265.願い
そうか……。
やはりウッドはそちらの道を選ぶか。
嬉しいような、寂しいような感覚だ。
好きな子の為に頑張る。頑張れる。
ウッドはきっと妥協したくないのだ。
俺は頭の中を回転させながら、アラサー冒険者に聞いた。
「……その地下通路に危険はあるだろうか?」
「ウッドに毒の類は効くんですかい?」
「いや、パズルマッシュルームのような生物毒は効果がないはずだ」
ゲームの知識になるが、そうした生物由来の毒は一切ウッドには通じない。ツリーマンだしな。
今のウッドはドラゴンに匹敵する状態異常耐性を持っているのだ。
そういった意味ではウッドはタンク役として適任のはず。
アラサー冒険者が指折り数える。
「毒以外はパズルマッシュルームの爆発の衝撃――あんまり大したことはありませんが。それと物理的な突撃くらいですかね」
「どちらもフラワーアーチャーのほうが危険なくらいだな」
「単体なら、おっしゃる通りで」
その辺りの知識はゲームとこの世界とで違いはなさそうだな。
ゲームでもパズルマッシュルームはギミック重視の敵だった。適切な動きをすれば怖くはない。
まぁ、ある程度状態異常防止のアイテムがあれば完全な雑魚と化すのだが……。
この世界にはその類が本当に少ない。
治癒のほうが高くつくのだ。
「第三層向けのポーションは在庫がありそうか?」
「はい……! 各種、毒治癒のポーションは揃ってます!」
力強くアナリアが断言する。
どうもアナリアはウッドに冒険をさせたいというか、何かを重ねて見てるような感じだな。
いや、もちろんそれは構わないが……。
「ウゴウゴ、それなら……!」
俺はアラサー冒険者を見つめる。
彼の冒険者としての技量は、俺も信頼するところだ。彼にならば任せられる。
「足手まといにならないようなら、ウッドを地下通路に連れて行ってもらえるか?」
「ええ、大丈夫ですぜ。ウッドの強さは俺もよく知ってますからね!」
にかっとアラサー冒険者が笑う。
ベテランの微笑みというか、安心できる笑顔だ。
「ウゴウゴ、よろしく!」
「フラワーアーチャー以来か? こちらこそよろしくな!」
いえーいとハイタッチする二人。
……よし。
どのみち地下通路の調査は行わなければならない。
ウッドにそれを担当してもらおう。それは彼の望みと成長に繋がるはずだ。
頑張るんだぞ、ウッド。
◇
大聖堂。
ステラの客室。
立食パーティーが終わり、ステラ達は客室でごろごろしていた。
黒塗りの家具や壁、シックな雰囲気に満たされた部屋である。
「おなかいっぱいぴよー」
「食べたんだぞー」
ベッドの上でディアが腹ばいになりながら、マルコシアスの肉球をもみもみしている。
「おさかな、おいしかったぴよね」
「たくさんの種類と味付けがあったんだぞ」
「ええ、さすが大貴族という感じでしたね……」
寝間着に着替えたステラが、ベッドに入る。
「ふぅ、今日は色々とありましたが……お疲れ様でした」
ステラはぽむぽむとディアとマルコシアスの頭を撫でる。
「ぴよ。かあさまもおつかれさまぴよ!」
「お疲れ様なんだぞ!」
ディアとマルコシアスがステラの腕に頭を擦り寄せる。
すりすり……ふもふも。
「ふふっ、ありがとうございます。それじゃ、そろそろ寝ましょうか?」
「明日からは本格的に準備なんだぞ」
「たのしみぴよ!」
いそいそとステラはベッドに潜りこむ。
右腕にディア、左腕にマルコシアスを抱えるような形だ。
「では、おやすみなさいです……!」
「ぴよ。おやすみぴよねー」
「おやすみなんだぞー」
……少しするとディアからほどなく、寝息が聞こえてくる。
「すやー……ぴよー…。すやー……ぴよー……」
「……やはり疲れてたのでしょうね」
ベッドに入るとステラもすぐに寝落ちるタイプだ。
しかし今日はディアのほうが早かった。
「わう。母上も疲れてるんだぞ?」
「肉体的にはさほどですね……。精神的にはコカトリスの着ぐるみのおかげでテンション高めです」
「なるほどだぞ」
「夜、こうして寝るときにエルト様とウッドがいないのが残念ですね……。日中は色々とあって、そんなに寂しくないのですが」
ぽつりと呟くステラ。
「寂しいんだぞ?」
「ええ……特にエルト様のうなじが……」
「…………」
「なぜ黙るのですか、マルちゃん? たまにはぶっちゃけトークを楽しみましょうよ」
「いきなりぶっちゃけ過ぎなんだぞ?」
「そ、そんなことはないですよ。こうした話ができるのはマルちゃんだけですし……」
ステラがごにょごにょとささやく。
「……仕方ないんだぞ。父上のうなじがなんなんだぞ?」
「鎖骨とともに素晴らしい、という……」
「…………」
「これもだめですか」
「我、母上のことは大好きだけど、そこまでぶっちゃけてくれなくてもいいんだぞ」
「え……ヤバいですかね。本人から見えないところに尊みとか、ありませんか?」
「あるかもだけど、若干ヤバめなんだぞ」
「そうですか……」
ステラはふにふにとマルコシアスのあごの下をもみもみする。
「勉強になりました……」
「よかったんだぞ」
「ひそかに愛でることにします……」
「なるほどだぞ……」
そうしてステラは軽く息を吐く。
眠気がやってきたのだ。
「おやすみです、マルちゃん……」
「おやすみなんだぞ、母上」
マルコシアスはぽつりと呟く。
「……ちょっと、フェチっぽいんだぞ」
「えっ? なにか言いました?」
マルコシアスはわずかに目を細めながら、言った。
「なんでもないんだぞ」
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