88.穏やかな日のこと

 ……土風呂?

 俺が小首を傾げるとレイアがほほうと頷く。

 何かが通じたらしい。


「早速そこに目を付けるとは、中々やりますね」

「土を楽しむのはわたしの生きがいもぐ。趣味は体を暖めるモノ巡りもぐ」

「ははぁ……気が合いそうですね……」


 レイアも隙があると土風呂に入るからな。

 趣味が合うとやはり親近感は沸くだろうな。


「土を楽しむのも、もぐらですもぐ」

「もぐらですにゃ」

「もぐらゆえもぐ」


 イスカミナが胸を張る。

 いや、もぐらは関係ないんじゃないか?


 別にもぐらは好きで土の中にいるわけじゃないだろうし……。

 地球でもぐらの気持ちを聞いたことはないが。


 でもドリアードは土に埋まるのが好きだ。

 ニャフ族もボール遊びが好き。

 ……本能的に求めるのかな?


「まぁ、数日はゆっくりしてくれ。地下通路の調査は落ち着いてから始めよう」


 村のどこに何があるかとか、生活のペースとかあるからな。

 現代の地球と違い、スマホですぐに検索することもできない。

 うっ……着いてすぐにデスマーチ……頭が……。


 まぁ、地下通路の調査も死ぬほど急ぐ仕事でもない。むしろ専門家の人は代替がきかないしな。

 モチベーション高くやってもらった方がいいだろう。


「ありがとうございますもぐ!」

「では、土風呂へは私が案内しましょう! ついでに私も入りたいですしね。あ、ちゃんと歩きながら地下通路の話もしますから……」

「……ああ、任せた」


 レイアが軽く目を泳がせながら言う。彼女はここに立ち寄ってくれただけだからな。

 特に呼んだわけでもないので、引き止める理由もない。


 むしろ立ち会ってくれてただけ、とても仕事熱心と言えるだろう。

 逆に仕事が関係なくてもコカトリス帽子を被っているとも言えるが……。


 そしてレイアとイスカミナは大樹の塔に向かって歩き出した。

 俺はこれから細かい打ち合わせがナールとあるからな。離れるわけにはいかない。


 ぴよ~。


 後ろでコカトリス帽子の鳴き声がした。

 紐を引っ張る何かがあったか……?


