243.村の夜

 夜。

 ホーホーとフクロウが鳴いている。


 アラサー冒険者とブラウンは村の酒場へと繰り出していた。

 村には数件の酒場や食事処があるが、ここはどちらかというと村人向けである。


 酒場にはぽつぽつと人が来ていた。

 まだ夜になって間がないためか、それほど人は多くないが。


 二人は壁際の席に座ると、早速注文をする。


「まずは蜂蜜酒にゃーん」

「りんご酒をくだせぇ」


 ここの酒場はお酒の種類とつまみ系が多い。

 村の食材を格安で仕入れているのもあり、とてもお安いのだ。


「意外と甘いお酒が好きにゃんねー」

「そっちこそ辛いお酒飲むじゃねーですか」


 蜂蜜酒は世界最古の酒と言われている。

 その歴史はビールやワインよりも古い。その分、濃い目で癖はあるのだが。


「少し飲んだら水で割っちゃうにゃーん」

「あー、合理的。俺はそのまま飲みますぜ」

「通にゃん」

「お待たせニャン!」


 店員のニャフ族が木製のコップに注がれたお酒を持ってくる。


「それじゃ、乾杯にゃーん」

「かんぱーい」


 コツン、とコップを軽くぶつけて飲み始める二人。


 ごくごく。


 アラサー冒険者が満足そうに息を吐く。


「ぷはー。おいしいー!」

「その通りにゃーん」


 ブラウンがコップを置いて、メニューを見る。


「チーズ焼きくださいにゃーん」

「おっ、いいねぇ。俺の分も! 二人前ね!」

「あとは……ポテトもどうにゃん?」

「もらおうか! それにオレンジの盛り合わせもくだせぇ!」

「……甘いの好きにゃん?」

「職業柄ね、糖分が欲しいのさ」

「にゃん。冒険者は動くもんにゃん」


 ブラウンが頷きながら、アラサー冒険者を見る。


「そーいえば、冒険者ギルドとかではお酒飲んだりするのにゃん?」

「んー。個人業みたいなところがあるからなぁ。イベントごと以外はそんなにねぇかなぁ……」

「なるほどにゃん」

「レイアも酒は飲むんだけど、飲み方が……」

「すごいのにゃん?」


 そこでアラサー冒険者がずいっと身を乗り出した。

 ブラウンもつられて、テーブルに前のめりになる。


「顔色一つ変えないで、飲みまくるんだよ……。ありゃ底なし沼だね」

「絡んだりはしないのにゃん?」

「逆に絡むやつに絡んで酔い潰すんだよなぁ。まぁ、俺は助かったこともあるけど」

「にゃーん。いいトップにゃん」

「ああ、それは間違いない。他の山師みてぇなザンザスの議員もレイアには逆らえないからな」


 レイアがギルドの役職に付いてから、冒険者ギルドのザンザスでの地位は向上した――これはザンザスの冒険者なら誰もが評価するところだ。


 ザンザスの重要部署とはいえ、冒険者は商人や学者ではない。長い歴史の間には、肉体労働しか取り柄のない連中とされたこともある。


 しかしレイアはギルドの位階を上り詰めていくなかで、様々な商品を生み出していった。

 ほとんどがコカトリスグッズだが……。

 それはザンザスの利益を大きく増やし、ひいては冒険者ギルドの地位も高めていった。


 そのためザンザスの議員の間では、レイアの先祖はコカトリスということになっている。

 もちろん半分は冗談だ。


 もう半分はザンザスでの伝説的な事件――議員の頭にコカトリスぬいぐるみぐりぐり事件により、半ば真実と思われている。


「にゃーん。レイアはやり手にゃん。……でもなんで、あんなにコカトリス好きにゃん?」

「あー……」

「他の冒険者はレイアほどじゃないように感じるにゃん」

「それは……誰も知らねぇんだよな。どうしてレイアがあそこまでコカトリスが好きなのか……」


 と、そこへ甲高い鳴き声が響き渡った。


「ぴよー」(こんばんはー)


 コカトリスがひょいと酒場へと現れたのである。


「お持ち帰りのコカトリス様ニャン」

「ぴよっぴ!」(いえっす!)


 店員のニャフ族が慣れた様子で、バッグを手渡す。


「炙りナスの詰め合わせですニャン!」

「ぴよっ!」(ありがと!)


 そのままバッグを受け取ると、コカトリスはすっと帰っていった。


「ぴよぴー」(じゃねー)


 ドリアードは火を使わないが、コカトリスは様々な料理を食べる。

 いつの間にか、自分たちでテイクアウトして食べるようになっているのだ……。

 お金は後払いだが、コカトリスの労働だと数分で賄えるので問題なしである。


「確かに愛らしいにゃん……」

「なんかレイアの理想のタイプが、ぽよっとしたお腹とふわっとした包容力のある相手だとか……」


 それを聞いて、ブラウンはむにゃむにゃと口元を動かした。

 言わずにはおられなかったのだ。


「……まんま、コカトリスにゃん」


 ◇


 同時刻――ナナの家。


 ナナはレイアが持ってきたコカトニアハウスに目を輝かせていた。


 リビングに寝転がりながら、目の前に広がるコカトニアハウス。

 ナナはつんつんとコカトリス人形をつっつく。


「おぉぉ……いい……」


 さらに大樹の塔もつんつんしてみる。

 ゴツゴツとした木の質感が伝わってきた。


「うーん……いい……」


 うっとりした声を漏らすナナ。

 過去最高の反応である。


「……すごく好評ですね」


 コカトリスパジャマ(パーカータイプ)を着たレイアが、ナナの側に座り込む。


「今まで私の作ったモノのなかで、一番の反応です」

「んー。そうだね、なんでだろう?」


 少し首を傾げたナナがコカトリス人形を持ち上げ、大樹の家の模型近くに置いた。


「なんとなく、面白みがある。うん。オリジナリティってやつだ」

「私としてはぬいぐるみの延長線上みたいな物ですけど」

「それとは違うと思うね。もっと自信を持っていいよ」


 すっともう一体のコカトリス人形を手に取って移動させる。


「……うん、いい感じだ」


 ナナにはナナのこだわりがあるらしい。

 そしてナナがレイアを見上げる。


「ねぇ、なんでコカトリスグッズをこんなに作ってるの?」


 それは何気ない問いかけ。

 ずっと疑問だったが、特には聞かなかった。


 でもナナからしても不思議といえば不思議である。

 それに対して、レイアがずいっと真面目な顔で答えた。


「……先祖がコカトリスだからですが」

「ぷっ、あははは!」


 笑い転げるナナ。


「それ、本気?」


 ナナの言葉にレイアがふふりと微笑む。


「さぁ……どうでしょう」

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