179.猫タワー

 突然のことにステラは固まった。


「えー……と?」


 戦闘と野ボールのときは野生的な冴えを見せるステラ。

 しかしこのような場合は……。


「全く覚えがありませんね、はい……」


 とぼけた。

 目をそらしながら、全力ですっとぼけた。


 ラダンはからからと笑いながら、


「はは、謙遜なさいますな。冒険者から連絡は来ております。他にバットを振るって魔物を倒す人など、世界のどこにもおられますまい」

「ははは……そうですね……」


 ステラは思った。

 どうやらラダンは自分達がよほど素晴らしい冒険者に見えているらしい。


 ステラが曖昧に答えると、横から視線を感じる。


「……じーっ」


 ナナが着ぐるみの奥から、厄介事は避けてオーラを出していた。


 ステラからすると東の国へ行くのは単なる里帰りだ。数百年ぶりではあるが。

 マルコシアスの事を除けば、特に隠し立てするものはない。


 いや、実は出自は王族とか色々とあった気もするが……。面倒なことが多すぎる人生である。


「えー……本当に通り掛かっただけですので。申し訳ありませんが、お通し下さい……」

「トマトジュースが僕を待ってる」


 ナナの言葉に、村長が頭を下げながら言う。


「へへぇ……残念ですがここにトマトはありません」

「がーん!」


 ショックを受けるナナの着ぐるみを、マルコシアスがよしよしと撫でる。

 コカトリスが困っていると、つい撫でる癖が付いているマルコシアスだ。


 そんな様子を見てラダンは立ち上がった。


「……そうは言われましても。フラワー種を倒されたのでしょう?」

「ま、まぁ……」

「それならば、村から渡されたこの金貨はあなた方の物です」


 ラダンはすーっとステラに近寄ると、さきほど受け取った皮袋を渡そうとした。

 ステラは手を振りながらそれを断る。


「えーと……? 受け取れません、このような物は!」

「我々としても、倒してもいない魔物に対する報奨は受け取れません。前に迷惑を掛けた償いも込めて、どうぞ」

「いえいえ。本当に受け取れませんから!」


 ラダン達にとって、これは沽券に関わる話であった。

 小遣い稼ぎはしても、手柄の横取りと思われるような真似はしたくない。名門の誇りというものがある。


 そしてステラやナナもそれは同様であった。

 たまたま遭遇した魔物を倒しただけで、金貨を受け取るいわれはない。


「そうそう。受けてもいないクエストでお金を受け取るのは、なんかなー」

「そーいうものなのか?」

「そーいうものなんだよ、うん」


 ラダンにしてみると、ステラとマルシスは団長の兄弟の家族みたいなものである。

 なにせ同居しているのだから。

 その相手から金貨を……他に知られれば外聞はよろしくない。


「素晴らしき志(こころざし)ですが、成果には報酬を。どうか、お受け取りを……」

「通り掛かっただけですので……!」


 ぐいぐい。

 皮袋をお互いに押し付け合う二人。


「どうあっても受け取らないので?」

「ええ、受け取れません」


 この辺の考え、ステラは頑固である。

 冒険者のありようにはとことんこだわるのがステラなのだ。


「それならこうしましょう! この金貨は村からの供出ですよね?」


 話を振られた村長がかしこまる。


「へ、へぇ……その通りですが」

「半分を村に渡します。残りの半分は騎士団へ」

「ですから……」

「私達はたまたまフラワー種に遭遇して倒しただけです。根絶できたとは思いますが、確かではありません。それを確認している時間はないのです」

「……むっ……」


 ステラはきっぱりと断言する。

 その姿には威厳があり、思わずラダンは気圧された。

 腰に差しているバットが、頼もしく見える。


 それは黒竜騎士団の他の面々も同様であった。

 これが伝説の英雄か……と。

 ナナも頷いている。


「うまい理屈を見つけたもんだ」

「母上は頭良いぞー」

「……スイッチが入ると別人だね」


 ステラはラダンが押し黙ったのを見て、皮袋をぐいと押し付ける。


「……わかりました」


 ラダンは直感した。

 貴族と相対してきた本能が告げているのだ。

 彼女は単なる冒険者ではない、と。

 邪魔をしてはならないのだ。


 そしてもうひとつ。

 ステラの手がバットの柄に触れていた。

 ……前回のトラウマが蘇ってきそうだったのだ。


 ◇


 ヒールベリーの村。

 日が少しずつ落ち始めていた。


 ふむ、今日は本当にニャフ族とたくさん遊べているな。

 かれこれ数時間も遊んでいる。

 まぁ、俺は綿を投げているだけだが……


「にゃー」

「にゃにゃーん」


 今、たくさんのニャフ族が綿にくるまったウッドに登っていた。

 ……うん、登ってる。


 にゃーにゃー言いながら、ウッドに寄り集まっているのだ。

 さながら猫タワーみたいな……。


「ウゴウゴ、ういーん」

「にゃ〜!」


 ウッドがゆっくり腕を上下させると、腕に掴まっているニャフ族は大興奮だ。

 遊園地のアトラクションみたいだな……。


 ちなみにディアはウッドの胸元に、綿でくるまっている。


「おにいちゃん、こっちもゆらしてぴよ……!」

「ウゴウゴ〜」


 ウッドが足を伸ばしたり曲げたりする。

 スクワット……かな?

 たまにステラがやってるやつだ。


「ぴよ、かあさまがたまにやってるやつぴよ!」


 同じ感想を持ったみたいだな……。

 ディアも羽をばたつかせて喜んでる。

 ニャフ族も喜んでるし、楽しそうで何よりだな。


 ちなみに俺は綿のかたまりをちぎっては投げていた。


「そーれ!」

「にゃにゃー!」


 そうするとニャフ族の何人かはダッシュで綿を取りに行く。

 そしてまたウッドにしがみつく。

 行ったり来たりするわけなのだが、かわいい……。


「ぴよ、それぴよー!」


 ディアもウッドの胸元から綿をちぎっては投げている。


「にゃにゃーん!」


 ニャフ族はやはりまるまった物が空を飛ぶと追いかけていくんだな。

 まぁ、とても楽しそうだからいいか……。


 やがて太陽が完全に沈み、解散の時間になった。

 ブラウンがちょっと乱れた毛並みを整えながら、


「にゃー、ありがとうございましたにゃん!」


 とお礼を言う。


「いや、俺達も楽しかったよ」

「ウゴウゴ、また遊ぼう!」

「あたしもたのしかったぴよー!」


 こうしてニャフ族との遊びは終わった。

 皆、大満足だったな。


 俺も久しぶりにニャフ族と思い切り遊べたし。

 綿を投げるだけだけど、これがなかなか面白いのだ。


 さて、予定通りならステラ達はスティーブンの村で一泊する予定だ。


 そこそこ大きさの村だし、不便はあまりないだろうが……。


 黒竜騎士団と鉢合わせになっているのだろうか。

 祈ろう……喧嘩とか売られてないことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る