109.デュランダルとフラガラッハ

 レインボーフィッシュの鱗は色によって持つ力が違う。

 ここの湖で泳ぐレインボーフィッシュはオレンジの鱗。肥料用だ。


 色が違う原因はよくわからない。

 亜種なのか、地域性なのか、他に条件があるのか……。いまだに特定には至っていない。


 ナナはトマトの辛味炒めを食べながら、


「僕の故郷にもレインボーフィッシュはいます。得られる鱗はオレンジとブラウン……。色の変わる条件も大体わかっています」

「かなり具体的みたいだな。……その情報、本当にもらってもいいのか?」


 思ったよりも進んだ話だった。

 仮説レベルではなく、もう実践できるレベルの話か。

 だとすると貴重な情報だが……。


 ナナにはレインボーフィッシュの飼育はしていると伝えているが、詳しい条件は話していない。


「僕も条件が見えてきているだけで、実験はできないんです。なにせ飼育下でないと試せないことで」

「……なるほど。そちらも試せてはいない、と」

「そういうことです」


 飼育が出来ないから、情報があっても使い道がないのか。

 なるほど、それならこちらに試させようとするのも納得だ。


「クリスタルグローブというマングローブに似た植物と低水温が重要みたいです。この二つが揃うと、近くで取れる鱗がブラウンになります。離れるとオレンジに近くなります」

「クリスタルグローブ……」


 確かゲームの中だと、雪の国でよく見かけた樹木だな。水や陸地、結構色んな所に生えていたと思う。


 特別な力はなく、生み出せる植物のひとつとしてスルーしていたな……。


 俺は手に魔力を込める。

 記憶の中からクリスタルグローブの姿形を引っ張り出した。


「きらきらと綺麗な、ガラスのような樹木を持つマングローブだったな」


 魔力を放つと、テーブルの上にクリスタルグローブが生み出された。

 もちろんかなり小さいが。


「ぴよ! きれーぴよ!」

「北でもかなり限られた、僕の故郷にしか生えていないのに……! 名前だけでよく生み出せましたね」


 ナナがかなり驚いている。

 ……この世界のほとんどの植物なら生み出せるぞ。


 まぁ、大抵の植物は農業には向かない。

 自然界にある多くの植物、そのごく一部しか人間は使えないからな。


「エルト様はとても博識ですからね。植物魔法を使われることについては、右に出る者はいないでしょう……!」


 ステラがちょっとドヤ顔である。


「クリスタルグローブを取り寄せるのに、手間とお金が掛かりそうだったのですが……」

「ぬっ、そうすると後は低水温を用意すればいいのか……。意外と早く試せそうだな」


 俺の言葉にナナが頷く。


「ではそれも近日中に試しましょう。私としても検証できれば、故郷で試さなくても済みますし」

「わかった。その辺りはお互いに融通しあおう」


 ナナの情報が本当なら、草だんごのことまで話が及ぶかも知れないが。

 しかし現状ではドリアードの数的に、これ以上のレインボーフィッシュ飼育は難しい。


 ステラの中華の方が軌道に乗れば、制約は少ないと思うんだよな。

 ……色々と手を伸ばすしかない。試してみるしか、方法はないのだ。


 ◇


 それからトマトの瓶詰めを試していった。

 煮詰めたトマトソースを透明度の低い瓶に詰めてみる。


 瓶の大きさはジャム用と同程度。

 というか、ジャム用の瓶をそのまま綺麗にして使っているのだが。


 この世界ではまだ缶詰はない。

 密封度を高めるのはかなり難しく、今だとコルク栓を使うしかない。

 あとは蝋での封印だな。


 テーブルの上には試作品の瓶詰めがひとつ置かれている。

 きっちりとコルク栓と蝋での封印済み。もちろん空気を減らすため、容量ぎりぎりまでトマトソースを入れている。


「とりあえずはこれでオッケーか」

「そうですね、ちゃんと蓋もされていますし」

「うん。このトマトは本当に美味しいですからね。ある程度、これで様子を見ましょう」


 瓶詰め自体は難しくはない。

 すでにジャムなんかで出回っている。


「問題はやはりコストだな。ジャムもこのやり方だと高くならざるを得ない。高級品にしか使われないわけだ」

「そうですね……。僕達のように、高くても食べたい人はいますが」


 まぁ、瓶詰めもすぐに結果は出ない。

 これで輸送なりをしてみて、その行方次第だろう。


