282.酒場にて

 ヒールベリーの村の酒場。


 後片付けも終わり、ナールとブラウン、それにアラサー冒険者が個室でまったりと食事していた。


 この三人は村の中枢とも言える面々である。実務担当として縦横無尽に活躍していた。


 ……湖のボート仲間、とも言う。


「にゃーん。しかし驚きましたにゃん。今回もエルト様は即断即決。魔導トロッコをお作りになられるみたいですにゃん」


 やはり話題は今日発見した地下広場と魔導トロッコについてだった。


 この酒場はナール達もよく使う、少しお高めの酒場である。商談用に防音設備のある個室がいくつか用意されているのだ。

 この個室なら他に聞かれる心配もない。


 ナールが焼き魚の辛味ソース付きを食べながら、


「はむはむ……。でもイスカミナは可能と言ってたにゃ。魔導トロッコはあちしも乗ったことあるけど、別に未知の技術じゃないにゃ」


 王国北部には山脈があり、ドワーフの王国群とも近くなる。そのため北部にはドワーフが多く住み、魔導トロッコも少数稼働していた。


「まぁ、ぶっちゃけマルシス様の赤い光のばびゅーんのほうが得体の知れない魔法ですからねい」


 アラサー冒険者が蜂蜜酒を煽り、香味野菜のハニーマスタード添えに手を伸ばす。


 きらっと空の彼方に飛んでいくあの魔法――着地はステラの力頼みという。

 ……ほとんど自殺行為なのでは?

 いや、英雄ステラだから安全安心、傷一つないのだろうが……本質的には自殺行為なのでは?

 たまーにアラサー冒険者はそのように思わなくもないのだ。


「にゃん。ザンザスでは魔導トロッコは設置してないにゃん? 計画はあったりしたのかにゃん?」

「俺のじいさんのそのまたじいさんとかの頃にはね、ありましたよ」

「やっぱり計画はあったりしたのにゃ」

「そりゃ、やはり速くなるのは利益だ。うちらは交易で食ってるんですからねい。なんで色々、考えはするんですが……」


 冒険者は荒くれ者の集まりではない。

 厳しい試験があり、平民としては最高峰の職である。

 国家間の争いがなくなった現代では、叙爵される可能性のある数少ない道なのだ。


 ベテラン冒険者ともなればどの国でも尊重され、その言葉は貴族さえも無視できない。


 魔物と魔力満ちる領域を監視する――人類の生存圏の担い手が冒険者なのだ。


 特にザンザスの冒険者は世界最高レベルの人材が揃っていると言える。


 日頃は飄々とし、土風呂に目がない彼もしっかりと様々な知識は仕入れているのだ。


「ザンザスの地上は魔力が薄すぎる、ということみたいですぜ。周辺の魔力あるところには作れそうだったみたいなんですが……」

「にゃん。でもそういうところは魔物がいるにゃん……」


 魔力がある、ということは魔物も生息できるということである。一定以上の魔力があると魔物が増えて人類の住めない領域になる。


「そういうことですねぃ。だから途中で計画は放棄されたらしいですぜ。地下に穴掘る計算したら、赤字になるようで」

「にゃ。北でも魔導トロッコがあるのは鉱山絡みだけにゃ」


 豆の辛味ソース漬けをつまむナール。ぴりっとした辛さが舌を駆け抜ける。


 美味しいは美味しいのだけど、量には気を付けないといけない。コカトリスの言葉で言うところの「たぷ」が増える危険があるのだ。


「地下通路はあるとは言え、採算はどうなるかねぇ……」

「その辺りは多分、問題なしにゃん。魔導トロッコが稼働すれば利益は大きいにゃん」

「モノを運ぼうとすると馬車がどんどん必要になるにゃ。それに馬車は天気が良くないと輸送効率は悪くなるにゃ」


 雨が降ると道はぬかるんで悪くなる。

 当然、車輪で動く馬車にはマイナスしかない。それに馬も風邪を引く可能性が高まるのだ。


「にゃーん。それに交易の多くはザンザスとやってるにゃん。そこまでの魔導トロッコでも効果は大きいにゃん」

「んーむ。なるほどねぃ……」


 ぐびっとアラサー冒険者は蜂蜜酒を飲み干す。


「お代わりを頼むにゃん?」

「いやぁ、今日はやめとくよ。それより食べたい気分なんだ」


 そう言ったアラサー冒険者はハムの盛り合わせにフォークを伸ばす。


「にしても、面白くなりそうだ……」

「にゃ? 冒険者の血が騒ぐにゃ?」

「そりゃあね。地下通路がどんどん繋がり、広場が見つかるんだ。期待もするってもんさ」


 ブラウンも、もにもにとハムを食べる。


「にゃーん。楽しみにゃん……!」

「んにゃ。まったくにゃ」


 ナールもハムをもにもにと食べる。

 このハムはエルトが大量に買い付けたうちのひとつであり、値段が手頃な割に味はとても良い。


「にゃ。それじゃ仕事の話はここまでにしてにゃ……。次のボート乗りはいつにするにゃ?」

「地下通路の探索のコツは掴んだから、次の休みで大丈夫ですぜ」

「にゃーん。希望者を集めて湖で釣りするにゃん」

「あちしはボートの上でお昼寝するにゃー」


 せっかく買ったボートである。使わなければ損だ。


「にゃん。そーいえば、コカトリスも同行したいとララトマが言ってたにゃん」

「へぇ、コカトリスが? 水浴びですかね?」


 ザンザスのダンジョン第一層では、水浴びをするコカトリスをよく見かけることができる。

 というより、昼間は常にどこの水場でも水浴びをしているコカトリスがいるのだ。


「ララトマいわく『でーと』らしいにゃん?」

「にゃ。それはいいにゃー」

「にゃにゃーん、本当にゃーん」

「はぁ……なるほどねぃ……。コカトリスもそんな仲のが……」


 呟きながらハムを噛むアラサー冒険者。

 さすがに他人の恋路……というかコカトリスの仲の良さにまでアレコレ言う感性は持っていない。

 悲しすぎる。


 そんなアラサー冒険者の脳裏に、二人の冒険者の姿が思い浮かぶ。しかしそれもまた、彼の口出す範囲を越えていた。


「春が近いねぇ……」


 そう言いながら、アラサー冒険者は次のハムをフォークですくい取るのであった。

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