「どうですか、これは?」

「……風流もぐ」

「今なら予備の帽子もあるんですが、おひとつどうでしょう? とっても似合うと思うんですよ」

「…………わたしはまだ風流に生きるのにふさわしくないもぐ」

「そうですか……」


 特に紐を引っ張る理由はなかった。帽子を広めたいだけか……。


 だが、このやり取りに俺は少し不安を抱いた。


「冒険者ギルドのマスターは皆、あんな濃いキャラなのか……? 俺に務まるだろうか」

「レイアはとってもとっても特別ですにゃ」

「よかった。そうだよな」

「そうですにゃ。レイアは特別ですにゃ」

「二回言うくらいか」

「二倍強調しても足りないですにゃ」


 なるほどな、ナールから見てもそうなのか。

 俺はほっと胸を撫で下ろした。

 さすがにコカトリス帽子をどこでも被る勇気は持てそうにないからな……。


 ◇


 同じ頃。

 ナーガシュ家の三男、ホールド・ナーガシュの屋敷にて。


 大貴族の直系らしく、その屋敷は豪奢極まりなかった。単純な大きさだけでなく、芸術好きなホールドの好みに合わせて彫刻や庭も抜かりなく整えられている。


 家督がなくてもホールドには伯爵程度の財力がある。

 着飾ったホールドはワインを飲みながら、来客と話をしていた。


 二十代半ばのホールドは、すでに貴族の間では芸術家として知られている。

 騎士上がりではあるが、今や経済的にも自立して確固たる地盤を築きつつあった。


「父上は興味を示していないが、俺は気になっている」

「……弟さんのこと?」


 ホールドと一緒に飲み交わしていたのは、薄い青髪の中性的な少女。

 見方によっては絶世の美少年でもあるが、それも仕方ない。他人を魅了することに長けたヴァンパイアなのだから。


 そんな彼女が飲んでいたのはワインではなくトマトジュースであったが。


「ああ、祖父もいよいよだしな……。父も母も色々と思うところがあるらしい」

「ふぅん……」

「いつまでも父の言いなりにはならない。間違いは正さなくちゃならないからな」

「それは、ご立派」


 その言葉にはわずかに侮蔑の色があったが、ホールドは流すことにした。

 ホールドにこんな態度が取れるのは、家族を除けばこの国ではほとんどいない。王族でさえこれほど気安くはないだろう。


 だが、彼女は違う。

 北の雪国の高貴な出であり、貴族学院では同級生だったのだから。青春時代を共にした時間がある。


「ちゃらんぽらんだったホールドが真面目になったね。いいよ――僕が様子を見に行ってあげる。ちょうど本部からも要請が来たことだし」

「すまないな。恩に着る」

「別に。僕にはこっちの方が大事」


 テーブルの真ん中にはエルトが作ったトマトがいくつも並べられている。

 少女はそのトマトのひとつを、愛しげに持ち上げた。


「……本当にこのトマトは素晴らしいよ」


 世界に八人しかいないSランク冒険者。

 アーティファクトマイスターのナナは静かに呟いた。


 ◇


 ナールとの打ち合わせも終わり、俺は一旦家に帰った。今日の仕事はこれで終わりだな。


 最近、夕方になるのが本当に早い。

 夜はかなり寒くなるし。

 とはいえ魔法具の暖房が一般化しているこの世界では、室内は快適だ。


 家に着くと、皆も戻ってきている。


「ただいまー」

「おかえりなさいませ!」

「ウゴウゴ、おかえり!」

「とおさま、おかえりぴよー!」

「父上、おかえりなさいなのだ!」


 夜は基本的に皆、一緒だ。

 夜ご飯を食べた後はだらだらと過ごすことになる。


 最近の俺の日課はザンザスのダンジョンに関する本を読むこと。

 地下通路の件があるので、色々知っておかないといけないからな……。


 ザンザスのダンジョンについての本はとても多い。少なくとも千年前からあるので、ある意味当然だが。


 ダンジョンは大地を駆け巡る魔力の集中箇所に生まれる。集中した魔力が多いほど、巨大で深いダンジョンになる。

 特に世界十大ダンジョンは有史以来、最大級の魔力を持って存在してきた。


「やはりザンザスのダンジョンがなぜ生まれたのかは不明か……」


 俺は読み終わった本を閉じる。

 かなり学術的な本だったが、肝心な部分はやはりわからないらしかった。


「私が物心ついた時にも、さっぱりわからなくなっていましたからね」

「そうなんだよな……。わからないと気になるものだ」

「ええ、誰もが知りたがっていますからね」


 俺はゲームの設定を読んだりするのが好きなタイプだ。

 なので結構覚えているのだが――ダンジョンがどう生まれたかはゲームの中でも不明だったな。


 ごく小さなダンジョンは人工的に魔法でも作れるのだが、それも設定のみ。

 少なくとも大昔からのダンジョンはよく分からない。もしかしたら自然発生するだけかも知れないが。


「狂える魔術師が隠れ家として作ったとか、神が試練として作ったとか、古代文明の滅亡の時に生まれたとか……諸説ありすぎるな」

「ありそうなことを並べているだけ、とも言いますね」

「なんだかそんな感じだな。一番面白いのは最下層にコカトリスの神が封じられている説だが……」


 ちらっとディアを見る。今は仰向けになったマルコシアスのお腹に乗っていた。

 ……伝説の悪魔の威厳はない。


「そのような説があるのですか?」


 ステラが俺の座っているソファーの横に来る。


「ああ、最近の本には割りと載っている説だな。生きている魔物が第一層のコカトリスだけみたいだし……。コカトリスと何らかの関係があるんじゃないかと」

「……なるほど。確かに……!」


 魔力の大きさからして、山のように巨大なコカトリスがいる! とか。

 一万匹のコカトリスの楽園が最下層にはある! とか。

 ちょっと眉唾だろうが……。本当にあったらそれはそれで見てみたいけれども。


「あと、これを書いてみたのですが……」

「ふむ?」


 実はステラの読み書きはかなりハードだ。

 最近になって気が付いたのだが、あまりに達筆、言葉遣いが古いのだ。


 今の俺から見ると、現代人が戦国時代の古文書を読むのに匹敵するだろう。

 まぁ、数百年の時間が流れているので仕方がないのだが……。


 ステラもそこを自覚してからは色々と読み書きをして、時代に合わせようとしてくれている。副支部長の仕事も控えているしな。


 俺はステラの書いたものを添削する係。

 この村で俺以外に出来る人間もいないしな。

 実家での家庭学習も無駄ではなかったわけだ。


 ステラがふふんと小さなメモ帳を取り出す。

 どうやらそこに書いてきたらしい。


「ボールを使った新しい遊びを考えてみたんです……! 野外でボール――【のボール】と名付けてみました!」

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