115.地下のドリアード

 うーむ、予想外の展開だな。

 もしかしたら何か、遺物やらはあるかもと思っていたが……人が住んでるとは思わなかった。


 隣を歩くステラが耳元で囁いてきた。


「エルト様……えーと、とりあえず敵意はなさそうですよね? コカトリスとドリアードですし」

「そうだな。コカトリスとドリアードだからな。普通に話を聞こう」


 コカトリスもドリアードも村でよく働いてくれてるし、純真で素朴ないい種族だ。

 信用がある。人を騙したり害したりする連中ではない。


「……ちょっと話をしてくる。待っていてくれ。マルシス、ディアと一緒に前へ来てくれ」

「わかったぞ!」


 俺がそう言うと、冒険者達もこくこくと頷いている。俺と同じ考えのようだ。


 前に出てきたマルコシアスとディア、それにステラと俺とウッド。

 とりあえずファーストコンタクトはこの五人で行くか。


 レイアもものすごく前のめりだけど、自分が行くとは言わないな。

 この接触は事によると、俺の領地問題にもなる。なにせ、地下に先住民がいたっぽいのだ。

 なので、レイアも俺に任せるようだな。


 最悪、こうした形の先住民との接触は戦争もありうる。これは地球でもこの世界でも変わらない。


 だが、うーん……コカトリスとドリアードだからそれはないとは思うが……。


「ぴよ……なかまぴよね」

「ああ、なかまだよな?」

「……めがぴかぴかしてるぴよけど、なかまぴよね」

「ウゴウゴ、となりはどりあーど?」

「仮装でなければそうだな。テテトカに似ている……」


 テテトカの頭の花は白薔薇で、目の前のドリアードは黒薔薇だ。

 あとは少し背が低いか……?


