199.ライガー家と水運

 俺が驚いていると、ブラウンが朗らかに言う。


「そうなのですにゃん。他のニャフ族からも作って欲しいと言われ、釣り仲間からも作って欲しいと言われ……ですにゃん」

「ニャフ族――というか、商人の夢が船とは聞いていましたけど……」


 ボートでもいいのか、みたいな口振りだな。

 口には出さないが。


「にゃん……それはまぁ、いつかおっきな船を持ちたいですにゃん……。港の桟橋をきしませるくらいの荷を積みたいですにゃん……」

「積みたいのか」

「でも多分、潮風はべたつくから、そんなには乗らなくて人任せにはなると思いますにゃん……」

「人任せになるんですね」


 ニャフ族は全身が毛だからなぁ。

 ベタつくのは嫌だろう、うん。


「とはいえ、とりあえず小さなのでも、欲しいですにゃん……」


 なるほど……。

 ブラウン達が切実に欲しいのはわかった。


 アナリアの顔には、きっと大切なことなんだなぁと書いてあるが。

 ……薬師は船の夢を共有しないらしい。

 ひとつ学んだ。


「それと釣り仲間も買うと言っていたな……」

「にゃん。アラサーの彼を筆頭にですにゃん」


 ……やはりか。

 釣りを趣味としている人にとっては、遊び方が広がるからな。

 彼は稼いでいるようだし、ぽんと買うのだろう。


「……やはり多すぎますにゃん?」

「いや……大丈夫だ。思ったより、ボートを買いたい村人が多かっただけで」


 元々、湖にはなんにもない。

 たまにレインボーフィッシュを釣りに出掛けるだけ。


 ボートを停めるのも、屋根とロープを巻く杭くらいがあればと思ったが……。

 まぁ、それが増えるだけだな。


 レクリエーションを充実させるのも定住を促す上では重要だろうし。


「レイアと打ち合わせして、ボートを停める場所は少し考える。ボートそのものは、そのまま用意してもらって大丈夫だ」

「にゃーん、ありがとうございますにゃん!」

「良かったですね」

「よかったにゃーん!」


 ブラウンが飛び上がるほど喜んでる。

 ふむ、かわいい……。ブラウンは男だけど。


 やっぱりそれくらい、商人にとっては大切な夢なんだな。


「こほん……それでボートが出来たら、俺も乗せてくれるか?」

「もっちろんですにゃーん! 釣りしましょうにゃん!」


 まぁ、こういうのもいいだろう。


 この村は俺だけの村じゃない。

 皆で住んで作る村だ。


 コカトリスボートくらいなんてことはない。

 それこそ、たくさんのボートが浮かぶ湖でもいいのだから。


 ◇


 一方、ナナの家。

 もう昼近い時間にナナは目が覚めた。


 むくり。着ぐるみ姿のまま、寝落ちていたようだ。

 机に突っ伏していた。


「おはようございます、ナナ」

「おはよう……レイア」


 最近、レイアはよくナナの家に来る。

 色々と魔法具関係の話やらで盛り上がるから、別に気にしてはいないのだが。

 盛り上がらないときは黙々と作業しているだけで、それはそれで気にならない。


 どうも波長が合うらしい。

 特に用はなくても来たりする。

 そしてナナの家で徹夜してたりするわけだ。


 今も机に紙を広げて、色々とデッサンしている。


「……ボート、そんなに根を詰めなくてもいいんじゃないの?」

「適度に仮眠してますから、大丈夫です」

「そーいう意味で言ったんじゃないけど……」

「ごめんなさい、本当に大丈夫ですよ。ポーションがないときに比べれば……」


 あのときはダンジョンにも少しの冒険者しか入れず、ザンザス周辺の素材集めも滞っていた。

 冗談でなくザンザスの財政危機は近付いていたし、気が気じゃなかったのだ。


 しかしなんという幸運か、エルトによってザンザス周辺のポーション不足は解消された。

 そればかりか、この前のお祭りは史上空前の盛り上がりを見せたのだ。

 一年前にはとても想像できなかった。


「水運に手を出すって、ホント?」


 机にひじを付きながら、ナナが聞く。


