184.細々としたこと

 ヒールベリーの村。


 眠りから覚めた俺は、あくびをひとつすると綿から這い出した。

 すでにディアとウッドは綿から出ている。


「おはようぴよっ!」

「ウゴウゴ、おはよう!」


 別に敷いた綿の上で、ディアがうにょうにょと朝の体操をしているな。

 びにょーんと伸びてる。かわいい。


 ウッドは普通に腕や足を動かしての体操だが……。


「ああ、おはよう」


 ……何気に、この三者の中だと俺が一番起きるのが遅い。


 ディアとウッドはすぐ寝入る代わりに、朝はぱっちり起きられるのだ。

 俺はどうも眠りが深いみたいだな。夢はあまり見ないのだが……。


 ハムとサラダとパンの朝ご飯を食べて、仕事に出掛ける。

 まだステラ達が帰ってくるまで、四日ほどある。

 俺は俺で日常を頑張らないとな。


 今日は冒険者ギルドでレイアとの打ち合わせだ。

 応接間にやってきたレイアは、相変わらずコカトリス帽子を被っていた。


「エルフの国とは連絡が取れましたので、スムーズに行くかと思います」

「ありがとう。突然の事だが、根回ししておくのに越したことはないからな」


 冒険者ギルドは独自の遠隔通信方法を持っているらしい。

 ただ乱用は厳禁で、重大案件に限るようだが。

 もっともこのステラの里帰りはSランク案件のクリアが主目的なので、問題はない。


「それで……地下広場の調査はどうだ?」


 レイアが今日来たのは、地下広場についてだ。

 お祭りと新年で一時停止していた調査活動もいよいよ再開である。


「んん、あまり芳しくはありませんね……。やはり広場そのものやライオンの騎士像からは作った人は掴めません」

「やはりそうか……」


 記録に残っていない像や広場から、辿るのは無理があるか……。

 ちなみにライオンの騎士像は、冒険者ギルドのオブジェになっている。

 ステラの功績ということで、飾ってあるのだ。


 魔力を流すとぴりっとできる……やる人はほとんどいないけど。

 たまにニャフ族が口の中に入っているのはご愛嬌である。

 狭いところが好きなのだ、猫だから。


「広場の先にはさらに通路がありますが、今はそこを慎重に調査しているところですね」

「ふむ……。だとすると時間はかかるか」

「ヒールベリーの村からザンザスまで、徒歩だと片道六日程度はかかります。旅人が周囲を気にせずこの速度なので……」

「仕方ないな。何があるかわからないし」

「そうですね……。順調でも一ヶ月から二ヶ月はかかるかと思います」


 ザンザスまで馬車で二日から三日。

 徒歩の速度はこの半分として、五日か六日くらい。

 しかしこれはある程度舗装され、移動に専念できるからだ。


 さらに伸びる地下通路は、罠や崩落の危険がある。

 もちろんばったりライオンの騎士像と会う危険もある。

 どうしても移動速度は落ちるわけだ。


「しかし朗報もあります。今のところ通路は一本道で、迷路状にはなっていません。さらにイスカミナの見立てでは、崩落の危険はほぼないとのことです」

「今のところ、調査に支障はないわけだな……」


 あとは鬼が出るか蛇が出るか。

 ゆっくりと調べていくしかないか。


 ◇


 それから色々と話をして休憩することにした。

 ザンザスの様子だったり、世界のトピックスだったり。


 一通り終わったところで、俺はふとアラサー冒険者のことを思い出した。

 ……結婚とかなんとか。


 レイアはザンザスとヒールベリーの村を繋ぐ人物の一人だ。

 特に冒険者達のことはよく知っているだろうし、遠回しに言ってみるか。


「そういえば……これはまだ内緒の話なんだが」

「はい、なんでしょう?」

「この村でお見合いとか、需要があると思うか?」


 今は仕事中心の村だが、近いうちに家族を持つ者も出てくるだろう。

 ……俺だけじゃなく。


 この世界のことを考えると、効率の良いマッチングはあった方が良いように思う。

 というのも種族の違いとかあるからな……。


 ものの本でも、共同体としての重要機能にお見合いのことが書いてあった。

 実際、くっつく人間はくっつくんだろうが……後押しが必要な場合もある。


 小さな村や街ではこれが意外と馬鹿にならない。

 ちゃんと見合いをさせる世話焼き人が貴族に認められ、家臣として取り立てられることもよくあるのだ。


 レイアはすこしぽかんとしていたが、即座に咳払いをする。


「……そのようなお話なり要望がありましたので?」

「まぁ、そんなところだ」

「発端はよく土風呂に入っている彼ですか?」


 ぶっ。見抜かれてるか。

 まぁ、彼とレイアのことだ。レイアに同じような話をしていても不思議ではない。


 レイアが紅茶を静かにすする。

 俺の沈黙を肯定と受け取ったらしい。


「……でも驚きました。彼が自分からエルト様に言うなんて。ザンザスの冒険者ギルドでも、そのことを知っているのはごくわずかでしょう」

「そうなのか……? その辺り、よくは知らんが」


 アラサー冒険者と俺の仲はかなり良い方だ。

 割とくだらない話もする。


 でも考えてみると少し妙な気もする。

 アラサー冒険者の彼は、見てくれが悪いわけではない。むしろ良い方だ。

 人当たりも悪くないし、冒険者としての腕前も一級品だろう。

 結婚願望があるなら、すんなり結婚できそうなタイプだ。


「ここからは私の独り言ですが……ご内密に」

「ああ、わかった。独り言だな」


 そう前置きして、レイアが喋り始める。


「彼が駆け出しの頃――惚れ込んだ先輩の女性冒険者がいたのですが、その恋は実らなかったのです」


 ざっくりだな。

 駆け出しというと、今の俺の年齢と変わらないくらいか?

 十五年くらい昔か。


「それが初恋で、数年こじらせたので……」

「ずいぶん長かったな……」

「最後にその彼女は他の冒険者とくっついて引退しました。以後、どうも冒険者絡みの恋愛は駄目みたいで……」


 なるほどな。

 その先輩のことがちらつくから、同業者は恋愛対象にならないのか。

 ……他にもザンザス絡みが駄目というのもありそうだな。


「――以上、独り言でした」

「ふむ……」


 おそらく口振りからして……レイアはその頃、かなりその関係者の近くにいたんだろうな。

 だが話はわかった。


 このままだとアラサー冒険者はずっと独身かもな……。

 もちろん結婚するしないは本人の自由だ。

 しかし結婚願望があるなら、叶った方が良い。


「まぁ、急ぐ話ではない。少し考えてみよう……。他にもそういう要望があるかもだしな……」


 俺がそう言うと、レイアがすっと薄い本を俺に差し出してきた。


「そうですね。私にはコレがありますが、村の発展の上では考慮すべきことと思います」


 コレ。

 レイアが差し出してきたのは、月刊ぴよ。

 その最新号である。


 片脚を上げて羽を広げた、かわいいコカトリスの絵が表紙だ。


 冒険者ギルドには置いておくといいらしい。

 なので定期購読をしたのだが……。


 つまりレイアにとってはコカトリスが優先なんだな。


 ……レイアは脈無し、と。

 俺は心のノートにメモをした。

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