終わった後:2

「涼人さーん。朝ですよー」


閉じていた瞼を開けると、エプロン姿の愛美の姿が視界を占領した。

無言で抱き寄せる。


「あ、え……?」


焦っている愛美を気にせずに、少しの間愛美を堪能する。


「いい奥さんになりそうだな」

「はえ!?」


耳元でそう呟き、自分はベッドを立った。ここまで動揺した愛美の姿を見れたのは、今日一番の収穫かもしれない。

まあ、今日はまだまだあるが。


「涼人君、寝ぼけてる?」

「寝ぼけてないな。眠らないのは仕事で慣れたからな」


そう言い残して、自分はリビングに出た。

今日もいい天気だ。明るい朝日が差し込んでいた。こういう田舎は、自然がそのまま残っていて空気がきれいだから嫌いじゃない。


食卓を見ると、もう朝ごはんができていた。


「おお、ありがとう」

「どういたしまして」


愛美も寝室から出てきていて、出来上がった朝食を前にして得意気に胸を張っていた。珍しく遅くまで寝てしまっていたからありがたい限りだ。


「明日は俺が作るから」

「……別に私の仕事でもいいんだよ?」

「じゃ、一緒に作ろう」

「ふふ、そうだね」


食卓に座ると、愛美も座った。

挨拶をしてから食事に手を伸ばす。まさに休日の朝食、という感じだが、かなり豪華な出来だった。


「豪華だな」

「嫌だった?」

「いや、嬉しい」

「よかった」


素直に嬉しい。自分のために、愛美がここまで尽くしてくれたことが。独占欲の片鱗のようなものが芽生え始めている自分に、思わず苦笑が漏れた。


「愛美も大変だな」

「………?」

「俺の愛は重いぞ」


愛美は少し楽しそうに笑った後、答えた。


「私も重いよ」


なんとなく分かってたこととはいえ、直接言われると少しこそばゆい。

幸せな気持ちのままに、食事を口に運んだ。


「んまい」

「よかった」


私も、と言って愛美も食べ始める。

俺がずいぶん前に朝食はカフェラテと言っといていたのを覚えていてくれたのか用意してあったカフェラテに手を伸ばしながら、黄金こがね色に焼かれたパンを食べる。

しばし無言の時が流れた。


「……なんか、何話せばいいかわからなくなっちゃう」

「そうか?」


少し寂しげな表情を愛美は作る。


「うん。……ずっと一人で食べてたから」

「よく二人で食事にはいったが?」

「そういう時は周りに人がいたし、……デートだったし」


要するに日常生活だと無言になってしまうと。

まあ、俺も食事は仕事中とかが多かったからわからなくもないが。


「まあ、無理に話そうとしなくたっていいんじゃないか?これからずっとこれが続いていくわけだからな。無理して疲れるのもよくないだろ」

「そうだよね……。そうだよね」


なぜかだんだんと嬉しそうになっていく愛美を視界の端に収めながら、今度はサラダに手を伸ばした。


「サラダまで手が込んでるな」

「そう?」

「ああ。すごいおいしい」


ふふ、と愛美は嬉しそうな微笑みを見せる。鮮やかな色合いだったレタスが、新鮮さを示すように口の中ではじけた。


「明日は二人で作ろうって言ったが………。俺が手伝ってもここまでのレベルになる気がしないな」

「えー、涼人君だったらなんでも上手にできるイメージだけど」

「愛美のレベルが高すぎる」


これはすぐに胃をつかまれるやつだな、と心のどこかで思う。別に悪いというわけではないが、一方的に依存するのだけは嫌だった。


「愛美は何だったら俺に依存する?」

「へ?」

「いや、気にしなくてもいい」


無言で考え込むと、愛美は少し悩んだ後に言葉を発する。


「もう依存してる気がする」


おどけた様子の愛美に一瞬虚を突かれた後、声を上げて笑った。それにつられて愛美も笑う。擽ったい幸せが、心を焦らす。


「よかった」

「え、よかったって。迷惑かけるよ?」

「じゃあ俺も依存してるから大丈夫だな」

「共依存~。もう離れられないね?」

「離れないからな」


俺を揶揄えなかった愛美が少しむくれた顔をする。手を伸ばして頬を指先でなでてやると、少しくすぐったそうに笑った。



次の日は、二人で一緒に朝食を作った。

触れ合う時間が多すぎて少し時間がかかったことはまた別の話。

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