240.ホールド出立
とまぁ、そんな感じで話し合いは終わった。
ホールド兄さんは泊まらずにそのまま出発するらしい。
帰り際にお土産として、魔法でバットを生み出す。
……これでたくさん振ってくれよな。
ホールド兄さんは身長がかなりあるので、細長いバットを用意した。
ちょっとシックな墨色だ。
手渡しすると、ホールド兄さんは頬を緩めてバットの感触を確かめる。
「ほう、いいじゃないか。ありがとう」
「これくらいなら、いつでも」
「というか、これは魔法で生み出せるんだな……。こうした物はなかなか難しいんだが、大したものだ……!」
すっとホールド兄さんがバットを構える。
なかなか様になっていた。
というより、体幹がしっかりしてるのか。
まぁ、貴族なら乗馬や剣術の心得くらいあるからな。現代日本人より鍛えているかも。
ホールド兄さんは満足したのか、構えをすっと解いた。
「ふむ……俺からはこれをプレゼントしよう」
ホールド兄さんが小さなバッグから取り出したのは、小さめのブラシだった。
木製で細かい彫刻のしてある、一目で高価とわかるブラシだ。
「元々、手土産で持ってきたんだ。ディアやコカトリスの毛並みを整えるのに使ってもいいし、ニャフ族にあげても喜ばれるだろう」
「なるほど……ありがとう」
俺のバットに比べると、だいぶ高価な気はするが。
まぁ、でもありがたく頂こう。
そしてナナ宛に手紙を預かった。
「直接渡したほうがいいんじゃないか?」
「……やめておく。この時間のナナは不機嫌かもだからな。芸術祭で会うだろうし、構わんだろう」
そういうものか。こういう判断は任せよう。
「じゃあ、元気でな」
「ホールド兄さんこそ。倒れないようにね」
「ああ、このバットを振っていれば運動不足も解消するだろうしな……。最近は書類仕事が多くて、なまっているし」
ホールド兄さんも二十代半ばだからな。
思うところはあるのだろう……いつの間にか、ぽっこりしてくるお腹とか……。
髪は……ふっさふさのように見えるが。
「時間があったら、土風呂も入ってみて。なかなかいいもんだよ」
「……ああ、また今度な」
そうしてホールド兄さんは村を出立していった。
とりあえず……出展物はこれでオッケーだな。
各出展物の概要も大丈夫みたいだし。
ふぅ、一山越えたわけだ……!
◇
それからホールド兄さんとの話し合い内容を皆と共有し、一日が終わった。
そして夜ご飯を食べて、ちょっとのんびりする時間となったとき……。
リビングではウッドに寄りかかるマルコシアスの肉球を、ディアがぷにぷにしている。
最近、お気に入りらしい。
「はぁー……とってもぷにっとぴよー」
「きもちいいんだぞ……」
「それはいいぴよねー……あたしもぷにっといいぴよよー……」
ディアがマルコシアスの背中に頬すりする。
なんだかもう眠そうだ。
ちなみに俺はソファーに腰掛けながら、本を読んでいた。
服飾の歴史について書かれた本で、豪華なイラスト付きである。
今、ヴァンパイアの項目なのだが着ぐるみばっかりで正直見分けが付かないが。
延々とコカトリスの着ぐるみが続き、ちょっとした差異がきちんと解説されている。
足元が改良されたのが百五十年前とか、着ぐるみの耐水性が重視されたのが百年前とか……。
色んな歴史があるんだなぁ……。
そしてステラは俺にぴったりくっつきながら、一緒に本を読んでいる。
というより、こうしたときは……何かあるときだ。
「……どうかしたのか、ステラ?」
「いえ……。今回もまた、同行されないと聞きまして」
「その方がいいかと思ったからな……」
そのことは日中、村の要職にある人には伝えた。
特に異論は出なかったな。
今回の芸術祭も、メインはホールド兄さんと北の国のヴァンパイアだ。
俺は出資と引き換えに、宣伝の場として使わせてもらうだけ。
代理としてステラに行ってもらえれば十分だ。
これはホールド兄さんも言っていたが、演劇の世界ではステラの名前は滅茶苦茶有名らしい。
まぁ、劇にもなっているからな。
それほどSランク冒険者ステラの名前は世界に轟いている。
俺がメインで行くよりも、もしかしたらインパクトがあるかもしれない。
「いいのですか?」
ぬっとステラが俺を見つめる。
ステラは多くを問いかけたりはしない――でも自分が聞くべきものちゃんと聞く。
「大丈夫だよ」
本を置いて、ポンポンとステラの頭を撫でた。
気持ち良さそうにステラが目を細める。
「……それならば、いいのですけど。あまり我慢しすぎないでくださいね。言いたいこと、やりたいことをやるのもまた、人生ですから」
「そうだな」
この辺りは、前世の知識が影響しているのだろう。
過去の自分そのものはおぼろげだけど、知識を得たからできる判断がある。
「エルト様は、いろいろなことを溜め込みすぎだと思います。まだ十五歳なのに」
「……そうかもな。でも全然無理はしてないよ。この村にいるのは楽しいし、やることもあるし」
別にこの村ののんびりした日々が変わるわけではないからな。
芸術祭がうまく行けば、また次に進むだけだ。
それが楽しみなのは本当だし。
「それならばいいですが……」
すりすりとステラが俺に体をこすりつける。
向こうでは、ぴよーっとディアがマルコシアスにもたれかかって寝落ちしそうになっていた。
なんとなく、ディアとステラの共通点が見えて微笑ましい。
「ああ、大丈夫だ。それよりもステラも気を付けてな。北の国はあまり行ったことないんだろう?」
「ええ、そうですね……会場のちょっと南までは行ったことはありますが。気を付けるようにいたします……!」
そのときの俺はまだ知らなかった。
ヴァンパイアの間でも、ステラは教科書的人物であったということを。
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