 トマトソースの瓶詰めを渡して、とりあえずは解散になった。

 ナナがボタンに触れて、着ぐるみ姿になる。


 それを見てディアが不思議そうに首を傾げる。


「ぴよー……くりかえしだっぴぴよね……」

「……そうだよ」


 ナナがやや苦しい弁明を行う。

 というか、もう言い訳が尽きているみたいな感じだな……。


「……でもかわいそうぴよ。だっぴするとさむそうぴよ…………」

「ま、まぁ……自然というやつだな。脱皮は止められないんだ……」

「なるぴよ……。とまらないぴよね……」


 ナナから適当な事を……という視線を感じるが、最初に脱皮に乗っかったのはナナだからな。

 それについては俺の責任ではない。


「あたしもだっぴするぴよ……?」

「いえ、しないと思いますよ?」


 ステラがディアを抱き上げる。


「でも、ふあんぴよ。『なつ』はあついらしいぴよ。だっぴできたらあんしんぴよね……」


 そう言えばディアにとって暑いのは未経験か。不安に思うのも無理はない。


 俺も前世で夏はかなり辛かったからな。

 でもそれならいい解決策があると思うぞ。


「……毛を切れば、多少は暑くなくなると思うんだが……」

「ぴよ!? そーいえば、そうぴよね!」

「うん、脱皮しなくても大丈夫だからな」

「だっぴしなくてもおっけーぴよね!」

「ええ、私がちゃんと切りますからね……!」


 ステラもやる気になって微笑む。

 ……まぁ、切る前に色々とディアにヒアリングはした方がいいだろうが。


 ◇


 ナナが帰り、俺はついに新しいバット作りに着手することにした。


 その事を話すと、ステラが目の前に座りながらすごくワクワクしている。

 普段はあまり感情豊かでないけど、ディアと野球絡みは本当に楽しそうだな。


「さて、バットにも色々とあるんだが……希望はあるか?」

「希望ですか?」

「正直、両手で振るなんてほとんどないことなんだ。どんなバットがいいのか、ステラの要望に沿った方がいいかと思ってな」


 剣の二刀流から、ある程度は求められはするが……。利き手でない方が握力がないので、そちらの剣を小さくする。

 両手ともに同じ大きさの剣を扱うのはかなり大変だからな。


「……前のバットよりも、細くはできますか?」

「ああ、出来るぞ。やはりそっちの方がいいか」

「はい、私も左手の方を軽くしたいので……」


 そうすると左はしなって操れる方がいいだろうか。バットの木材も色々とあるが、しなりといえばアオダモだ。


 これも植物魔法で問題なく生み出せる。

 俺は魔力と意識を集中させ――綿密にイメージする。


 細長く、しなりのあるアオダモ……。


 チリチリと魔力が弾けて、空中にバットの姿が現れる。

 ……よしよし、ちゃんと出来てるな。


 最初のバットに比べるとより細長く、振ればしなるはずだ。


「おおー……! すごいですっ!」

「えらい喜びようだな」

「イメージ通り、このような形が欲しいと思っていましたから」


 俺は現れたバットを手に取り、ステラに手渡す。

 ステラはそれを恭しく、両手で受け取った。


「ははー……!」

「いや、そんな騎士が剣を受け取るみたいにされても」

「いえ、私にとってはとても価値がありますからっ!」


 ふーむ。

 大切に思ってくれるのは嬉しいが……。


「デュランダルと一緒に、このフラガラッハも大切にいたしますね!」

「……まさか今の、バットの名前か?」

「そうですが……」

「なんか凄い名前が付いているような?」

「はい、付けました!」


 にぱーとステラが微笑む。

 うっ……その笑顔の輝きを見ると、名前を変えてくれと言いづらい。


 伝説の武器みたいな名前だけど、これはバットだからな。

 しかも俺のお手製である。


「……駄目ですか」

「い、いや……駄目なわけじゃないんだ」

「そうですよね、いいですよね……! では、ちょっと試し振りしてきます!」

「お、おう……」


 ステラはそのまま飛び出していった。

 よほど新しいバットを試してみたいようだな。


 ……うーむ、野球選手の記念館だと記念バットが飾られることはあるんだが。

 まさか、俺の作ったバットも飾られたりするんだろうか。

 あり得そうだな……。

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