192.帰還

 それから宴は夜遅くまで続いた。

 一番盛り上がった余興は、ステラの究極バットお手玉である。

 ヒールベリーの村でも受けた鉄板ネタだ。


 翌朝、王宮の中庭にステラ達は集まった。

 ばびゅん! して帰るためである。

 すでにステラの胸元に子犬姿のマルコシアスはセットされている。


 女王とクラリッサ、側近達も見送りに来ている。

 一晩食べて飲んで寝て、女王の顔色はかなり良くなっていた。

 燕の心労から解放され、急速に体力を取り戻しつつあるのだ。


「本当に……お礼の仕様もありません。どうかお元気で」

「女王陛下も息災で。もし機会があれば、村にもお寄りください」

「ぜひ、そういたしましょう……。エルフ料理についても、便宜をはかるようにいたします」

「ありがとうございます……!」


 昨日の宴でステラが何気なくエルフ料理のことを話したところ、女王が乗ってきたのだ。

 村ではまだ調味料が足りず、挑戦できないエルフ料理も多々ある。

 距離的な問題は残っているものの、調味料が増えれば料理の種類も増やせるのだ。


「クラリッサちゃんもお元気で」

「はい……! 本当にありがとうございます!」

「んむ、縁は続くんだぞ」


 マルコシアスの言葉にナナが同意する。


「いい言葉だね。クラリッサちゃん、これは君にとっては終わりじゃない、始まりさ」


 貴族の立場を捨てたナナの台詞は重い。

 女王もクラリッサへ、


「ええ、まさにその通りです……。朗報に浮かれず、国を盛り立てる手は続けないといけません。せっかくの幸運も、怠惰に流されれば色あせます」

「……はい!」


 ぐっと拳を握り、意気込むクラリッサ。


「では、出発します。お見送り、ありがとうございました!」


 ナナがすすっとステラに背負われる。

 ……実はなぜ中庭で別れを告げるのか、女王達はよくわかっていない。


 小首を傾げる女王達に、ステラは手を振る。


「ちょっとびっくりされるかもしれませんが、お気になさらず」

「は、はい……。 また会える日を楽しみにしております」


 女王達にステラ達がそれぞれ言葉を返す。


「さよならだぞ」

「またねー」

「さらばです……!」


 ステラがぐっと足に力を入れ、ダンと大地を蹴る。

 エルフの王宮は高さはさほどでもない。それで必要な高さまで跳べるのだ。


 きらっ!