 二人はどんどんこちらに歩いてくる。

 段々と見えてくるにつれて……ふむ、ドリアードはなんとなくテテトカに似ているな。

 やや吊り目で髪は短いが。


 黒薔薇のドリアードが勢い良くお辞儀しながら――。


「どもども! わたしの名前はララトマです! こちらはコカちゃん。よろしくーです!」

「ぴよっぴ!」


 目が光ってるコカトリスも羽をぴっとあげる。


 よかった。まずは友好的だな。

 俺もお辞儀しながら答える。


「丁寧にありがとう。俺達は――」


 まずは自己紹介とここにやってきた理由。

 俺達も敵意がないことを証明しないとな。


 ◇


「ははぁ……。それで地下に来たんですか。大変ですね!」

「ま、まぁな。それより悪いな、住みかに案内してもらって」

「いえいえ! 時が来たんです。女王から仰せつかった仕事も終えましたし。お客さんはウェルカムです!」


 自己紹介が終わりここに来た理由を話すと、ララトマは家に来ないかと誘ってくれた。

 トントン拍子で進むが……でもテテトカもこんなものだった気がする。


 ドリアードは直感的な種族だ。

 深くは考えないが、頭が悪いわけではない。普通の人間が気になることを、気にしないでいられるだけなのだ。


 それよりも気になるフレーズが出てきたな。


「女王から仰せつかった仕事は聞いていいのか? 終わったみたいだが……」

「どうぞどうぞ。大したことじゃないです! えー、大きな根っこをコカちゃんにかじってもらって、土に還すんです。だいぶ前に終わりましたけど!」

「大きな根っこ……?」

「悪い花になるとか、どうとか……? 歩く花の元になる根っこです」

「あっ、エルト様……それはもしかして」

「……フラワージェネラルか」


 ステラが倒したフラワージェネラル。

 一部例外を除いて、魔物も無から発生する訳じゃない。どこからかやってこないと居着かない。


 だがフラワージェネラル等のフラワー種は、種や根があると時間を越えて発芽する可能性がある。

 一度フラワー種が現れると、数年から数百年後にまた現れるのだ。


 ザンザスの冒険者が経験豊富なのも、それだけフラワー種が現れるから。

 定期的に戦わざるをえない魔物なのだ。


「大きな根っこ……それをかじるということは、枯らすということか」

「多分、そうなんですかね? 悪い花みたいですから」

「なるほど……」


 話がなんとなく見えてきた。


 大きな根っこ――というのは、フラワーキャッスルの根だろうな。

 フラワーキャッスルは城ほどにも巨大な、フラワー種の親玉だ。


 根の部分だけで今の俺の村より大きいという、桁外れの魔物である。

 そして司令塔の花部分も含めると、まさに城塞と言っていい。

 この魔物はゲームの中でもとびきりに強力で、ソロで挑めるのは最高峰のプレイヤーのみ。


「この話に合う魔物は――フラワーキャッスル、でしょうか。エルト様はご存じですか?」

「ああ、国家規模の魔物だな。もちろん実物は見てないが」


 もちろんこの世界ではSランクの魔物――というより、国家レベルで対処しなければならない魔物だ。

 フラワー種を際限なく増やすという特性もあるし。


 恐らく、かつて俺の領地にはフラワーキャッスルが発生したのだろう。あるいは発生の兆候があった。


 フラワー種は時代をまたぐ。

 歴史書には予想もしてなかったフラワー種の発生で、被害を出した例も数多い。


 それを憂いたドリアードの女王が、色々と手を貸してくれたんだな。

 詳細な経緯はわからないが……ザンザスでもそんな話や記録はなかった。


 おそらく、ステラが生まれるよりもさらに昔の話だ。

 その頃はまた別の王家だったし、戦乱やら魔物の大発生もあった。

 この俺の考えを裏付けしてくれるような記録は見つからないだろうな……。


「テテトカ含めて、女王には色々と手を回してもらったみたいだな。出来ればお礼をしたいが……」

「テテトカねーちゃん、生きてるんです!? 会ったことあるのですか!?」

「……君はテテトカの妹なのか。ああ、あるよ」


 草だんごをこねこねしてる。


「はー、そうです! 懐かしいなぁ。元気なのですか?」

「地上にある村で、元気に暮らしてる」

「なるほどです……! あの頑固なテテトカねーちゃんが暮らしてるんですから、さぞ住みやすい所なんですね」

「ぴよぴー」

「いいなぁ……」


 ララトマはうっとりとした声で呟く。

 ……テテトカは同じドリアードからするとそんな感じなのか。

 他のドリアードから語られるテテトカは新鮮だな。


「ここは暗いし、寒いし……。迎えも来ないですし」

「ぴよぴよ、ぴっぴ」

「テテトカとかわればよかった、と言ってるぴよ!」

「うーん、でもテテトカねーちゃんの方が大変ですから。本当に何もない荒野ですし……」


 ララトマ達は地下生活に満足しているわけではないのか。

 だとしたら……移住をすすめてみるのも手かもしれない。家族同士、一緒にいた方がいいだろうし。


 ◇


 それから十五分ほど真っ直ぐ歩いたか。

 ララトマの歩みはゆっくりなので、距離はさほどでもないな。


 歩いていくと、通路の先の空間が広がっている感じがする。

【月見の苔】は地面や壁面にしか生えないが、その生え方から先の地形がわかるのだ。


 これは細長い通路から、ドームのような空間へと移行している――そういうことだろう。


「はいはーい、ここがマイホームです!」


 ララトマの指差した先に、地下広場があった。


「おお……」

「うわぁ、綺麗ですね……」

「きらきらぴよー!」


 ドームには俺の光る苔以外に、天然の光る苔がびっしりと生えていた。

 それが星のように地下空間を照らしている。


「ウゴウゴ、こけがいっぱい!」

「まとまってる所もあるぞ、我の視力でも結構見えるな!」


 マルコシアスの言うとおり、光る苔の生え方は一様ではない。

 所々まとまって生えている所は光量も大きい。さながら、闇夜を照らす月のようだ。


 それがいくつも地下広場にある。

 幻想的であり、かなり明るい。足元は石畳でなく、普通の土のようだな。


 広さはそうだな……野球のドームくらいか?

 天井も高く、光も土もある。確かにこれならドリアードは生きていけるかもしれない。


「こっちに皆がいますです!」

「ああ、すぐ行く」


 きょろきょろと地下広場を見ていると、様々な物が目にとまる。

 ぼんやりと浮かぶ小さな川に、芋類を重ねた野菜置き場。生活の様子が見てとれる。

 ちなみにコカトリスも数体、より集まって寝ていた。


「最近はやることがないから皆寝てますけど、気にしないでくださいです!」

「寝ているのは起こさなくてもいいのだが……」

「いーえ、むしろ寝過ぎですからね! いい機会だから起きてもらいます!」


 と、ララトマが足を止める。


「……うわっ」

「ぴよ……!?」


 地面に目をやると、数十人のドリアードが並んで土に埋まっていた。

 うおおおい、慣れた俺でもびっくりしたぞ!


「起きてー!」

「ぴよぴっぴー!」


 ララトマとコカトリスが大声で呼び掛けると、ドリアード達がもぞもぞと動き出す。


 そしてゆっくりと土から出て、眠そうな目をこすりながら立ち上がった。

 うーん、この光景はなかなかショッキングだな……。


「……ゾンビの群れかと思いました」


 ステラのぼそっとした呟き。

 俺も心中、同じことを考えていた。

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