していたせいで気づかなかったが、いつの間にかだいのそばには、空き缶らしく缶チューハイが5,6本あった。

 居酒屋でもそんなに飲まないのに、うちで乾杯してからまだ1時間ちょっとしか経っていない。

 こいつからすれば、明らかなオーバーペースなのではないだろうか!?


「だ、だい、酔ってる?」

「酔っいわよ!」


 あ、これ酔ってんな!

 顔色にでないから気づかなかったけど、酔ってないって大声を出すやつはほぼ100%酔ってるからな!

 呂律ろれつも怪しいし!


「ねぇ、私はどうすればいい思う!?」

「え、え!?」


 ぐいっと俺の方に寄ってくるだい。

 その目は、なんだかちょっとうるんでいるような……!?


 うわ、これはこれで、可愛い……!

 って今はそんなこと考えてる場合じゃないよな!?

 ど、どうする俺!?


「こ、この前も言ったけど、別にだいはだいでいいんじゃないか?」

「なん?」

「え、そりゃ俺から見れば、だいは自分で思ってるほど、ダメじゃないと思うし?」

のへんが?」


 おおう!

 けっこうぐいぐいくるな!

 というかだいさん、近い近い!


 俺とだいの顔の距離はもうかなり近い。

 恥ずかしさに目をそらしたいが、だいの迫力に目をそらせない。


 や、やばい。変な汗かいてきた!


「ほ、ほら、部活の子たちとかさ、すごいだいのこと慕ってたぜ? 真面目に、誠実に生徒と向き合ってる証拠じゃん?」


 こ、これでどうだ!?


「……うせ、仕事しかないわよ、私には……」


 ダメかー!!!

 だが俯いてくれたおかげでちょっと距離が離れてくれた。

 でもやばいな、とりあえず、慰めないと!?


「ギルドでもさ、だいがいれば安心して色々できるし!」

「……この年になって、ゲームしか取り柄がないとか、笑っちゃうわよね……」


 ひいいいいい!!!

 やばい、どうする!? どうする!?

 え、この子今どんな言葉を待ってるの!?

 誰か! 誰か教えてくれ!!!


「やっぱり、私って何もないんじゃ……」


 あああああああ!!!

 ええい! ままよ!!


 俺は思い切ってだいの肩を掴んだ!

 びっくりしたように、だいが顔を上げて俺を見る。

 視点が定まる前に、言ってしまえ!!


「お、俺にとっては! 大事です!」

「へ?」

「7年間ずっと一緒にいてくれた人だし! お前といると落ち着くんだ!」


 こ、これでどうだ!?

 俺にとって、って、だいにとって俺がどれほどの価値があるかわかんないけど、もう俺にはこれしか浮かばん!

 でも、うわ、めっちゃはずい!

 でもとりあえず怒りバーサクモードになってくれれば、雰囲気も変えれるはず……!?


「……帰る!」

「えええ!?」


 な、なんだ!? え、大失敗!?

 怒りすぎて、怒りの限界突破!?


 焦る俺をよそに、荷物を持っただいがガラッと扉を開けて、ふらふらと玄関の方へ行ってしまう。


「ちょ、待てって!」


 一瞬茫然としてしまったが、即座に我に返り、慌てて俺もだいを追いかける。

 あのままじゃあぶねえだろ!


 あ! 頼む、ぴょん、でてくんなよ!?


 俺が呆気に取られている間に外へ行ってしまっただいだったが、やはり千鳥足だったのか、俺も外へ出るや、アパートの階段手前ですぐに追いつくことができた。

 階段を降り始める手前で、俺はだいの手首をつかむ。


 あぶねえなしかし! そのまま行ってたら、下手したら転んでただろ!?


「と、とりあえず、こんな時間だし、帰るにしても送るよ」

「いらない!」

「いや、そんなんじゃ危ないって」

「うるさい!」


 静寂の夜の中、辺りに響くだいの声。

 ああもう! こいつ酔っぱらうとめんどくさいな!!


「ああもう! 何なの!」

「いいから、言うこときいてくれよ」

「何なの……何なのよ……」


 うだうだ言うだいがその場に座り込む。

 おいおいなんだってんだよ……。


「ごめん。俺の言葉が気に障ったなら謝る。でも今のだいを、一人で帰すわけにはいかないって。な? わかってくれるか?」


 座り込んだだいに目線を合わせるようにしゃがみ、うなだれるだいの頭をぽんぽんと撫でてやりながら、俺は優しく言葉をかけることに努める。

 こういう時は頭ごなしの言葉は響かない。相手の心に優しく声をかけ続けるしかないのだ。

 妹の面倒を見てきた俺のスキル、みせてやるぜ。


「一人で帰しちゃったら、みんなも心配するだろうしさ? な、今は一緒に帰ろ?」


 数分間の説得の末、ようやくだいが小さく頷いてくれた。

 ああ、よかった。なんとか言うこと聞いてくれたか……。


 うん、こいつと酒飲むときは、ほんと気をつけよ……。


「ん?」


 一安心したのも束の間、俺はあることに気づいた。

 

「え? ……え?」


 あれ?

 だいさん、なんか手を伸ばしてませんか……!?

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