493.【とある少年の物語】ザンザスへ

 15年前のザンザスにて。


 春が近付いてきた街は陽気に満ちている。そんななか、シュガーは街の案内人として働いていた。


「そろそろお客さんも来るかなっと……」


 暖かくなると観光客も増えてくる。

 ここ最近は特に、朝早くから馬車で乗り付けてくる観光客が増えてきた。


 シュガーの腕にはコカトリスのワッペン(レイア作)がくくりつけてある。

 ザンザスの観光案内の印であった。


「おっ、あの子は……観光客かな?」


 大通りをおっかなびっくり、ひとりの少年が歩いている。

 年齢はシュガーよりもやや下くらいだろうか。


 細身に眼鏡、一見気弱そうな外見である。短い黒髪にとても整った顔立ちをしていた。

 肩からバッグをかけている。しかし、見た目より体幹がしっかりしていた。


 先輩冒険者から教わったが、お忍びの上級貴族はこういうタイプが多い。

 一見、商人や学者風なのだが……それにしては体つきや足取りは力強いのだ。


「えーっとぅ……」

「何かお困りのことがありますか?」

「あっ! 助けてくれるんですか!?」


 シュガーに声をかけられて、少年はぱぁっと微笑んだ。人好きがする笑顔だ。


「もちろん。この街の案内人ですから」


 すすっと少年がシュガーに近寄り、コカトリスワッペンを覗き込む。


 ……この距離になって、少年にかなり強い魔力があることがわかる。間違いなく貴族階級だろう。


「入口の案内板にありましたねっ! 冒険者……なんですよね?」

「はい、これも仕事の一環で」


 近寄ったので、少年のバッグの中が見えた。

 ぎっしりとコカトリスグッズが詰め込まれている。


「助かりました。一回りしていたら、冒険者ギルドの位置がわからなくなって……。ダンジョンに行きたいんです」

「それなら一緒に行きますよ。ダンジョンツアーの案内もできますし……」

「本当ですか!? じゃあ、ぜひお願いします……!」


 そこで、ぽんと少年が手を打つ。


「あっ、まだ名乗ってませんでしたね。僕、ナーシュって言います!」

「俺はシュガーって言います。こちらこそ、よろしくお願いします」


 シュガーの受け答えに、ナーシュがふふりと微笑む。


「僕のほうが年下ですし、もっと気楽でいいですよ?」

「……助かります」


 ふたりはトコトコとザンザスを歩き始めた。

 日が高くなるにつれ、だんだんと人通りも増していく。


「うわぁ、案内を頼んで正解だ。今だともっと迷子になっちゃいそうです」

「日中は人がとにかく増えますからね」

「コカトリスの着ぐるみを着た人もちらほら見ましたけど、ヴァンパイアのかたも多いのですか?」


 ザンザスでは今、着ぐるみ宣伝隊が活動中である。

 今もふたりの前を看板を持ったぴよ着ぐるみが横切って行った。


 もちろん、特にヴァンパイアではない。

 レイアの発案である。


「いや、ヴァンパイアはほとんどいなくて……。冒険者ギルドの主導で、そういう宣伝の人がいてもいいかもって」

「へぇー。やっぱりザンザスは変わってますね。そういうところにも権限が及ぶんですね」


 ふむふむと少年が頷く。


「――ところで、シュガーさんって魔力を探るのがうまいですよね? ザンザスの冒険者はみんな、そうなんですか?」


 ナーシュから特に怒気や警戒はない。

 あくまで世間話として話を振られただけだ。


 しかしナーシュの瞳に一瞬、蛇のような影がチラついた気がした。


「……違います。俺ぐらいだと思います」


 シュガーも普通に答える。

 満足する答えだったのか、ナーシュは温かく優しげな雰囲気を崩さない。


「そうなんですかぁ。良かった、じゃあ他の人にはバレないですね」

「ええ……でも体幹でバレますけど」

「そうなんですか!? ははぁ……そーいうところを見てるんですねぇ」

「内緒ですよ」

「もちろん。でもひとつ、賢くなりました」


 ナーシュはふふりと笑う。


「楽しいところですね、ザンザスは」


 視線の先には、レイアぴよ(専用着ぐるみ装備)がクルクルと踊っていた。



あとがきマルちゃん。


謎の少年……いったい誰なんだぞ?

ちなみにレイアの腰痛は過労と着ぐるみなんだぞ。


「魔力アシストなしの着ぐるみはなかなかヤバいな」


コカ博士もそう思うんだぞ?✧◝(⁰▿⁰)◜✧


「この頃のザンザス製着ぐるみはまだアシスト機能がなかったようだな。冒険者とはいえ、長時間の着用は厳しい」


ヴァンパイアの着ぐるみは普及してないんだぞ?


「……控えめに言って、ヴァンパイア以外がぴよ着ぐるみを着ることは想定されていないのだ」

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