「ええ、手始めはボートからですが。でも私だけのアイデアではありません。ザンザスの議会の総意です」

「ボートからだと、何年掛かるやら」

「……実は貨物船の設計図はもういくつもあるんです。水運に参入自体、ここ数十年で三回は議題になっています」

「へぇ……思い付きってわけじゃないんだ?」


 ナナは得心した。

 水運は一朝一夕には無理だ。回収には莫大な金と時間がかかる。


 これまでにも何度も検討されては駄目だったわけだ。

 それが今回は本気ということなのだろう。


「はい、でも色んな事情で頓挫したり見送られたり……。もちろん今も専用で船は借り上げているのですが……」

「完全に権利がある形で所有はできていない、ということだね。まぁ、それは難しいさ」


 船はそれ単体では意味がない。

 船員と港と倉庫が必要で、それぞれに複雑な利権が絡んでいる。


 さらに定期メンテナンスも必要だ。

 もちろんそれをしてくれる人員と場所も……。


 そして水運業界はその利権が飯の種になることをよく心得ている。

 優位が崩れないよう、権利を渡すことはありえない。


「湾岸の利用権には貴族も深く関わっています。私達のように、独立自由都市は足元を見られがちです」

「力がないからね。船を持つにも、どこかの貴族が後ろ盾になってくれないとまず無理だし」

「そういうことです。この辺りの水運だと……ライガー家が仕切っていますが、なかなかに個性的で難渋してます」


 レイアがもにょもにょと言った。

 ザンザスから送った使者は、何の成果もなく突き返されている。


 話を通せる見通しはない。

 根気強くやるしかない、というところだ。


 それにナナがなるほどと頷く。


「ライガー家は全身全員、筋肉馬鹿だ。話は難しいだろうね」

「ぶっ、そこまでは言ってませんよ!」

「貴族院で私のトマト時間を何回もぶち壊したからね。全員、ボコボ――この村の言い方だとポコポコしたけど」

「こわっ」


 着ぐるみ姿なので、本気か嘘かわからない。

 でもナナの言葉からはいくぶんかの懐かしさが感じられる。

 こう言いながらも、悪い思い出ではないのだろう。


 そして、ふと何気ないようにナナがつぶやく。


「役に立つかはわからないけど、ライガー家に話をしに行ってもいいよ」

「……本当ですか?」


 その言葉にレイアは驚く。

 ナナは冒険者として、それなりのスタンスでこの村にいると思っていた。

 そこまでの肩入れ――特に貴族社会へ食い込む手伝いを言い出すとは予想外である。


「良い結果が出るかはわからないけど、ね」


 レイアは着ぐるみ姿のナナをまじまじと見た。


 もちろんいくら見つめても、ナナの表情はわからない。

 つぶらな瞳をしたコカトリスの着ぐるみがあるだけだ。


 ややあって、レイアはかるく首を振った。


「……やめておきます。友達には頼りません」

「そう?」

「大人になってからの友達は貴重ですからね。お言葉だけ、ありがたくちょうだいします」

「立派な心掛けだね」


 うんうんとナナは頷いた。


「まぁ、私も……君は友達のつもりだから。それだけは知って欲しくて」

「ありがとう、嬉しいです」


 にこーとレイアは微笑んだ。

 それからレイアとナナは黙々と作業をした。


 レイアは種族ごとに分けたボートの図案を書き、ナナは燕の回路についてのメモ書き。


 しばらく二人とも没頭すると、いつの間にやら日が傾きかけていた。


「おられますかー?」


 ノックとともに外から声がする。ステラの声だ。

 珍しい。


 こんな時間にステラが来ることはほとんどない。

 何かあったのだろうか。


「ん? どうぞー?」


 ナナが玄関口に行って、開ける。

 そこにはステラと抱えられたディアがいた。


 ディアは羽をばたつかせながら、勢い良く言う。


「ぼーとやさんは、ここぴよ!?」

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