549.ぽいんぽいん

「……はっ!?」


 ヴィクター兄さんより数瞬遅れて、ステラの動きが止まった。


 どうやらシートに気を取られて――というより、ステラの視界はだいぶ狭い。どーんとぴよシートを運んでいるからな。


「その着ぐるみは、コカ博士ですか……!?」

「うむ、そうだ」


 すりすりすり。


 ヴィクター兄さんがすり足でステラへと近寄っていく。


 着ぐるみ越しだが、その視線は間違いなくぴよシートに向かっていた。


「大変興味深いものを持っているな……」

「まだテストしなくてはいけない品物ですが」

「この距離でわかる。十分なふくよかさはあるのではないか?」


 ぴっこぴこ。

 ヴィクター兄さんの羽が高速でぴこぴこする。


「そうなのですが……しかし耐久性、それに体が大きな人にも試していただかないと」


 ステラは真剣な顔つきである。

 ぴよシートに半ば埋もれていたが。


 そしてヴィクター兄さんは落ち着きがない。

 体を左右にゆらゆらさせている。


 ……座りたそうだな。


「コカ博士……ぴよシートを試してみるか?」

「いいのか!? うむ、もし君に兄がいたら、きっと出来た弟を持って幸福だと言うだろう」

「いい話ですね……っ!」

「いや、ぴよシートに座るだけなんだが」


 とはいえ、時間はあまりないとのこと。


 イスカミナの工房へと急ぎ移動し、ぴよシートをセットする。


「もぐ……?」


 イスカミナが不審そうな目をヴィクター兄さんに向けている。

 文句を言うようなことはないが。


 端的に謎なせいだろう。ここは工房だし。

 俺はこそっと彼女に伝えた。


「コカ博士は頭がちょっとぴよっとしてるんだ。気にしないでくれ」

「レイアくらいもぐ?」

「ああ、もう少し重度かもしれないくらいだ」


 貴族的な遠回り話法である。


「やばもぐね」


 それで話は伝わった。

 いや、これでいいのかはわからんが。


 ヴィクター兄さんはるんるん気分でぴよシートをぽふぽふしている。


「ふむふむ、いいじゃないか……」

「ありがとうございます……!」

「このぴよっとした感じもよい。ふむふむ」


 ヴィクター兄さんが背もたれ、頭部分のぴよ部分を撫でる。


「モデルがたくさんいるからな」

「忠実なのはいいことだ。だが、それも質あってのもの……」


 ゆっくりとヴィクター兄さんがぴよシートに座る。

 ……着ぐるみのままか。


 ぽいんぽいん。


 ヴィクター兄さんがシートの上で跳ね始める。


「ちょ……!」

「いいぞ! これは!」


 くるっと着ぐるみがこちらに振り向く。


「売ってくれ!」


 その言葉にステラがうんうんと頷く。


「だめです。まだ試作品ですから」

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