 ステラ達はヒールベリーの村へと超加速で向かっていく。

 赤い軌跡を残しながら……。


 残された女王達は突然の光景に唖然とする。

 ものすごい速度で空を飛んでいったのが見えたからだ。


「いやはや……最後まで規格外の人達でしたね……」


 女王がぱたぱたと扇子を広げながら、側近達につぶやく。


「ステラ様が仰っていましたが、エルト様はよほどの傑物のようです。あの方々を御すだけでも、一苦労でしょう」


 金銭になびかず、名誉もいらない。

 そういう人間は何かと難しい。

 女王は為政者の顔をのぞかせながら、クラリッサを見た。


「しかし、彼女達は善人です。それもとても良い人達です。でも世の中はそうとばかりではない、ということはしっかりと覚えておきなさい。私達は運が良かったのです」

「はい……!」

「では中に戻りましょうか。ふふ、なんだか今朝から調子が良いのです」


 側近達も嬉しそうに頷く。

 つい先日まであった、女王の死相がなくなっていたからだ。


「これも野ボールのおかげでしょうか。体力作りに、今から一振りいたしましょう」


 女王の言葉に、側近達が頷く。


「英雄ステラにあやかっての健康法とあれば、間違いはございませんでしょう。まず体力を取り戻すのに、室内でもできる野ボールは上策かと」

「ええ、そうですね」


 女王はすでに、側近から渡されたバットを手に持っていた。


「ステラ様は遥かに遠い。ですが、こーしえんとやらを目指しましょう!」

「「おー!」」


 ◇


 数日後――ヒールベリーの村、第二広場。


 今日はステラ達が帰ってくる日だ。

 天気は良く、からっと晴れている。予定なら昼ぐらいには戻ってくるはずである。


「ぴよ、そわ……ぴよ」


 俺の腕の中でディアがそわそわしている。

 ウッドも隣でステラ達の帰りを待っていた。


「ウゴ、そろそろかな……」


 一週間の間、ウッドもディアもよく頑張ってきた。

 寂しいはずだけど、自分に出来ることをひとつずつやっていたのだ。


 ……まぁ、俺も顔を見るまでは少し心配だ。


「そろそろのはずだ」


 ウッドに答えた瞬間、ディアがぴくっと動く。


「ぴよ……! マルちゃんのけはい、ぴよ!」

「えっ?」

「ウゴ?」

「あっちぴよ!」


 ディアが羽を差した空に、小さく赤い光が見える。

 あ……帰ってきた!?


 段々と赤い光がこっちへ来る。

 間違いない、ステラ達だ。

 帰ってきた。


 無事だろうか、ドキドキする。

 大丈夫だとは思うんだが。


 やがて赤い光が俺達の目の前に、着地する。


 ドン!


 土煙が宙を舞う。

 風が吹き、晴れた先には……ステラとマルコシアス、ナナだ。

 全員いる。よかった。


「ただいまです……!」

「ただいまだぞ」

「ただいまー」


 ナナがステラから降りる。マルコシアスはステラの胸元にセットされているな。

 出発したときと何も違いはない。


「おかえりぴよ!」

「ウゴウゴ、おかえりなさい!」

「おかえり……。はぁ、良かった……」


 俺とウッドはステラ達に駆け寄る。

 ディアが子犬姿のマルコシアスに顔をぐりぐりと押し付けて、撫でまくる。


「マルちゃぁぁぁん! だいじょーぶぴよ? しっとりしてるぴよ?」

「我が主ー! だいじょーぶだぞ、しっとりのままだぞ!」


 マルコシアスもディアの顔を撫でまくっている。

 ……やっぱり会えると嬉しいよな。


 お互いにぐりぐりなでなで、スキンシップしている。


「かあさまもかわらないぴよ……? げんきぴよ?」

「ええ、大丈夫ですよ! ナナのおかげです!」

「そうぴよ! きたのぴよもげんきぴよ? だっぴしてるぴよ?」


 脱皮……。


「ああ、元気だよ。適度に脱皮してるし」


 ナナは面白そうにしてる。燕の魔法具もうまく行ったということか。


 見た限り、三人とも変わりはなさそうだな。

 はぁ……良かった、本当に。


「どこも怪我とかはしてないよな?」

「はい、元気そのものです!」


 ぱっと両手を広げるステラ。

 これ以上ないほど、上機嫌だ。


 気のせいか、出発前よりも雰囲気が明るくなっている気がする。


 故郷でのアレコレで、きっとうまく行ったんだろう。

 そして、ステラにとってはやはり大切なことだったんだな。


「とりあえず、エルト様とウッド……もうちょい近くへ!」


 ステラがにこーっと微笑み、誘ってくる。

 言われるまま近寄ると、ぎゅーと抱きしめられる。


 家族、全員で。

 戻ってきてくれたんだ。


 温かい。それとステラの……草原の匂いだ。

 ほっとする。


 そして実感した。

 無事に全員帰ってきたと。


「イチャイチャしてるねぇ」

「はい? あっちからナナにも人が来ますよ?」


 ステラが目線を送った先から、レイアが急いでこっちに向かってくる。


「……やれやれ、あんなに慌てて。ま、嬉しいけど」


 まんざらでもない感じだな。

 本当ならレイアが村に来るのは明日のはずだったが、切り上げてきたのかな。

 まぁ、仲の良いことはいいことだ。


「よし、詳しい話は家で聞こうか。ディアとウッドが餃子の準備をして置いてくれてるぞ」

「ウゴ、がんばった!」

「いっぱいたべるぴよ!」


 もちろんナナ向けの料理も準備している。

 多分、トマトはあまり食べられなかったと思うし。彼女の働きにも報いたい。


「トマトサラダやトマト炒めもあるぞ、ナナ」

「それは嬉しい。道中トマト成分が足りなくて困ってたんだ」


 こうして日常が戻ってきた。

 俺にとっては、かけがえのない日常だ。


 とにかく今は――それに感謝したい。

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