424.夜空の月

「はわ……いいですね……! わたしもぬいぐるみには詳しいですが、ガラス細工は新鮮です」

「コカトリスのガラス細工も色々あるな……。サイズが小さいものが多いか」

「手乗りサイズですね! 目移りします〜!」


 ん?

 ステラのその言葉で俺はふと思った。


「欲しいのは全部買えるから、好きなだけ選んでいいんだぞ」

「えっ!?」

「……いや、そのくらいのお金はあるし……」


 財布には金貨もあるし。

 そもそも家に戻れば大金がある。取り置きでも良いわけだし……。


 ステラはすっかりその辺を失念していたらしい。

 俺も今まで忘れていたが……。


「……そう言えば、そうでしたね」

「そうそう」


 何なら店ごと買うお金だって家にはある。

 それはさすがにやらないが。


「では、コレとコレとコレと――」

「ニャー! お買い上げありがとうございますニャ!」


 店主のニャフ族はにっこにこで注文を受けている。

 俺としても、ステラが欲しい物が買えてよかったな。

 村でこういうショッピングはできないからな。いい気分転換にもなるだろう。


「ところでエ、エルちゃんは……何か買われますか?」


 ステラが一瞬どもった末に、エルちゃん呼びに落ち着いた。

 大丈夫、多分そうなるだろうと思ってたから。


「コップとグラスをいくつか貰おうかな。これで野菜ジュースを飲もう」


 健康生活である。


「ニャ! うけたまわりましたニャ!」


 ニャフ族が品物を詰め込んでいく。

 そこそこの荷物になったが、重くはないな。緩衝材が多いから大きいだけだ。

 壊すわけにはいかないし。


「またのお越しをお待ちしていますのニャ!」


 そうして俺達はガラス細工店を後にした。


「思わぬ収穫でしたね……!」


 ステラはご満悦のようだ。良かった。

 屋台で串を食べ、突発的にお買い物をする。まさに旅行……もちろんやるべきことはあるけれど。


「ここから先は海とコンテナ、あとは砂浜か……」


 この街には至るところに案内の看板がある。おかげでなんとなく街の構造が把握できた。


「……まだお散歩していたいです」

「それなら海へ行こうか」

「はい……!」


 俺とステラはひっつきながら、海へと向かう。

 少し歩くと人はだんだんと少なくなる。


 レンガの建物に灯りはあるが、店ではないな……。住居か事務所か。いずれにせよ、客商売の場はぐっと少なくなってきた。


「ここの風は本当にヒールベリーの村と違いますね」

「潮の香りがするからな」

「ええ……昔に来たときと変わりません。潮風だけはそのままです」

「ステラは確か、ここら辺でも魔物退治をしていたんだよな……?」


 俺は一歩、踏み込んだ。


 ステラは過去を語りたがらない。彼女が凄い英雄なのはわかるが、彼女自身はそれらを口にすることはほとんどない。

 例外は今回のようにコカトリスが関わる時くらいだろう。


「はい、東の故郷に行くのに北回りと南回りをして――その南回りの時ですね」


 ステラは懐かしそうに目を細めた。


「潮干狩りや素潜りで漁をして……ワイルドな旅でした」

「……本当にワイルドそうだな」

「わたし以外なら死んでいました」

「そうか……大変だったんだな」


 ステラがそういう時はマジでそういう時だろうな。


 片手に荷物を集めて、空いた腕でよしよしとステラの頭を撫でる。


「えへへ……」


 寄せては返す波の音が静かに聞こえる。夜空には欠けた月が浮かんでいる。


「……もう少しだけ、このまま……」


 月明かりに照らされたステラの横顔が美しい。

 見惚れてしまう。


 それからしばらく空を眺め、俺達は宿舎に戻ったのであった。

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